第252話 忙しい現場監督クマちゃん。「そっかぁ」

 完璧な計画についてお話ししていたクマちゃんは、現在ケルベロチュに渡すためのお手紙を書いている。


 敵が降伏したくなるような可愛い便箋が無いのがとても残念である。

 そういえば、クマちゃんの便箋百万枚はどうなっているのだろう。

 うむ、とても心配である。



 テーブルの上のクマちゃんが「クマちゃ……」と呟いたり、キュ、と小さな鼻を鳴らしたりしながら白い紙に肉球を押し付けている。


 今日のもこもこは忙しいらしい。

 ゆっくりと手紙を書く時間がないのだろう。


 リオはテーブルに肘をつき、子猫のようなクマちゃんを見守っていた。


「クマちゃん手紙になんて書いてんの?」


 気になったリオがもこもこに尋ねた。


 肉球文字は読めない。

 本人から聞くしかない。 


「クマちゃ……」


 手紙ナノー……、と呟くもこもこは忙しいらしい。

 紙に肉球をむに、と押し付けながら考え事もしているようだ。


「めっちゃ集中してるし」


「クマちゃ……」

『めちゃナノー……』



 忙しいクマちゃんはお手紙を書き終えると「クマちゃ、クマちゃ……」とリオに告げた。


『リオちゃ、お店ちゃ……』 


 さぁリオちゃん次はお店ですね……、という意味のようだ。


「ほんとに建てるんだぁ……。その次ってぇ、何するんだっけぇ」


 リオはクマちゃんのくしゃっとしてビリッとした手紙を半分に折りながら、いやらしく探りを入れた。

 もこもこは大量の計画を全部覚えているのだろうか。


 ――大人同士だと許されない尋ね方である。

 相手の神経を逆なでしている。


 仲良しなリオちゃんのなめた態度に気付かない純粋なもこもこは、愛らしい声で答えた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、お店ちゃ、仲良しちゃ……』


 仲良しのリオちゃんと建てた素敵なお店の完成パーティーですね……、という意味のようだ。


「んんんー。さっきはなかったやつー」


 どうやら尋ねると増える仕組みらしい。


 リオは『なかったやつー』と心のお店に幼児用シャンパンを並べた。

 そのパーティーは何秒で終える計算なのか。


 彼は悟った。

 この件にはふれないほうがいい。


 仲良しのリオちゃんの変わった声を聞いたクマちゃんは、ハッとしたようにお目目をひらき


「――クマちゃーん――」

『――ルルルちゃーん――』


リオちゃんとルルルなのちゃーん、と愛らしい歌声を響かせた。


 仲良く一緒に歌っているつもりらしい。


「そっかぁ……。クマちゃん可愛いねー」


 リオは頷き『いや俺歌ってないけど……』をそっと胸の奥にしまった。



「――クマちゃーん――」と歌うクマを抱え「そっかぁ。クマちゃんのお鼻めっちゃルルルじゃーん」てきとうなことを言いつつ民家から出てきたリオ。


 ――高貴な雰囲気のお兄さんは、ゆったりと彼らの後ろを歩いている。


 仲良しな彼らはオアシスの周りの砂地で足を止めた。



 現場監督クマちゃんがリオの腕の中から「クマちゃ、クマちゃ……」と指示を出す。


『クマちゃん像ちゃ、たくちゃ……』


 まずはクマちゃん像がたくちゃん必要ですね……、という意味のようだ。

 もこもこは真剣な表情で肉球をペロ――とひとなめした。


「ほんとにぃ?」


 村長リオがいやらしく聞き返す。

 

 本当にクマちゃん像は『たくちゃん』必要だろうか。

 もちろんくれるならいただくが。


 現場監督が答えを返す。


「クマちゃ、クマちゃ……」


 ええ、ほんとうでしょうね……、という意味のようだ。


「そっかぁ」


 諦めたリオは砂地にふわふわの布を敷き、もこもこをそっと降ろそうとして


「クマちゃ……!!」激しい抵抗に遭った。


 白くてもこもこした生き物が彼の腕にしがみついている。

 甘えっこで寂しがり屋な現場監督は、降りずに作業をしたい気分らしい。


「そういうかんじぃ?」


 諦めの早い村長が、大事なもこもこを腕の中に戻す。

 

 現場監督はせっせと肉球をなめている。

 少しどきどきしてしまったらしい。


 手の平にトトト、と早い鼓動を感じてしまったリオは「やばいやばい」慌ててもこもこの背を撫でまくった。


 始める前から難航する作業。

 手際の良くない新米ママは穏やかな表情で「クマちゃん可愛い……めっちゃもこもこ……」現実逃避をした。



『たくちゃん必要なクマちゃん像』の数、現在ゼロ個。



 リオは変化のない砂地を見た。

 噂のケルベロチュが昼食を食えるのは明日の夕方くらいだろうか。


「えーと、じゃあ一緒に座ってやればいいんじゃね?」


 リオはふわふわの布に〈クマちゃんの砂〉を掛け、大きな敷物に変えた。

  


 ふわふわな敷物に座ったリオの膝に、現場監督が「クマちゃ……」と座る。


 南国の植物に囲まれ美しく水色に輝く水辺を眺めつつ、彼らは作業を進めた。


「クマちゃんオアシス綺麗だねー」


 新米ママが我が子に声を掛けた。


「クマちゃ……」

『クマシちゅ……』


 現場監督は忙しいようだ。



「クマちゃんの砂さぁ、ぜんぶ俺にかかってるよねぇ」


 村長が優しい声で苦情を言った。


「クマちゃ……」

『おのれの砂ちゃ……』


 現場監督は忙しいようだ。


「それまさか『てめぇの砂だろ』って意味じゃないよね?」


 細かいことを気にする村長が、癒しのもこもこの言葉の裏を探る。


「クマちゃ……」

『てめちゃ、クマちゃ……』


 てめぇはクマちゃんだネ……、という意味のようだ。


 現場監督は忙しいらしい。


「いや俺はクマちゃんじゃないけど」


 リオは当たり前のことを真面目に答えた。


 だが可愛いもこもこに『クマちゃんはてめぇだろ』と返せる者はどこにもいない。



 仲良しな一人と一匹のお店作りは、仲良くまったりと進んでいった。

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