第249話 素敵すぎる完成品と、未来予想図。「クマちゃ……!」

 リオちゃんの素晴らしい作品が完成する瞬間を目撃したクマちゃんは、現在新たな悩みを抱えている。



 美しく華やかな頭巾だ。

 素敵すぎてクマちゃんひとりでは被れそうにない。


 長いレースのおリボンがピローンと付けられた大作をあらゆる角度から見ているクマちゃんはむむむ、と考えこんでいた。


 うかつに近付けばひらひらレースとふわふわクッションの誘惑に負けてしまいそうなほど、素敵で魅力的である。

 肉球にキュ、と力を入れたクマちゃんはハッとなった。


 素敵な村の村長が作ったとても素敵なもの、ということは――特産品なのでは?


 素敵だが被りたくても被れないワケあり特産品ということは『こんなに被りたいのに何故被れないのか』とちまたで話題になるだろう。


 数年後のことまできちんと考える大人なクマちゃんには、手作り頭巾が大人気になって品薄になる未来が見えてしまった。

 素敵な村の村長の手作りの、素敵なレース付きもこもこ防災頭巾ちゃん。

 年間生産量はおいくつだろうか。



 リオはクマちゃん専用ふわふわ丸型クッション二つとレースのリボン二本を一列に繋げたものと、もこもこを見ながら考えていた。

 

 ――配列はリボン、クッション、クッション、リボンである。


 ふんふんふんふんふんふんふんふん――!


 テーブルにのせられたそれの周りをヨチヨチヨチ! と歩いているクマちゃんは、どうやら興奮しているようだ。

 この作品のどのあたりに呼吸を乱す要素があるのか――。

 まさかまだどこかに何かを足そうなどと思っているのでは。


 リオは真面目な表情でもこもこに告げた。


「クマちゃん俺もう頑張れないと思う」


 これが彼の実力のすべてだ。

 一日のお裁縫パワーを使い果たしてしまった。

 もう一針も縫えない。

 

 因みにリオのお裁縫パワーは三である。



 衝撃的な事実を聞いてしまったもこもこはヨチ――! と立ち止まった。

 口元をサッと押さえたクマちゃんが、子猫のような声で叫ぶ。


「クマちゃ……!」

『三百六十五個ちゃん……!』


 年間たったの三百六十五個……! という意味のようだ。


「今後も作り続ける計算やめて欲しいんだけど。つーか休みは?」


 リオは『年間』と不気味な数字に反応した。

 もこもこは何を言っているのか。

 

 一日一個の計算なのか、時々調子が良くて二個なのかが非常に気になる。

 クマちゃん以外に需要がない物を毎日限界まで作らせようとするのは何故なのか。


 余った三百六十四個はどうするのだ。

 これを作り続けるリオの精神状態も出来れば気にしてほしい。



 かすれ声の村長の宣言『今後も作り続ける――通貨や――』を聞いてしまった副村長クマちゃんが、つぶらな瞳を潤ませた。


「クマちゃ……」

『通貨や……』


 今後はこれが通貨にもなるのですね……という意味のようだ。


「ならないよね。クッションと紐つなげて『通貨』はヤバいでしょ」


 リオは視線で『金の代わりにこれを渡してはいけません』と人間界の掟を教えた。

 森の街経済をどうするつもりだ。三百六十五個を皆でぐるぐるまわすのか。


 今後は赤ちゃんクマちゃんをしっかりと見張らなければ。

 お会計をしたいクマちゃんがお店でこれを出したら大変だ。


 こんなことになってしまったクッションを持ったクマちゃんは


『当店ではヒモ付きクッションをご利用いただけません』


『クマちゃ……!』


店員から冷たく斬り捨てられるだろう。

 ついでに制作者リオの心もチクッと痛むかもしれない。



 人間界の厳しさを知っている新米ママリオちゃんが愛しの我が子をテーブルから抱き上げ、撫でまくりながら


「クマちゃん分かった? 店員さんに『これでお買い物します』って渡したり頭に被らせたりしたら絶対ダメだからね」


「クマちゃ……、クマちゃ……」

『買うちゃ……、かぶちゃ……』

 

