第254話 完成したお店。「クマちゃ……!」なもこもこ。

 たくさんの部下を呼び出し順調にお仕事をはじめたクマちゃんは、現在彼らに指示を出している。



 オアシス前、クマちゃんリオちゃんレストラン予定地にクマちゃんの愛らしい声が響いた。

 心なしか、いつもよりもキリッとした顔で地面を指している。


「クマちゃ、クマちゃ――」

『みなちゃん、がんばるちゃ――』


 さぁみなさん頑張ってお店を作りますよ――、という意味のようだ。


 さきほどクマちゃんが作ったばかりのスイカのような猫のような不思議な生き物たちは、声をそろえてニャーと言った。


 ――報酬もらってないスィー――。


 と言っているような気がする。

 クマの兵隊たちも、さりげなくスッと手をあげた。


「お前らまだ働いてないよね? あと言い方が腹立つ」


 頑張っているクマちゃんを見守っていたリオの口から思わず心の声が漏れる。

 

 誕生してすぐにもこもこの邪魔をしたくせに、もこもこから報酬を貰うつもりか。

 なんて図々しい生き物たちなのだろう。


 素直で大人しくて愛らしいクマちゃんとは大違いだ。


 新米ママは我が子への大きな愛で、過去のもこもこ事件関連の記憶が薄れている。


 悪いことなどしたことが無い純粋な癒しのもこもこクマちゃんは、ハッとしたように肉球をもこもこしたお口に当てた。

 湿ったお鼻をふんふんさせ少しだけ考え込んだもこもこは、小さく頷くと愛らしい声で答えた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『報酬ちゃん、甘いちゃん……』

 

 そうですね、では報酬は甘くて美味しい牛乳ちゃんにしましょう……、という意味のようだ。


 猫スイカはニャーと彼らに背を向け、砂の上に座り込んだ。 


 ――甘すぎるスィー――。


 と言っているようだ。

 クマの兵隊達は四体で輪になり緊急会議を開いている。


 なんとなく気になったリオが向けた視線のさきで、全員が同時に首を横に振った。

 もこもこ飲料メーカーの〈甘くておいしい牛乳・改〉はもこもこの部下でもキツイ甘さらしい。


「…………」


 リオは『たしかに』を無理やり飲み込んだ。

 やつらはまだ飲んでいないはずだが、もこもこが創造した生き物は情報を共有しているのだろうか。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『わかったちゃ、あれちゃ……』


 部下に冷たくされてもくじけないクマちゃんは、深く頷き特別なアイテムを製作することを約束した。



「クマちゃ……!」


 小さな黒い湿ったお鼻に力を入れたもこもこが、一生懸命杖を振る。


「おおー。めっちゃ良い感じ! クマちゃんすげー」


 白いタイルや中央のプール。

 南国の植物、木造に見えるカウンター。テーブル。椅子。


 次々と完成していくそれらを、現場監督クマちゃんを抱えたまま眺めているリオは相変わらず素晴らしいもこもこの魔法に感動していた。


 深い色合いの木と真っ白なタイルの対比が美しい。

 直径数メートルほどの小さなプールは、青みがかった水で満たされている。

 光を溜め込んだ癒しの水。水面にはフワフワと優しい光が舞っていた。


「クマちゃん綺麗だねー」


「クマちゃ……」 


 仲良しな一人と一匹が完成したばかりの素晴らしい店の真ん中で水辺を見ていると、あまり役に立っているように見えなかった猫スイカ達がニャーと近付いて来た。


 チャッチャッチャッチャッ。

 チャプン――。


 やつらが癒しの水を飲んだり入水したりする音が聞こえる。

 続けてニャーという声が響いた。 


 ――めっちゃいいかんじだスィー――。


 猫スイカは快適なそこでプカプカと浮かび、遊んでいるらしい。

 スイカを冷水で冷やしているような光景だ。


「あのスイカなんか腹立つんだけど」


「クマちゃ……」

  

 プールのまわりにはいつのまにか置かれていた小さなサンベッドで寛ぐクマの兵隊達がいた。

 小さいのに何故か態度がデカい。


 クマちゃんの部下達は放っておいても問題なさそうだ。



「クマちゃんお外行く?」


 計画の一部を省こうとするリオ。


 ずるい大人に気付かないもこもこが愛らしい声で答えた。


「クマちゃ……」

『パーティーちゃん……』


 パーティーちゃんが先ですね……、という意味のようだ。


「えぇ……」


『リオちゃんのコース料理』を作らされる予感がしたリオは、苦手な作業から逃れようと話の流れを変えることにした。


「パーティーするならさぁ。やっぱあれだよね」


 思いつく前に話し始めてしまった村長。

 もこもこが「クマちゃ……」と彼を真剣に見つめている。


 純粋で綺麗な瞳が、彼を急かす。

 クマちゃん可愛い――。


 何も出てこなかったリオは心の中で頷いた。


「パーティーにはクマちゃん像でしょ」


 そんな決まりはない。


「クマちゃ……!」

『像ちゃ……!』


 知らなかったちゃん……!

 愛らしい声が呟く。


 俺も知らなかったけど! 心の中で像を抱き締める。


『パーティーにはクマちゃん像』


 この世の誰も知らなかった仕来たりが、小さな村の村長から発表された。


 パーティー直前なのに一つも並べていないもこもこは、両手の肉球でもこもこしたお口をおおっている。


 鞄の中の『たくちゃん』のクマちゃん像は、まだ仕舞われたままだった。


「やっぱパーティーだから。外にもたくさん並べないとヤバいよね」

    

 高位で高貴なお兄さんが、テーブル席から彼を見ている。

 

「クマちゃ……!」

『たくちゃん……!』

 

 純粋なもこもこがお魚さんの鞄を肉球でムニ! と押さえ、愛らしい悲鳴を上げた。

 


『たくちゃん』のクマちゃん像をパーティー会場の外と中に素早く並べることになった一人と一匹は、猫スイカとクマの兵隊達を連れ、日の光が降り注ぐ場所へと戻った。



「え、なにこれめっちゃ可愛いんだけど。やべー全部欲しい。砂のうえ置いたらかわいそうじゃね?」


「クマちゃ……」


 仲良しな一人と一匹がニャー、という声に囲まれながら仲良く作業を進めていたころ。



 酒場のマスターのような格好の男がもこもこ天空露天風呂からガサ、という音を立て、外へと出てきた。


 当然ひとりでのんびりと風呂に入っていたわけではない。

 客達から色々と話をきいたあと、これから増えるであろう客用の石鹼や着替えなどを棚に並べてきたのだ。


「もう昼か……」


 渋い声の男はため息を吐きつつ、村長と愛しのもこもこの気配がするオアシスの方へと歩いて行った。

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