第253話 「そっかぁ……」忙しいリオと「クマちゃ、クマちゃ……」増えてゆく仕事。

 仲良しのリオちゃんと一緒にクマちゃん像を作っていたクマちゃんは、現在おいしいお料理が食べられるお店をつくっている。



 絶対に地面に降りたくないらしいクマちゃんを膝にのせているリオは、現場監督の指示に従い可愛い肉球に〈クマちゃんの砂〉を渡すだけの簡単な仕事をしていた。


「クマちゃんさっきの像どうなったの?」


 気になっていたリオが自身の膝でなにやら作業をしているもこもこに尋ねる。

 作っていたはずなのに見当たらないということは、お魚さんの形の鞄に入っているのだろう。


「クマちゃ――」

『どうにかなったちゃん――』


 ええ、無事にどうにかなりました――、という意味のようだ。


 現場監督は猫のようなお手々を猫が顔を洗うようにゴシゴシ! と動かし、湿ったお鼻をふんふんさせた。

 

「そっかぁ……」


と頷いたリオは『クマちゃんおしいなー。ちょっと違うなー』を心の棚にしまい込んだ。


「クマちゃんいま作ってるのはどんなかんじ?」


 新米ママは愛らしい我が子の作品を見つめた。


 小さな肉球があたりに散らかしたそれは、細い木の棒、小さな板、短いワラばかりでまったくお店を作っているようには見えない。

『全然お店に見えないんだけど』というわけにもいかず『それは何なのかなー?』という雰囲気を醸し出す。


「クマちゃ、クマちゃ――」

『クマちゃ、忙しいちゃ――』


 ええ、やはりクマちゃんは忙しい感じでしょうね――、という意味のようだ。

 現場監督は忙しい感じらしい。


「そっかぁ……」


と頷いたリオは『クマちゃんおしいなー、ちょっと違うなー』をもう一度心の棚にしまった。



 作業を進めていたクマちゃんはハッと気が付いた。


 ケルベロチュは今どこにいるのだろうか。

 もしかすると露天風呂で綺麗になったケルちゃんは、綺麗なオアシスでお散歩をしようと考えているのでは――。

 

 完璧な推理である。

 クマちゃんはキュ! と鼻を鳴らした。


 ゆっくりとお店を作っている場合ではない。

 リオちゃんと完成パーティーを楽しんだあとは、リオちゃんとクマちゃんが作ったお料理の試食会もあるのだ。


 リオちゃんが作ったたくさんの豪華なお料理のなかから、シェフクマちゃんが凄く美味しいと思うものを選ぶというとても大事なお仕事である。


 リオちゃんはもうコース料理のメニューを決めているのだろうか。

 クマちゃんはまだ前菜も決めていない。


 大変だ。このままではお昼ご飯の時間に間に合わない。

 


 リオがクマちゃんの肉球に次の砂を渡そうとすると、もこもこがキュ! と鼻を鳴らした。

 先程までと違い、完全に動きが止まってしまっている。


『そういえばもうすぐ昼じゃね?』と思ったリオは、悪気なく尋ねた。


「クマちゃんどしたの? 疲れた? お昼寝する?」


「クマちゃ!!」

『サラダちゃん!!』

 

 驚いたクマちゃんが前菜メニューを叫ぶ。


「え、なに。サラダ食いたいの? ここスイカ以外なくね?」


 スイカしか出さぬ村の村長へ視線を向けた現場監督が、もこもこもこもこ震え、お口を開けている。


「なにその『なんてことを!』みたいな顔」


 リオがクマちゃんに尋ね、震えるもこもこが彼に質問を返した。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、メニューちゃん……』


