第256話 短時間パーティーを企画するもこもこ幹事。参加させられるリオ。再会した彼ら。
パーティーをするための準備を終えお店へ戻ったクマちゃんは、現在『すぐに作れる美味しいコース料理』について考えている。
時間がない。一瞬で作れるものを一瞬で考えなくては――。
『一瞬で』
天才クマちゃんはハッと気が付いた。
そうだ。一瞬で美味しいコース料理が出来てしまう魔道具を一瞬で作ればいいのである。
◇
ふんふん、ふんふん、ふん――。
彼らが仲良く一緒に作った――主にクマちゃんが作った――お店に響いていた子猫の鼻息のような音がピタリと止まった。
艶のある木製のカウンターの上をヨチヨチ、ヨチヨチと歩いていたクマちゃんが「クマちゃ……」と愛らしい声を出す。
『決まったちゃん……』
「へー」
カウンター前に置かれた椅子に座り、ヨチヨチクマちゃんと店内にも飾った『おくるみクマちゃん像』を視線で愛でていたリオが「決まっちゃったんだぁ」といいかげんな返事をする。
パーティーは延期にならないらしい。
リオはいますぐ皆が帰ってきて『リオちゃんのコース料理』がいらなくなることを期待した。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『一瞬ちゃん、一瞬ちゃん……』
性格がおっとりしていて行動もおっとりしている赤ちゃんクマちゃんは『一瞬ちゃん』を七回ほど呟きながら、斜めにかけているお魚さんの鞄をごそごそしていた。
集中しすぎて少しだけ舌が出ているのがとても愛らしい。
「クマちゃん可愛いねー」
リオは『それ戦闘だったら……』を心の扉へ押し込めた。
赤ちゃんクマちゃんは絶対に森の奥へ連れていってはならない。
村長が村に掟を追加したことに気付かないクマちゃんは、小さな黒い湿ったお鼻にキュッと力を入れ、猫のようなお手々で杖を振った。
高貴なよろず屋お兄さんが闇色の球体を使い、クマちゃんの周りに一瞬で魔石を出してくれたのだろう。
こちらは本物の一瞬である。
カウンターに癒しの光が広がる。
現れたのは可愛いクマちゃんのお顔の形の魔道具らしきもの、と様々な色と形の楽しそうな何か。
「おー。可愛い」
リオがパチパチと拍手をしながらクマちゃん型魔道具だけに視線を向けていると、天才魔法使いクマちゃんが「クマちゃ……!」と言った。
さぁリオちゃん急いでそれを身につけて下さい……! という意味のようだ。
指示を出し終えたもこもこパーティーの幹事が、高貴なお兄さんにつぶらな瞳を向けキュ、と鳴いた。
いまから最速お着替えで忙しくなるリオちゃんに代わってクマちゃんのお着替えを手伝ってもらうつもりらしい。
『たぶんそのお兄さんお世話されるほうのひとー』を、心の箱にスッと仕舞ったリオはもこもこに大事なことを伝えた。
「スイカの眼鏡はどうかと思うなー。目の前シマシマになっちゃうんじゃないかなー」
緑と黒の丸いシマシマレンズを見ながら『急いで身につけるような物ではない』と主張するリオ。
だが彼の『なー』は凄く急いでいるらしいもこもこの「クマちゃ!」にかき消された。
◇
急いでケーキを一口ずつ食べさせ合い、リオが魔法のお祝いクラッカーを「えぇ……せわしないんだけど」と一発鳴らし、もこもこパーティーの幹事が愛らしい肉球ダンスを踊り「――クマちゃーん――」と歌声を響かせる。
『――リオちゃーん――』と聞こえるそれに合わせ、幹事の失敗で顎に少なくないクリームをつけているリオが『ポヒー』と赤い縦笛を吹く。
当然吹く前に『クマちゃん……実は俺演奏とかしたことないんだよね』と悲しいお知らせをしたが、こちらも急いでいるクマちゃんの『クマちゃ!』にかき消された。
「――クマちゃーん――」
『――リオちゃーん――』
――ポヒヒー――。
