第245話 避難訓練のために必要なアレ。「クマちゃ……」

 ケルベロチュの気配を察知したというとんでもない情報を得たクマちゃんは、現在村を守るため『避難訓練をしましょう』とリオちゃんにお話ししている。

 うむ。訓練をするまえにあれが必要である。



 可愛いクマちゃんの『クマちゃ……』――避難訓練ちゃ……――を聞いてしまったリオの口から


「えぇ……」


意見が割れたことを感じさせる声が漏れた。

 彼の心の扉からも避難訓練をしたくない人の『えぇ……』が聞こえる。


 森の街の人間の避難場所は、冒険者達のいる酒場や司祭のいる教会だ。

 守る側であるリオがいるべき場所は決まっている。


「クマちゃんどこ避難すんの? ここより安全なとこないと思うんだけど」 


 リオは何故か震えているもこもこを、もこもこもこもこ撫でまわしながら伝えた。

『避難訓練終了したんじゃね?』と。

 

 冒険者のいる酒場の元中庭。癒しのもこもこクマちゃんがつくりだした、癒しの力に満ちた謎の島。

 そのうえ彼らの座るベッドで横になっているのは、高位な人外のお兄さんだ。

 完全に寝ているのだとしても、彼に近付きたいモンスターなどいないだろう。


 彼なら戦闘などしなくても、闇色の球体でどこかにポイとしまっておくだけでお片付け完了だ。

 お兄さんに忘れられてしまえばモンスターは『グォォ……』と誰にもぶつけられない怒りを漆黒に溶け込ませ、悲しく過ごすのだ。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃ、おまかせちゃ……』


 弱々しいリオちゃんは強靭な肉球のクマちゃんが避難させます。おまかせください……、という意味のようだ。


「いま弱々しいって言った? なに『強靭な肉球』って。噓吐くの良くないと思うんだけど」


 寒さで震える子猫のような生き物に弱々しいと言われたリオは目を限界まで細めた。

 視線で我が子を『メッ!』と叱る。

 

 お昼寝中の子猫のように仰向けのもこもこが、彼に向ってお手々をパッとを広げている。

 ピンク色でぷにぷにな肉球の強靭さを見せつけているつもりなのだろう。


「可愛い……」


 リオは鼻の上に皺を寄せ、いやそうなかすれ声を出した。



 もこもこの可愛さに負けたリオは、仕方なくもこもこに尋ねた。


「避難訓練ってなにすんの?」


 一応聞いたが、もしもルークたちのところへ行くと言い出したら『クマちゃ~ん、クマちゃ~ん――』と鳴かれても止めるつもりである。


「クマちゃ……」

『防災頭巾ちゃん……』


 まずは防災頭巾が必要でしょうね……、という意味のようだ。

 もこもこは真剣な表情――何も考えてなさそうな顔で頷いている。


「防災頭巾? なにそれ。ヘルメットってこと?」


 取り合えずもこもこした可愛い頭を守りたいのだろう。

 ふんわりと理解した彼はもこもこの丸い頭をまあるく撫でまわした。


「クマちゃ……」

『説明ちゃん……』


 クマちゃんが丁寧に説明いたします……、という意味のようだ。

 もこもこは口の周りをもふっと膨らませ、強靭な肉球をなめている。


「大体でいいから」


 難しい話が得意でない彼は簡潔な説明を求めた。

 赤ちゃんクマちゃんの分かりにくい説明を『クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……』と長時間聞いたら寝てしまうかもしれない。


「クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」

『防災頭巾ちゃ……クッションちゃん、ふたちゅ……縫い合わせ、被るちゃ……』


 防災頭巾というのは、分厚いクッションを二つ縫い合わせ、頭からかぶるもののことです……という意味のようだ。


「いや無理でしょ」


 綿のぎっしり詰まったクッションを二枚縫い合わせたら、頭を入れる場所などなくなる。

 やったことはないが、やらなくてもわかる。


 彼の脳裏にどうしうようもなくなったクッションを、無理やり頭にのせている人間が浮かぶ。

 頭巾ではない。頭とクッションとクッションである。


「クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」

『防災頭巾ちゃ……クッションちゃん、ふたちゅ……縫い合わせ、被るちゃ……』 

 

 防災頭巾というのは、分厚いクッションを二つ縫い合わせ、頭からかぶるもののことです……

と、しつこいもこもこは先程とまったく同じ説明を繰り返しているようだ。


「クッション二つ縫い合わせたらパツーンってなるでしょ」


『パツーン』を強めに言うリオ。

 彼は『絶対なるから――!』と心の扉を閉めた。


 袋状に縫っても、二辺だけ縫わずに帽子になるように縫っても、綿の詰まったクッションたちの未来は『パツーン』だ。

 彼らも『これ以上縫われたくない……』と思っているはずだ。

 

「クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……」


 もこもこが丁寧に繰り返す。


「えぇ……」


 リオはしつこい猫系クマとの戦いに疲れ、弱々しい吐息のような声を出した。

 

「クマちゃんまさか俺が『分かった』って言うまで繰り返す気じゃないよね」


 言ってしまったリオ。


 彼はもこもこの術中にはまったのだ。


「クマちゃ……」

『作るちゃ……』


 では急いで作りましょう……という意味のようだ。

 もこもこは仰向けの子猫のような格好のまま、そっと頷いた。


 副村長は忙しいのだ。

 早めに行動しなければケルベロチュが温泉から上がってきてしまう。


「いや俺『分かった』って言ってないから」


 二回も言ってしまったリオ。


 やってしまった彼は当然もこもこと仲良く『防災頭巾ちゃん』作りをすることになった。

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