第251話 癒しのもこもこ本部長の完璧な計画。「そっかぁ」
仲良しのリオちゃんにたくさん撫でてもらい落ち着いた天才本部長は、凶暴な獣ケルベロチュを改心させるための策を思いついてしまった。
うむ。これならどんな凶悪な敵も絶対に諦めるだろう。
◇
真っ赤なシーツに覆われたケルベロチュ対策本部。
新米ママリオちゃんは先程まで震えていた我が子に「クマちゃん寒いんじゃね? おくるみ入る?」声を掛け、返事を聞く前にふわふわの布でふんわりとおくるんだ。
「クッションめっちゃ邪魔なんだけど……」
クマちゃんお気に入りの防災頭巾ちゃんが、綺麗に包みたい新米ママの邪魔をする。
リオは出来が悪いおくるみに嫌そうな顔をした。
美しさ『中の下』なおくるみのなかで猫のようなお手々の先をくわえていたクマちゃんのつぶらなお目目が、何故かちょっとだけ大きくなる。
「え、なにその『思いついちゃった!』みたいな顔」
可愛いクマちゃんが何かを思いついたときに『何か』に巻き込まれやすい男は、警戒したような声をだした。
『思いついちゃったクマちゃん』が「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」子猫がミィミィミィと鳴くような声で丁寧に説明をはじめる。
『素敵ちゃ、おもてなしちゃ、お手紙ちゃ……』
悪のケルベロチュを素敵なお店でおもてなしするのです。最後にお手紙を渡せば完璧でしょう……、という意味のようだ。
己の立てた完璧な計画に興奮しているらしいクマちゃんが震える肉球をペロ……、とひとなめした。
「へー」
リオはおくるみを美しく整えながらやる気のない返事をした。
「ケルベロチュって字読めるんだぁ」
ついでに微妙にいやらしい相槌を打つ。
そもそも『ケルベロチュ』とは何なのか。
柱からはみ出している人間に気付かないような生き物なのだろうか。
リオは頭のなかで、もこもこから聞いた話をまとめた。
『あ、ケルベロチュさんこちらのお席へどうぞー』
『グルルルル……』
ケルベロチュが素直に椅子に座る――。
大人しい。避難は必要だろうか?
『お皿お下げしますねー。クマちゃんからのお手紙の山はここに置いておきますー。ちょっと読みにくいかもしれませんけどー』
『グルルルル……』
ケルベロチュは敵対しているらしいもこもこの手紙を真面目に読んでいる。
騒がしい人間よりもお行儀がいい。
「『悪のケルベロチュ』悪い奴じゃなくね?」
「クマちゃ……!」
『リオちゃ……!』
クマちゃんは悪のケルベロチュを擁護するリオを『染まりかけのリオちゃん』を見るような瞳で見つめた。
両手の肉球でサッと口元を押さえる。
――染まりやすいリオちゃんは、ふたたび染まってしまったのだろうか。
「クマちゃ、クマちゃ……!」
『大変ちゃ、悪のリオちゃ……!』
大変です、悪のリオちゃんのお顔をクマちゃんに良く見せてください……! という意味のようだ。
「顔見たいの? なんで? つーかいま『悪のリオちゃん』て言わなかった?」
質問を浴びせつつも、リオは可愛い我が子の願いを断れない。
おくるみごとクマちゃんを持ち上げ、少しだけ顔を近付ける。
肉球を彼の顔に添えたクマちゃんは「肉球かわいい……」リオの独り言を気にせず「クマちゃ……」と言った。
『もっとちゃ……』
もっと近付いてください……、という意味のようだ。
「いやこれ以上近付けないでしょ」
と言いつつ、リオは可愛い我が子の願い通り顔を近付けた。
ふんふんふんふんふんふん――。
「めっちゃふんふんされてる……」
湿った鼻をピチョ――と頬にくっつけられているリオは、濡れた場所に微かな風を感じ、かすれた声で呟いた。
「なんかヒヤッとするんだけど……」
頬が濡れたり乾いたりしている――。
「クマちゃ……」
『もっとちゃ……』
しつこい癒しのもこもこ。
「いやもうくっついてるから」
『えぇ……』困ったリオは座っていたベッドに仰向けに寝転び、己の顔にもこもこ入りおくるみをのせた。
◇
「何をやってるんだお前は……」
大きな紙袋を持ったマスターは、顔にもこもこをのせたまま真っ赤なベッドで寝ているリオへ残念なものを見るような視線を向けた。
ベッドには何故かテーブルものっている。
「クマちゃん、マスター来たっぽいからちょっと起きていい?」
残念な男リオがもこもこに尋ねた。
もこもこが彼に愛らしい声を返す。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、来たぽちゃん……』
クマちゃんは大分前に来てるっぽいですね……、という意味のようだ。
染まりかけのリオを浄化中のクマちゃんは、残念ながらマスターに気付いていないらしい。
おくるみちゃんは彼の顔にうつ伏せになったまま、青色とピンク色の綺麗な左目をふんふんふんふんふんふん! と覗き込んでいる。
「そっかぁ……。それよりさぁクマちゃん、目に鼻息かけるのやめてほしいんだけど」
リオが顔の上のおくるみを撫で、ケルベロチュよりも厄介な獣を『メッ!』と叱る。
「あ~。起きなくていいぞ。俺はあいつらのところに行くから、何かあったらそっちに来てくれ」
ガサ、と荷物の音をさせたマスターは、そのまま一人と一匹とテーブルとお兄さんが全員のったベッドの横を通り過ぎていった。
もこもこをゆっくりと愛でる時間はないらしい。
「ん? まさかあいつ……朝からずっと寝てるのか?」
彼は建物を出ながら、リオに聞かれたら『俺がずっとダラダラしてるみたいに言うのやめて欲しいんだけど!』と怒りそうなことを呟いていた。
◇
リオはもこもこした我が子に「クマちゃんお手紙書くんじゃなかったっけ?」と声を掛け、可愛い鼻息から逃れることに成功した。
「クマちゃ……!」
『お手紙ちゃ……!』
彼の言葉にハッとしたクマちゃんが、ふんふんを止め、キュッ! と鼻を鳴らす。
もこもこを抱いたまま起き上がったリオは「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」となにやら予定が立て込んでいるらしいクマちゃんの言葉に「へー。そっかぁ。なるほどー。クマちゃんヤバいねぇ」悪い大人の見本のような相槌を打った。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『お手紙ちゃ、お店ちゃ、お料理ちゃ、リオちゃ……』
クマちゃんはお手紙を書いたあと、仲良しのリオちゃんとお店をちゅくって、リオちゃんとお料理をして、リオちゃんと一緒にケルベロチュをお店まで誘導して、リオちゃんとおもてなしをして……。
親切な副村長はいいかげんな村長に素晴らしい計画の概要を伝えてくれた。
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
説明はまだ続いている。
「そっかぁ。リオちゃんもヤバいねぇ」
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
「休ませてあげたほうがぁ」
「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
「いいと思うよぉ」
――クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……、休ませてあげたほうがぁ、クマちゃ、クマちゃ、いいんじゃないかなぁ、クマちゃ、クマちゃ……――。
リオはもこもこを撫でながら、忙し過ぎる計画を中止するよう繰り返した。
幼いもこもこでも聞き取れるようゆっくりと話しているが、おくるみから聞こえる『クマちゃ』は止まらなかった。
――クマちゃ、クマちゃ……、休ませてあげたほうがぁ……――。
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