「あれ、リーダー戻ってきたんじゃね?」
赤地に種柄のシャツを着こなすスイカサングラスあごクリームはおもちゃの笛から口を離した。
外から感じる魔王のような魔力はルークのものだろう。
一生懸命猫かきのような動きで肉球ダンスを踊っている幹事に「クマちゃん、リーダー帰ってくるっぽい」村長がかすれた声を掛けた。
「クマちゃ……!」
『るーくちゃ……!』
幹事がピタリと肉球を止めた。
もこもこは大好きな彼との再会の予感につぶらな瞳をうるうるさせる。
クマちゃんがお目目を外へ向けると、ちょうど銀髪の美麗な男が店内へ入ってくるところだった。
中央のプールを迂回した彼は「クマちゃ、クマちゃ……!」キュオーと半分泣きながら両手を伸ばすクマちゃんを魔力でふわふわと浮かせ、自身のもとへと引き寄せた。
「クマちゃ……!」
彼に受け止められたもこもこのお手々がキュッと丸くなる。
力いっぱいしがみついているようだ。
「いい店だな」
魔王のような男が色気のある声で頑張ったもこもこを褒める。
側で見守れなくとも、店から感じる癒しの力でもこもこが尽力したのは分かった。
大好きな彼に褒められたクマちゃんがキュオーと湿ったお鼻を鳴らす。
「クマちゃ~ん、クマちゃ~ん」
愛らしく甘える声が大好きな彼の名を呼ぶ。
もこもこは彼の大きな手に両手でしがみつき、会えてうれしいと全身で伝えているようだ。
「態度が違い過ぎる……」
最高に幸せそうな格好で世の中への不満を溜め込むリオが、両手を縦笛にそえたまま癒しのもこもこへの不満を呟く。
ポヒヒーがスイカサングラスの裏から爽やかではない視線を送っていると、魔王と一緒に戻ってきたであろうウィルとクライヴが店に入ってきた。
「リオ、これを外に置いたのは君?」
ウィルは彼らのいるカウンターまで来るとすぐに、おくるみに包まれカゴに入れられた愛らしい像を見せてきた。
リオは音の出やすい幼児用の縦笛をベルトに挟み、お気に入りの像が入ったカゴを受け取りつつ、
「え、持ってきたの? すげー可愛いでしょそれ。つーか俺のこと見えてる?」
会話に世の中への不満を忍ばせた。
なぜこの格好に何も言わないのか。
褒めて欲しいわけではない。
気付いたらこうなっていたわけでもない。
説明させて欲しい。可愛いもこもこに強要されたのだと。
「貴様――最初に言うことがそれか」
氷の紳士は帰宅して最初に言うには冷たすぎる言葉で村長に斬りかかった。
「なんかひどいこと言われたんだけど……」
楽しそうな格好の村長の楽しさが激減する。
「そういうのクマちゃんの教育に良くないと思うなー」不満が募ったリオは片手をズボンのポケットに入れ、片手でおもちゃの笛をポヒーと鳴らした。
ちょうど店に入ってきたマスターが眉間に皺を寄せ、渋い声を出す。
「お前の格好と態度もどうかと思うが……」
――どうでもいいが顔くらい拭け――。
面倒見の良い彼は両手に持っていた紙袋を近くのテーブルに置き、布を渡した。
「クマちゃんも同じ格好してんじゃん!」
「うるせぇな」
「貴様まさか同じ格好をすれば可愛くなるとでも思っているのか」
「リオ、君にも可愛いところはあると思う。悲しむことはないよ」
「いいから顎を拭け」
ざわつく店内。
荒れるポヒー。
心を閉ざした村長は彼らに背を向け笛の練習を始めた。
――ポヒー――。
――顎を拭けといってるだろ――。
――ポヒー――。
――……分かった。好きにしろ――。
――ポヒヒー――。
「クマちゃ、クマちゃ……」
「よかったな」
ごたごたしている彼らの横ではお留守番中の出来事を一生懸命お話するもこもこの愛らしい声と、静かに相槌を打つルークの色気のある声が幸せそうに響いていた。
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