 リオちゃんのコースメニューはすべてスイカなのですか? という意味のようだ。


「んんんー。クマちゃんいま変なこといわなかったぁ? リオちゃんコースメニューとか初めて聞いちゃったなー」


 リオは膝の上のもこもこへ視線を向け『コース料理とか無理かなー』をやんわりと伝える。


「そもそもリオちゃん料理苦手だからね」


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、料理ちゃ……』


 いいえ。リオちゃんは素晴らしいコース料理を作れます……、という意味のようだ。


『それは貴様が決めることではない』


 愛くるしいもこもこにそれを言える者はいない。


「しぼったスイカと切ったスイカで『コース料理』は良くないと思うなー。リオちゃん『スイカ野郎』って言われちゃうんじゃないかなー」


『リオちゃんのコースメニュー』


 寝耳にクマちゃんである。

 生涯聞かぬはずの言葉だ。

 意外と真面目なリオは、一応考えた。


 前菜のスイカジュース。

 ジュースに切ったスイカを浮かべたスープ。

 切ったスイカ。お好みで塩。


 口直しのジュース。


 切ってないスイカ。お好みでナイフ。

 デザートにもジュース。お好みでストロー。


 スイカ野郎である。


 大事な時間を二分間も無駄にしたリオの耳に、愛らしいもこもこの声が聞こえた。


「クマちゃ……」

『忙しいちゃ……』


 現場監督は忙しいらしい。

 彼に背を向け作業を再開してしまっていた。


 小さなお手々からリオの膝に砂を零しながら、ときどき「クマちゃ!」と気合を入れたり、キュ! と湿ったお鼻を鳴らしたりしている。


「無理だと思うなー。酒場で頼んだほうがいいんじゃないかなー」


 スイカ野郎はもこもこの肉球に砂を少量渡しつつ『プロが作ったやつ出せばいいじゃん』と赤ちゃんクマちゃんにゲスな提案をした。



 クマちゃんが座っている砂だらけのリオの膝の周りには、小さな木の枝や小さな木の板がたくさん転がっていた。


 肉球の動きが止まっている。

 店は何も出来ていないが、作業は終わったらしい。

 もこもこの愛らしい声が響く。


「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」


 これを使って急いでお店を建てて、完成パーティーを楽しんだあと、クマちゃんとリオちゃんがちゅくったコース料理を食べ、お店の素晴らしいメニューを決めて、可愛く飾りつけをしてからケルベロチュを誘導しましょう、という意味のようだ。


「へー。クマちゃんヤバいねぇ」と悪い大人の見本のような相槌を打ちつつ聞いていたリオは、お口を斜めにあけたまま愛らしく彼を見上げているクマちゃんに、なめた答えを返した。


「うんうんそっかぁ。クマちゃんとリオちゃんがぁ、十人くらいいたらぁ、出来るかもねぇ」


「無理だと思うけど」悪い大人が言うのとほぼ同時に「クマちゃ……!」純粋な赤ちゃんクマちゃんが叫んだ。


『リオちゃ……!』


 もこもこは体のまえに斜めにかけたお魚の鞄を、ごそごそと漁っている。


「いやいやいやごめんクマちゃん冗談だから。やめてやめて俺増やさないで」


 増やされたくないリオの周りに、闇色の球体が現れた。


 中から出てきたのは金色のかつらを被ったクマの兵隊さん四体だ。

 空気を読むのが少々苦手なお兄さんが、気を遣ってくれたらしい。

 一匹足りないのは、お客さんのところに残したのだろう。


 クマの兵隊さん達はクマちゃんが作った素材で砂にお絵描きを始めた。

 やつらは相変わらずロクなことをしない。


「クマちゃ……!」


 気付かぬもこもこは子猫がミィと鳴くような声を出し、愛用の杖を振る。

 小さな黒い湿ったお鼻の上に皺を寄せ、キュ! と可愛い音を響かせた。


 あたりが癒しの光に包まれる。


 光がおさまってすぐ「何かいる気がする……」リオは嫌そうな顔で気配を探った。


 サクサクサク――。砂を踏む小さな足音が聞こえる。

 彼は振り返り、それを見た。


 淡い金色の毛に覆われた、猫のような手足――

が生えた小さなスイカ。

 猫のような顔のついたそれがサササササ! と猫のように素早く走ってくる。


 本体であるスイカの頭部には金色のフサフサが、まるで髪の毛のように風になびいていた。


「気持ち悪いんだけど」


 スイカ村の村長は新たな村民を『めっちゃきもいじゃん……』と差別した。


 続々と集まってきた彼と同じ毛色の、言うほど気持ち悪くはない、むしろよく見ると可愛い猫スイカ六匹。

 猫スイカはクマちゃんが一生懸命作った木の枝やワラにニャー、と砂をかけている。


「クマちゃ! クマちゃ!」

『リオちゃ! リオちゃ!』


 大事な建材を砂に埋められたクマちゃんが彼の膝でリオを呼ぶ。


 大変だ。このままでは彼の大事な我が子が自分で生み出したスイカっぽい村民に泣かされてしまう。


「悪いスイカですねー。こいつら絶対仕事しないやつー」


「しかもめっちゃ仕事増やすやつー」リオはてきとうなことを言いつつ瞳をうるうるさせているもこもこをあやし、同時に砂の上で騒いでいる村民と硬いクマを「これはクマちゃんのだから駄目。……喧嘩も駄目!」と叱った。

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