第258話 もこもこシェフの簡単クッキング。村長を添えて。

 お昼ご飯の時間になってしまったことに気付いた天才シェフクマちゃんは、現在仲良しのリオちゃんとパーティー用のお料理を作るため気合を入れている。

 うむ。先程の魔道具を使って一瞬で完成させれば『リオちゃんとクマちゃんのコース料理はまだですか?』と苦情がくることもないだろう。



 キュ! と湿ったお鼻を鳴らしルークの腕の中からリオを見上げているもこもこが「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしい声を出す。


『リオちゃ、クマちゃ……』


 ではリオちゃんとクマちゃんはカウンターの向こうでお料理を始めましょう……、という意味のようだ。


「えぇ……」


 心配事が尽きないリオはチラ、と横目で可愛いもこもこを確認し小さく抵抗を示した。


 ――動きすぎると恐ろしい魔王にぶつかってしまう。

 邪魔だと思われたら悪気なくぶん投げられるかもしれない。


 ルークは隣に座る仲間が異様に椅子を寄せてきたからといって投げたりするような男ではない。

 理解はしていてもこの距離から感情の薄い視線を向けられると『俺のこと始末する気なんでしょ!』と疑いたくなるのだ。


 

 細かいことを気にしない男ルークは自身の隣で細かいことを気にする男を空気のように扱い、大切なもこもこを数度撫でると目の前のカウンターへ優しく降ろした。


「…………」


 ルークがスッと視線を無駄に近い場所に座る男へ流す。


 邪魔だと思っているわけでも『近ぇな』と思っているわけでも『そこで何やってんだテメェ』と思っているわけでもない。

『早く行け』という意味だ。


「…………」


 密接系村長リオは無言で立ち上がり、彼のほうへ両手の肉球を伸ばし抱っこをねだっている可愛いもこもこを「クマちゃん可愛いねー」と抱き上げた。

   


 店内奥に設置されたピカピカな木製カウンターの向こう。 

 お揃いのスイカサングラス、リオ用赤地にスイカの種柄のシャツ、もこもこ用赤地にスイカの種柄スカーフを着こなす一人と一匹。


「クマちゃんお手々綺麗にしようねー」


「クマちゃ……」


 もこもこに声を掛けるリオに続いて「顎を忘れるな」面倒見の良いマスターが口を挟む。


 言われて思い出したリオは自身の手と顎を魔法で浄化し、もこもこの肉球を魔法で出した水で綺麗に洗った。

 ビシャビシャな被毛をふわふわの布で丁寧に拭き取ると「リーダーここ風で乾かして」もこもこの胴を掴んだまま手を伸ばし、カウンター席に座るルークに見せる。


 

 仲良くお料理の準備をする一人と一匹を、マスター達はカウンターの近くのテーブル席から見守っていた。


「あいつはいつからコース料理なんて作れるようになったんだ?」


 マスターが顔を顰め顎鬚をさわる。


「うーん。クマちゃんに教えてもらったのかもしれないね」


 大雑把な男は『天才シェフクマちゃんから料理を教わったリオは、すぐにコース料理が作れるようになったのだろう』と大雑把な推測をする。


 数時間前のリオの料理人レベルがほぼゼロなことと、クマちゃんが指導者には向かない赤ちゃんであることが情報から抜けている。


「…………」


 クライヴはルークの魔法で乾いてゆくクマちゃんの愛らしい肉球と周りのぽわぽわの被毛を、氷のような目つきで睨みつけていた。



 お手々を綺麗にしてもらったクマちゃんはカウンターに置かれていたものの一つ、可愛いクマちゃん型魔道具の前へヨチヨチと進んだ。


「クマちゃん可愛いねー」と見守っていたリオの顔を見上げ「クマちゃ、クマちゃ……」と指示を出す。


『これちゃ、運ぶちゃん……』


 これをルークちゃんの前まで運んでくだちゃい……、という意味のようだ。


 クマちゃんが肉球で指しているのは真っ白な半球に二つのお耳、黒いお目目、半球状の頂点の辺りに黒いお鼻が付いた魔道具だった。


「えーと、こっち置けばいい?」


 リオは運ぶというほどの距離ではないそれを片手で掴み、ルークの前に置いた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、お鼻ちゃ……』


 ではリオちゃん。魔道具のお鼻のところを押してください……、という意味のようだ。


「あ、リーダーが押すわけじゃないんだ……」


 リオは細かいことを気にしつつボタンになっているらしい黒いお鼻をポチ、と押した。

 

 ――チリリーン――。


 ――キュオー――。


 ――クマちゃーん――。

 

