第246話 頑張るリオちゃんを応援するクマちゃん。完成しない頭巾。「えぇ……」

 リオちゃんに防災頭巾ちゃんのつくりかたを説明してあげたクマちゃんは、現在針穴に糸を通そうとしているリオちゃんを、息を止めて見守っている。



 ふんふんふんふんふんふんふんふん――。


「ちょっとクマちゃんそこでふんふんすんのやめて欲しいんだけど」


 リオは彼の手に肉球をかけ、糸の先を可愛らしい鼻息で揺らし続ける獣に視線を向けた。

『これ永遠に通せないやつ』と。


 ふんふんふんふんふんふん――。

 止まらぬふんふん。

 されるがまま、みだれる糸。


 真剣過ぎるもこもこは肉球にキュム! と力を入れ「クマちゃ……、クマちゃ……」と小さな声で呟いていた。


『リオちゃ……、頑張って……』



 可愛すぎるし近すぎる――。

 スイカ帽を脱ぎ真っ白なもこもこに戻った可愛い頭が、テーブルで作業中だった彼の手元を覗き込んでいる。


『作業が進まないのは貴様のせいだ』などと言える人間はここにいない。


 リオは危険な針を一度仕舞い、子猫のようなクマちゃんの体を両手で包み込んだ。


「クマちゃんちょっとだけ待ってて」


 もこもこをテーブルの中央よりやや奥へ降ろす。


「クマちゃ……クマちゃ……」降ろされたくないもこもこが彼の手にしがみつく。

『リオちゃ……リオちゃ……』

 

 小さな肉球とふわふわな被毛、湿ったお鼻、丸い後頭部、少しだけ倒されたお耳、寂しそうに彼を呼ぶ声――。


 すべての愛らしさが一度に彼を『クマちゃ……』する。

 

「ごめんクマちゃんもう待っててとか言わないから!」


 リオは想いを伝え、もこもこを優しく抱き締め、撫でまわした。

 いつもは閉まり気味の心の扉が『もう離さないから!!』バーンと音を立てて開く。


「テーブルでやるのが良くないんじゃね?」


 小さな村の村長が針界と糸界に波紋を投じる。


 リオがもこもこを抱いたまま真っ赤なシーツに横になる。

 彼は子猫のような我が子を胸元にのせ、もこもこが彼の顔を目指しヨチヨチもこもことうごめきながら「クマちゃ……クマちゃ……」と移動するあいだに集中力を高め、仰向けのままスッと糸を通した。



 どうでもいいことに時間を使う彼ら。

 作業は一歩だけ進んだ。



 無事針に糸を通し、もこもこの拍手テチテチを「クマちゃん可愛いねー」と聞いたリオ。


 起き上がった彼は「お兄さんクマちゃんのクッションちょーだい」と寝ていたお兄さんから貰ったもこもこ専用小さなクッションをさわり頷いた。

 ――クマちゃんの形のものとスイカの形のものもあるが、これを頭巾にするのは無理だろう。

 

「めっちゃ綿詰まってる……」


 真面目な顔で綿の具合を確認する。

 さすがもこもこ専用だ。

 ふわふわな綿がたっぷりと詰められている。

 厚みもなかなかのものだ。


 膝の上のクマちゃんが「クマちゃ……」と彼が掴んでいるクッションに肉球を伸ばす。


 

 クマちゃんは目の前のふわふわクッションを肉球でさわり、うむと頷いた。

 素晴らしい厚みである。

 これならケルベロチュの歯も通さないのではないだろうか。

 

 あとはこれをリオちゃんが縫って、クマちゃんが応援すれば完璧だ。



「俺こういう作業得意じゃないんだけど……」


 リオが二つのクッションの端を繋げるように針で刺す。


 シャン――。


 聞き覚えのある音が鳴った。


「なにいまの」


 彼は魂に刻み込まれた動きのように、犯人のいる左膝を見た。


 両手の肉球に鈴の楽器をもったクマちゃんが、つぶらな瞳で彼を見上げている。

 クマちゃんはゆっくりと頷き、シャン――「クマちゃ」ともう一度鈴を鳴らした。


 彼の作業を応援してくれるつもりらしい。


「いやクマちゃん応援とかしてくれなくていいから」


 応援をお断りするリオ。

 細かい作業をしているときに熱い応援は必要ない。

 

『クマちゃん応援――してくれ――』


 聞き取りにくいかすれ声の重要な部分を聞いてしまったクマちゃんは、ハッとしたようにお目目を開いた。

 お口の周りをもふっと膨らませ、シャンシャンシャン! と素早く鈴を鳴らす。


 シャンシャンシャン「クマちゃ」シャンシャンシャン「クマちゃ」シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン「クマちゃ!」


 本格的に始めてしまったクマちゃん。


 右手で三回、左手で三回、両手で七回鈴を振る。

 最後の部分が一番盛り上がるらしく『クマちゃ!』が大きい。


 応援団長は一生懸命鈴をもった両手の肉球を振っている。


「いや遠慮とかじゃないから。『ほんとはめっちゃ応援してほしい……』とかじゃなくて、クマちゃんの応援ちょっとうるさ……激しいような気がするんだよね」


 作業を進めつつ、同時にもこもこを説得しようとする中途半端で欲張りなリオ。



『いや遠慮――ほんとはめっちゃ応援してほしい――クマちゃんの――激しい――気が――ルンダ――』


 一生懸命肉球を振るクマちゃんのお耳に届いた、途切れがちな彼の本音。


 シャンシャンシャン――。


 鈴を鳴らしたクマちゃんは小さな黒い湿ったお鼻にキュ! と力を入れ、子猫のような声を出した。


「クマちゃ!」

『ルンダ!』


「なにいまの。クマちゃんいま『ルンダ』って言った? なに『ルンダ』って。めっちゃ気になるんだけど」


 二回と一回『ルンダ』してしまったリオ。


 純粋で心優しいもこもこは、彼の願いに応えるように何度もルンダした。


 気を乱す応援のおかげで、リオの縫い目がどんどんいい加減になってゆく。


 シャンシャンシャン「クマちゃ」『ルンダ』シャンシャンシャン「クマちゃ」『ルンダ』シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン「クマちゃ!」『ルンダ!』


「……めっちゃ気ぃ散るんだけど……」


 さりげなく混じり場を乱す『ルンダ』


「クマちゃ!」共鳴するもこもこ。

『ルンダ!』


「えぇ……」


 謎の掛け声に心の縫い目が乱される。

 苦手な作業をしているリオはもこもこが共鳴しているものに気付かない。

 

 

 仲良しな一人と一匹の防災頭巾ちゃん作りは、取り乱す縫い目のように曲がりながら進んで行った。

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