第250話 仲良しな一人と一匹のケルベロチュ対策本部。本部長クマちゃん。
ケルベロチュ対策本部の本部長クマちゃんは、現在リオちゃんと一緒に避難訓練をしている。
もしかしたら頭巾を作っているあいだに、ケルベロチュが露天風呂から上がってしまったかもしれない。
いまは体をふわふわに乾かしているところだろうか。
◇
南国風の壁のない民家にある祭壇のような本部。
真っ赤で光沢のあるシーツに覆われた、円形魔法陣ベッド風会議室に設置されたテーブルの上。
もこもこした本部長は頭に括りつけたクッションそっくりな防災頭巾を少しも揺らすことなく、ヨチヨチ! ヨチヨチ! と見た目も質感も木製っぽいが実は砂製のそこを右へ、左へと歩いていた。
真剣な表情の本部長がヨチ――と足を止め、子猫のような声で伝える。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、避難ちゃん……』
ではリオちゃんはクマちゃんの指示する場所へ避難してください……という意味のようだ。
「え、一緒に避難しないの? クマちゃんどうすんの?」
テーブルの上をウロウロするもこもこを『可愛い……めっちゃもこもこしてる……』ひたすら観察していたリオが驚き、かすれ声を出した。
小さな赤ちゃんクマちゃんを残して行くことなどできない。
安全な場所だとわかっていても、寂しがり屋ですぐにキュオーと鳴いてしまうもこもこを置いて行ける人間などいないだろう。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『避難所ちゃ、あちらちゃ……』
かすれ声のひとの話を聞かない本部長は、短い腕を組もうとしたが長さが足りず諦めながら告げた。
組めなかったお手々をスッともこもこの口元へ運び、肉球をなめる。
「あちらってどこ?」
一人で行動する気のないリオが一応聞き返し「クマちゃんいま腕組むの失敗しなかった?」余計なことも言う。
チャ――、チャ――、チャ――。
円形祭壇風魔法陣ベッド風会議室に、本部長の可愛い舌の音が響く。
――クマちゃん誤魔化そうとしてない? ――。
本部長を追い詰めるかすれ声も響く。
「クマちゃ、クマちゃ――」
『避難所ちゃ、あちらちゃ――』
本部長は時間を巻き戻したかのように先程と同じことを言った。
真っ白な被毛に覆われた猫のようなお手々で、避難所を示す。
リオが肉球の方向へ視線をやるが、そこには何もない。
あるのは屋根を支える柱と、その先の外だ。
建物の外には古木で作ったような道と、村の中央にある美しいオアシスが見える。
「外出ろってこと?」
リオはベッドから下りつつ聞いた。
「クマちゃ……」
『柱ちゃ……』
そこに丁度よい柱がありますね……という意味のようだ。
本部長はピンク色の肉球で柱を指していた。
◇
「あのさぁクマちゃん。やっぱここじゃだめだと思うんだけど」
クマちゃんの指定した避難所にいるリオが、室内の本部長に声を掛けた。
避難所は柱の形をしている。
壁のない高床式住居の、室内と室外を区切る柱だ。
当然外からは丸見えだろう。
部屋の中に居る者からも、リオの姿は全体の六十パーセントから七十パーセント見えているはずだ。
――柱の裏から室内を見つめるリオに気付く確率、九十八パーセント。
彼は少しだけ悩んだ。
子猫のように可愛らしいクマちゃんに厳しいことなど言いたくない。
だが赤ちゃんクマちゃんにははっきり言わないと伝わらないかもしれない。
リオは柱から片目をのぞかせ、真実を告げる。
「実は俺、柱より太いんだよね」
ギリギリ両目を隠すことも出来るが、残念ながらリオの体は目の外側にもある。
――この建物の柱は細めだった。
避難所のすぐそばにいる寂しがり屋の本部長が、彼の足元あたりで答えた。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、いないちゃん……』
リオちゃんは完全に隠れていますね、いったいどこに消えてしまったのでしょう……、という意味のようだ。
もこもこした本部長はもこもこのお手々をもこもこしたお口に当て『なんということでしょう!』の格好をしている。
「ほんとにぃ?」
避難所からいやらしい声が響く。
絶対に信じていない者の声だ。
信じていない者は避難所から約六十パーセントはみ出たまま、純粋な本部長にいやらしい質問をした。
「クマちゃんさぁ……ほんとはぁ……見えてるんじゃないのぉ?」
一般の人間とは違う隠れ方をしている柱のはみ出し者が、足元でウロウロしている本部長の本音を探る。
もこもこした本部長はキュッ! と小さな黒い湿った鼻を鳴らした。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『避難所ちゃ、邪気ちゃん……』
本部長がもこもこもこもこと体を震わせた。
頭のクッションも震えている。
クマちゃんは狭すぎる避難所から体ごとはみ出す邪気に怯えているようだ。
可哀相な本部長は両手の肉球を前に出しながらヨチヨチヨチ! と短い足で走り、仲良しのリオちゃんのズボンにピタリとくっついた。
頭にクッションをのせた愛らしいもこもこが、彼のズボンに顔をふせ、キュオーと甘えるように鼻を鳴らしている。
「えぇ……。なにそれかわいいんだけど。……つーか見えてたでしょ!」
避難所という名の外に出されていたリオは嫌そうな声で可愛さを認め、当たり前のことを叫んだ。
◇
本部長を抱え避難所から出たリオは
「なんかクマちゃん震えてね?」
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、ふるえてね……』
震えるもこもこを撫でながらケルベロチュ対策本部へ戻った。
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