第255話 甘えっこで可愛らしいクマちゃんに時間を吸い取られる村長。引き返したマスター。戻ってきた彼ら。
仲良しのリオちゃんと一緒に作ったお店の完成パーティーをしようとしていたクマちゃんは、急いでお外にクマちゃん像を並べている忙しいリオちゃんを、遠く離れた場所からひとり寂しく応援している。
遠くから彼を見つめながら、クマちゃんは考えていた。
リオちゃんが言うには、パーティーをするにはクマちゃん像をたくさん並べなければいけないらしい。
別のことに使おうと思い作っておいたクマちゃん像だが、絶対に必要らしいので仕方がない。
パーティーが終わったらすぐに、ケルベロチュをおびき寄せたりケルちゃんがクマちゃんをもぐもぐしたくなってしまったときに渡すクマちゃん像も用意しなくては。
◇
「やばい。マジで可愛すぎる」
数個目のそれをおくるみで包み、小さなカゴに入れ、店の前に配置したリオは、何度見ても可愛いクマちゃん像に感動していた。
因みに本物のクマちゃんは、先程リオがよろず屋お兄さんからもらった斜め掛けの鞄のなかだ。
可愛いお顔とその上のクッションだけ出している状態である。
両手がふさがったまましゃがんだり立ち上がったりしている彼を見て、頭に邪魔なものを付けているもこもこを落としてしまうのではないかと心配になったらしい。
小さな動物を持ち運ぶためのものらしく、子猫のようなもこもこの体にも丁度いい大きさだ。
心配事が減った高位で高貴なお兄さんは店内にあったテーブル席を闇色の球体で外に出し、ゆったりと寛ぎながら彼らを見守っていた。
「クマちゃーん」
本物のほうのもこもこが『撫でてちゃーん』と彼を呼ぶ。
しゃがんで作業をしていた新米ママは魅惑的な像を置き、愛らし過ぎるもこもこを体の前に下げている鞄から出すと、
「可愛いねークマちゃん。めっちゃもこもこ」
両手で存分に撫でまわした。
我が子が「クマちゃ、クマちゃ」と喜んでいる。
「可愛いねー」ともこもこを鞄へ戻し作業を再開したリオ。
もこもこの口元がもふっとしている。
「これもめっちゃ可愛い」もこもこのもこもこ問題に気付かぬ彼は、視線をそれへと移した。
クマちゃんにそっくりな見た目の像は、少しづつ仕草が違うのである。
お手々の先をくわえているもこもこ。
両手の肉球でお口を隠し、驚いているもこもこ。
猫のように丸くなっているもこもこは、まんまるなしっぽの造形が素晴らしい。
「クマちゃーん」
『撫でてちゃーん』
愛らしい声が彼を呼ぶ。
「可愛いねークマちゃん」
リオは像を放し、鞄から出したもこもこを撫でた。
「クマちゃ、クマちゃ」クマちゃんがふんふんとリオの手に甘えている。
可愛い。可愛すぎる。
動きの素早い冒険者な彼は「めっちゃ可愛いねー」と自然な仕草でもこもこを鞄へ戻し
「やべーこれもいいじゃん」作業を再開した。
めっちゃ可愛いもこもこのお鼻の上に、皺が寄っている。
「あ、これも良い感じ」
何かに隠れそこから覗いているような、柱の影などに置きたくなる格好をしたもこもこ。
肉球に丸いものをのせ、じーっと見つめているもこもこ。もしかすると以前リオがあげた飴玉だろうか?