 ベルのような音と共に、魔道具から可愛いクマちゃんの声が流れる。


『――クマちゃんリオちゃん、一瞬ちゃーん――』


 と聞こえた音声はなんとなく――クマちゃんリオちゃんの、一瞬ちゃんお料理ちゃーん――と言っているような気がした。


「あ、料理出てくるわけじゃないんだ……」


 もしや――と期待しすぎていた村長の呟きが漏れる。

 クマちゃんの声も魔道具も非常に可愛いが、可愛いだけだった。


 仲間達が愛らしいもこもこと魔道具へ拍手を贈っている。


「とても可愛らしいね。料理がもっと楽しみになるよ」


「ああ」


「クライヴ、大丈夫か……」


「――――」



「えぇ……」と言いつつ拍手をしていたリオ。


 不満の多い村長は「そっかぁ」と頷き、ヨチヨチと別の魔道具の前へ駆ける可愛いもこもこを見つめた。

 シェフは一瞬でお料理をするため一メートルほど移動中らしい。

 今度の魔道具は四角い箱のような形だ。


「クマちゃ、クマちゃ……」


「こっちでいい?」


 リオがもこもこシェフの指示に従い、横幅が三十センチ以上ある魔道具を移動させる。


 真っ白なそれは箱のような形で、上の部分に耳が付き、正面にドア、ドアにクマちゃんっぽい顔が描かれている。

 クマちゃんは四角くても可愛い。


「クマちゃ……クマちゃ……」


「クマちゃんはここー」


 彼は長距離走でお疲れなシェフを一緒に運ぶため、もこもこクマちゃんを四角いクマちゃん型魔道具に乗せた。



 ふんふん、ふんふん――。


 呼吸を整えているシェフをルークに預け、何に使うか分からない魔道具をすべて移動させたリオにもこもこから声が掛かった。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『リオちゃ、クマちゃ……』


 ではリオちゃんはクマちゃんに合わせて笛を吹いてください……、という意味のようだ。


「なるほどぉ」


 村長がいやらしい返事をする。


 食材を切ったりしなくていいのか。笛を吹いている場合なのか――。

 スイカサングラスで目元と本心を隠したリオは、静かにもこもこシェフに従った。   


「――クマちゃーん――」

『――いっしゅんちゃーん――』


 愛らしい歌声と共にシェフが猫かきを始める。

『一瞬ちゃんお料理ちゃん』はもこもこシェフの肉球ダンスも見られるらしい。


 ――ポヒー――。


『一瞬とは――』が滲むいやらしい目をサングラスで隠した村長が、上達しない笛を吹く。


「――クマちゃーん――」

『――リオちゃん鳴らすちゃーん――』


 歌って踊るもこもこシェフは動かしていた肉球を魔法のお祝いクラッカーへ向けた。


「あ、笛はもういいんだ……」


 文句の多い村長がおもちゃの笛をベルトに戻し、クラッカーの紐を引く。


 ――ポヒー――。


 響く笛の音。


「じゃあ笛でいいでしょ!」


 増えた文句。


「うるせぇな」


 斬り捨てる魔王。

 大雑把な彼に細かい苦情は届かない。


「あー……わかった。そんなに吹きたいならあとで聞いてやる」


「俺が『じゃああとで……』って言うと思われてるのも忘れたころに『おい、今ならいいぞ』とか言われるのも『じゃあいまから……』って言うと思われてるのもぜんぶ嫌なんだけど」


 面倒見の良いマスターが細かい村長の神経を『そんなにか……』と優しく逆なでし、本人にしか分からない細かな不満をピロロロロとぶつけられている。



「美しいね。これもクマちゃんの魔法かな」


 綺麗なものを好む南国の鳥がカウンターに広がる光を眺め、隣に座る男に尋ねた。


「……に……う……」


 彼は質問に答えられる状態ではない。


 クライヴは可愛いもこもこのダンスにやられ、テーブルに倒れこんでいた。

 目を逸らすことができなかった彼は、愛らしいピンク色の肉球が上下に動く決定的瞬間を見てしまったのだ。


 仲間達がうっとりしたり倒れたりしているあいだにクラッカーから出てきた輝く魔法の花びらはひらひらと宙を舞い、四角い魔道具へと吸収されていった。



「うめぇな」


「クマちゃ、クマちゃ」


 ルークから歌と踊りを褒められ優しく撫でてもらったシェフが愛らしく喜んでいると、ピカピカと輝く四角いクマ型魔道具から――クマちゃ~ん――という音声が聞こえてきた。


「クマちゃ……」

『一瞬ちゃ……』


 もこもこシェフが静かに頷く。


『一瞬ちゃんお料理ちゃん』が大体一瞬で完成したようだ。

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