第247話 八割くらい完成した防災頭巾ちゃん。
防災頭巾ちゃんを作っているリオちゃんを一生懸命応援していたクマちゃんは、現在最後の力を振りぼっている。
◇
シャン……シャン……「クマちゃ……」――ルンダ……――。
弱々しい鈴の音と、弱体化した子猫のようなクマちゃんの声が響く。
リオの左膝を拠点にしている応援団長は、両手の肉球に持った鈴の楽器を重そうに揺らした。
――シャン……――。
「なんかクマちゃんめっちゃ弱ってるんだけど」
リオはクマちゃんを心配そうに見つめた。
乳酸が溜まってしまったクマちゃんは、ハッとしたようにお口の周りを膨らませ、うつむいたまま小さく呟いた。
「クマちゃ……」
『ルンダ……』
「マジでなんなのそれ」
妙な掛け声の謎が解けぬまま作業を終えたリオが「ありがとクマちゃん。もう応援しなくていいから」と応援団長から鈴を取り上げた。
シャンシャンうるさい楽器をベッドに置き、もこもこを両手で抱き上げる。
全力を出し切った応援団長が「クマちゃ……、クマちゃ……」と子猫のような声で尋ねる。
『リオちゃ……、完成ちゃ……』
リオちゃん、クマちゃんの格好いい防災頭巾ちゃんは完成しましたか……、という意味のようだ。
「限界まで頑張ってみたけど」
リオが完成品を見せる。
『限界』――膝でさわいでいた獣が弱るまで――。
淡い水色のぱんぱんに膨らんだ丸型クッションが、二つ繋がっている。
クッションは防災頭巾ではなく、一部が繋がったクッションになった。
限界に挑んだ作品である。
余計なことをされてしまった丸型クッションと丸型クッション。
見てしまったもこもこが、子猫のような声を出す。
「クマちゃ……」
『クマちゃ……』
これは……、という意味のようだ。
防災頭巾審査員のクマちゃんはお手々の先をくわえている。
被るにあたいするか、吟味しているらしい。
リオは腕の中のクマちゃんが限界連結クッションに近付きたがっているのに気が付いた。
「はいクマちゃん。ふわふわだよー」
彼は子猫のようなクマちゃんが全身で乗っても潰れないクッションの片側に、もこもこをそっと置いた。
クマちゃんは限界連結クッションの上で「クマちゃ……」と頷いた。
『ふわふわちゃ……』
とてもふわふわちゃんですね……、という意味のようだ。
防災頭巾審査員のクマちゃんが、お口の周りをもふっと膨らませている。
ふんふんふん、ふんふんふん――。
無残に繋げられたクッションの匂いをたしかめる。
審査員はゆっくりと頷いた。
頭部に良くない匂いはしなかったようだ。
真剣な表情の審査員はもこもこもこもこと動き、四つん這いになった。
「クマちゃ……」先の丸い爪で、クッションを引っかき始める。
サラサラの布を傷のつかない硬いものでこするような音がする。
サリサリサリ……サリサリ……サリサリサリサリサリサリサリ――。
強度を確かめているらしい。
「クマちゃ……」
審査員はゆっくりと頷いている。
ケルベロチュの牙にも負けないことを確信したようだ。
「クマちゃん可愛いねー」
防災頭巾にこだわりも熱意もないリオ。
彼は小さなクッションの上でもこもこしているクマちゃんを視線で愛でている。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、かぶるちゃ……』
強度は十分ですね。早速クマちゃんが被ってみようと思います……、という意味のようだ。
「どこ見て被れるとおもったの?」
限界連結クッションの限界を知っているリオ。
そいつに頭巾要素を期待しないでほしい。
リオはクマちゃんの丸い頭と丸いクッション二つを見て考えた。
まさか――もこもこは自分がピスタチオの種子部分になれると勘違いしているのか。
だがそのクッションは決して殻にはならない。
もっと小さくなったとしても、第二、第三のピスタチオになるだけだ。
クマちゃんの頭を包み込むことなく、丸のまま存在するだろう。
しかもそれはクマちゃんよりデカい。まるいベッドを二つ頭にのせるようなものだ。
だがしつこい猫のようなところがあるもこもこに、ピスタチオやベッドの話をしても無駄だ。
説得を諦めたリオはもこもこを「はいクマちゃんおいでー」とベッドへ降ろすと、両手で連結クッションを山型に支えた。
「んじゃクマちゃんこの隙間入って」
「クマちゃ……」
リオの言葉に素直に従う素直な防災頭巾審査員。
ヨチヨチもこもこと、立てられたクッションの隙間に入る。
ふわふわのベッドの上でもこもこのクッションの隙間に入ったクマちゃんはハッとした。
落ち着く――。
なんとふわふわなのだろう。
思わず肉球をなめ、目を閉じる。
「クマちゃんどんなかんじ? 防災頭巾っぽい?」
リオちゃんの声を聞いたクマちゃんはパッとお目目をあけた。
危ない。この頭巾をかぶると頭のなかがふわふわになるようだ。
クマちゃんはリオちゃんが作った大きな防災頭巾ちゃんを全身でかぶったまま考えた。
防災頭巾ちゃんっぽいだろうか。
安心で安全な感じがするのだから、防災頭巾ちゃんぽいような気もする。
一生懸命考え、肉球をなめていたクマちゃんはひらめいた。
紐が足りないのでは――?
うむ。何かが違うような気がしていたのは顎のところで結ぶ紐がなかったせいだろう。
◇
リオはクッションの隙間から出てこないもこもこの丸くて可愛い尻尾を見ながら「やべーしっぽめっちゃ丸い……」と普段はじっと見ない部分を凝視していた。
もこもこが出てくるのを彼がぼーっと待っていると、尻尾がもこもこもこもこと揺れた。
「あ、出たい?」
「クマちゃ……」
『ひもちゃ……』
リオがクッションをどけるのと、防災頭巾審査員が彼の頭巾に足りないものを指摘したのはほぼ同時だった。
「そっかぁ……」
運命を静かに受け入れたリオは、足りないものだらけの作品を『限界連結ヒモ付きクッション』へ進化させるため再び針を握った。
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