両手の肉球で杖を持ち、お口をあたりをもふっと膨らませているもこもこ。愛らしさのなかに凛々しさが隠されているような気がしないでもない。
「クマちゃーん」
「クマちゃん可愛いねー。めっちゃもこもこ」
他にも色々あるがどの像も、集めて自室に飾りたくなってしまうような、専用の飾り棚を作りたくなってしまうような、あえて自然な感じに部屋のあちこちに紛れ込ませたくなるような素晴らしい出来だった。
片手で持てる大きさなのも良い。
これを砂地にそのまま放置するなんて、非道なことはできない。
「クマちゃーん」
「可愛いねークマちゃん。めっちゃ……なんかいつもと顔違うんだけど」
リオは包みかけの像を置き、生温かくて愛らしいもこもこを存分に撫でた。
いつも通り撫でているはずなのに、もこもこのお口がもふっと膨らんでいる。
「クマちゃーん」
「めっちゃいま撫でてるけど可愛いねークマちゃん」
甘える我が子を両手でもこもこもこもこと撫でまわしながら、彼は思った。
何かがおかしい――。
素晴らしいもこもこ鞄を手に入れてから、仕事が進んでいない気がする。
なんでも疑う男が鞄を疑う。
疑う男は他の者には任せられない作業だけに集中し、彼らのまわりをウロウロしたり、取り扱っている商品が疑わしいお兄さんの足元に集まったりしている疑わしい存在にも働いてもらうことにした。
〈クマちゃんの砂〉でふわふわの布を大量生産したリオは、出来る限り素早く丁寧に像をおくるみで包み、そっとカゴに入れ、
「んじゃこれあっちに置いてきて。絶対汚さないように」
猫スイカに騎乗しているクマの兵隊さんへ最重要事項を伝え、渡していった。
「クマちゃーん」
『撫でてちゃーん』
「クマちゃん可愛いねー。めっちゃもこもこ」
一人と一匹が仲良くしているあいだに、疑わしい存在達は『カゴ入りおくるみクマちゃん像』を『あっち』へ運んで行った。
◇
「ん? なんだあれは」
天空露天風呂からオアシス方面へ移動中のマスターの視界に、奇妙なものが飛び込んできた。
紙袋をガサガサと両手に下げたまま、気になったそちらへ足を向ける。
すぐに鮮明になる、気になったもの。
見覚えのある水色の布。
まみれた砂。
転がるカゴ。
転がる白い何か。
まさか! と心臓が止まるほど驚いたマスターは紙袋を捨て駆けだした。
一瞬で白い何かのもとへ近付いた彼が、両手をそれに伸ばす。
「…………」
彼は思った。
硬い。
「――像か? なんでこんなことになったんだ」
見た目と違い、もこもこしていなかったそれに心底安堵したマスターはため息を吐き呟いた。
リオがもこもこを離すわけがない。
オアシスにいる彼が大事に抱えているはずだ。
だが――とマスターは小さなスイカの横に転がるカゴを見た。
本物ではないとしても、こんなに愛らしいもこもこ像をカゴから引きずり出しおくるみを剝ぎ砂をかけた犯人がいるということだ。
彼は眉間に皺を寄せ、もこもこ像をシャツの袖で拭った。
像を綺麗にしながら考える。
まさかスイカだらけのこの村には彼らが感知できないほど身を隠すのに長けたモンスターが――。
マスターが顔をあげ、気配を探ろうとしたときだった。
見つけてしまった、あちこちに転がるカゴ。
「…………」
マスターは嫌そうに顔を顰め、紙袋を取りに戻った。
犯人捜しよりも先に、もこもこ像探しをしなければならない。
◇
「おや。家には誰もいないようだね」
仕事を切り上げ戻ってきた彼ら。
湖の側にあるイチゴ屋根の家から村への扉を通り抜けたウィルは、階下の気配を探った。
「増えてんな」
色気のある声が響く。
謎の言葉を発したルークは怠そうに魔法陣に乗り、視線を彼らへ向けた。
早く乗れ、ということだろう。
「マスターか――」
「違うと思うのだけれど」
冷たい表情のまま陣へと進み、恨みでもあるかのように凍てつく美声を響かせたクライヴに続きながら、ウィルは穏やかな声で答えた。
何かが増えているらしいが、マスターが村に居ても『増えてんな』とは言われないだろう。
冷気を発している氷の紳士は、自分達よりも先に仕事を終え愛らしいもこもこと戯れているであろうマスターを想像し、冷たい感情を募らせているらしい。
陣は一瞬で一階へと到着した。
ひと際目立つ中央の巨大ベッドには、何故かクマちゃんの別荘にあるものとそっくりなテーブルがのせられている。
リオの仕業だろうか。
「クマちゃん達はオアシスのほうにいるみたいだね」
南国の鳥のような男はシャラ、と装飾品の音を響かせ魔法陣から降りた。
「早く可愛いクマちゃんに会いたいよ」
ウィルが呟くと、普段は話さない男がすぐに相槌を打つ。
「ああ」
魔王のような男はそれだけ言うとすぐにふらりと消えてしまった。
愛しのもこもこのもとへ向かったのだろう。
「僕たちも行こうか」
「そうだな――」
という会話の途中で、冷気を纏ったクライヴがいなくなった。
残されたウィルが突然の吹雪で乱れた髪を押さえる。
彼が視線を外へ向けると、氷の紳士がいるのはルークの消えた方角とは別の、古木風の道だった。
道の上には金のフサフサがついた小さなスイカも置かれている。
スイカ好きのリオが村長らしく村を飾っているのだろう。
「それはなに?」
感情を乱している彼が気になった南国の鳥はスイカのある道へ進み、黒革の手袋が握るものを覗き込んだ。
ウィルは納得したように頷くと、静かに尋ねた。
「とても愛らしいね。まさかとは思うけれど、その可愛らしいクマちゃんはここに落ちていたの?」
道の真ん中に片膝を突いたクライヴが震える手で持っていたのは、両手の肉球を哺乳瓶に添えている、愛くるしいクマちゃんそっくりの像だった。
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