『正しいお買い物のしかた』の話をしているときだった。



 ゆるりと瞼を上げたお兄さんが、彼らのほうへ闇色の球体を飛ばした。

 闇はテーブルに置かれたリオの作品を一瞬だけ包み、すぐに消える。


 リオは見た。


 レースヒモ付きクッションが小さくなっている――。

 もこもこの頭にのせられそうな大きさだ。

 

「えぇ……」


 望んでないんですけど――。

 心の扉が半分閉まりかけ、すぐに(でもクマちゃんめっちゃふんふんしてるし、お兄さんは気遣ってくれたんだし……)と反省した。


「おにーさんありがとー」


 リオはいそいで礼を言った。

 もう寝てしまっているように見えるが、意識がないわけではないのだろう。



 真っ赤なベッドに置かれた木製に見えるテーブルで、子猫のようなクマちゃんがじっと待っている。


 リオは最高に可愛いもこもこの頭に可愛さ階級の低い連結クッションをのせ、あごヒモを結んだ。

 ルークほど上手くはないが、できるだけ丁寧に蝶々結びっぽい形に整える。


「めっちゃ軽くなってる……」


 高位で高貴で優しいお兄さんは軽量化もしてくれたらしい。

 体に比べ少々大き目のクマちゃんの頭にクッションを二つものせたというのに、重さでぐらぐら揺れたりはしないようだ。


「頭巾っていうか……クッション……」


 リオは腕を組み、自身のお裁縫パワーのすべてを注いだ己の作品と、それを被ったクマちゃんをじっくりと眺めた。

 

 真っ白なもこもこクマちゃんのちょうどお耳の位置に、丸い水色のクッションがそれぞれのっている。

 クッションの端に縫い付けられたレースのリボンは、丸いお顔の横を通り、あごの下で結ばれていた。


 ふわふわの白いお耳が、それよりデカいクッションでもふっと隠され、ネズミのぬいぐるみの耳っぽく見えなくもない。


「クマちゃ……」


 愛らしい声を出したクマちゃんは、素敵な頭巾を見せつけるような仕草をしていた。

 短くて可愛い足をほんの少しだけ横に出し、反対側のお手々を腰に当てている。


「やばい」


 愛らし過ぎる。

 リオは己の才能ともこもこの愛くるしさに慄いた。

 なんだかよく分からないものを被ったクマちゃんも、とてつもなく可愛い。


 頭にクッションを二つ括りつけたもこもこが『クマちゃんのお帽子、可愛い?』と尋ねるように、つぶらな瞳で彼を見上げている。


 可愛い。褒めてもらえると思っているのだろう。

 キュッと胸が痛む。褒めない理由がない。

 

「クマちゃん可愛いねー。ちょっと変わった生き物みたいでめっちゃ可愛い」


 リオが笑いながら我が子を褒め、指先でくすぐるようにもこもこした頬を撫でる。

 謎の生き物クマちゃんがもっと謎の生き物になってしまった。


 彼は深く納得した。

 クマちゃんはどんな格好でも可愛いということだ。

 

 仲良しな一人と一匹が


「クマちゃん何でも似合うねー。新しいお耳っぽい」


「クマちゃ……」


仲良くお話ししていると、もこもこがキュッ! と小さな黒い湿った鼻を鳴らした。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、おそろいちゃ……』


「無理無理ムリそれはヤバいぜったい駄目なやつ。リオちゃん大怪我しちゃうから」


 目を剝いたリオが心臓のあたりを押さえる。

 仲良し事件である。

 なんでもおそろいにすればいいというものではない。


「クマちゃ……」


 つぶらな瞳をうるうるさせたクマちゃんが、お手々の先をくわえている。


 お断りされ寂しそうなクマちゃんをリオが「クマちゃん。実は俺の耳……顔のよこについてるんだよね」なんとか説得し、


「クマちゃ……!」


彼らはようやくケルベロチュのことを思い出した。

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