第229話 スローすぎるもこもこ陶芸教室。
クマちゃんは現在、村長のリオちゃんと共におもてなしの準備をしている。
素材集めはこれでいいだろうか。
美しい衣装が汚れてしまわないよう、帽子と花輪は一度外さねば。
リオちゃんには肉球がないらしい。
副村長クマちゃんのお手伝いが必要だろう。
◇
クマちゃんは東屋のテーブルで、うむ、と頷いた。
お兄ちゃんから購入したあれこれで、さっそく茶碗とお水をいれるやつとお部屋に飾るやつとお土産を作ろう。
頭にふわふわの布、首にもふわふわの布を巻いたクマちゃんがヨチヨチと丸い台へ近付くと、ヤシの実の砂を払っていた村長が見学に来た。
「クマちゃんこれで何すんの?」
リオの視線の先には円形の台がある。
その前で鞄をごそごそしているクマちゃん。
「なにこれめっちゃ回る」リオが台にさわり「……これってさぁ」何かをひらめいたらしい。
「クマちゃん乗せたら可愛くね?」
リオは両手で副村長をそっと持ち上げ、飾り、台にふれた。
丸い台の上で、子猫のようなクマちゃんがゆっくりと回転し始めた。
愛らしいもこもこのすべてを見せつけるように、ゆっくりと――。
「やべぇめっちゃ可愛い。可愛すぎる……」
村長は回転する魔道具で回転する副村長を真剣な表情で見つめている。
なんてもこもこ観賞にぴったりな台だろうか。
いつもはまん丸でつやつやな瞳が、ちょっとだけ釣り目気味なところも可愛い。
回転が遅いところも、間抜けで可愛い。
動かず回る素敵なクマちゃん。
クマちゃん斜め横顔、クマちゃん横顔、変化の少ないクマちゃん後頭部、日の出のようなクマちゃん横顔、クマちゃん斜め横顔、クマちゃん正面――。
「リオ……愛らしいけれど、クマちゃんのお鼻の上に皺が寄ってしまっているよ」
「肉球も齧ってるな……」
『間違いなく可愛いが止めろ』という視線を送るウィルとマスター。
苦しそうな氷の紳士は膝を突き、凍ったスイカで正しいもこもこの愛で方を悪党もこもこ回しに教えようとした。
「ごめんクマちゃんもうクルクルしないから」
可愛いもこもこはお回し厳禁らしい。
リオは謝り、もこもこ観賞にちょうどいい台から副村長を回収した。
反対回りも見たかったが、いまは魔王の監視が厳しい。
無表情で恐ろしい彼はお兄さんと衣装の話をしていたはず。
いつのまにこちらを見ていたのか。
村長はもこもこの丸い頭に「あーめっちゃ丸い……布かぶってももこもこしてる」と『もうクルクルしないかも』の頬擦りをした。
優しい副村長は湿った鼻の上に皺を寄せたまま「クマちゃ……」と、村長の悪質な『クルクルしない詐欺』に引っかかった。
◇
心の広い副村長は心のすすけた村長に「クマちゃ、クマちゃ……」と幼く愛らしい声を掛けた。
『クマちゃ、みせるちゃ……』
クマちゃんが作り方をお教えします、リオちゃんは後ろで見ていてください……、という意味のようだ。
「クマちゃんの後ろ座ってればいいの?」村長が尋ねる。
うむ、と真剣な表情で頷いたもこもこが、台の上に丸い粘土を「クマちゃ……」と置く。
「…………」
村長は副村長の背後を取り、それを見つめた。
丸い――。なんて丸い頭だ。
もこもこは己の頭が丸い粘土と同じくらい丸いことに気付かず、肉球を動かしている。
回る台。
回る粘土。
粘土まわりの空気をこねるクマちゃん。
「クマちゃんよく分かんないけど多分違うんじゃね?」
後頭部が丸いクマちゃんの前で丸いままの粘土が回っている。
粘土に肉球が近付き、くっつく直前でスッと離れた。
丸いものが好きなクマちゃんは丸いそれを壊せないのかもしれない。
「……――」
もこもこの優しさに苦しむ紳士が胸元を押さえ、もこもこを応援している。
粘土にも向けられる優しさ。
素晴らしい――。
「えぇ……」
リオはもこもこの後頭部を見つめ、悩む。
愛らしくて永遠に見ていられるような気持ちになるが、クマちゃんのお客様はどうなるのだろうか。
到着してしばらく経っている彼らをもてなすために、もこもこがいまから丸い粘土をこねようとしていることなど、彼らは知らないだろう。
そもそも彼らが砂の上に投げ出されたとき、クマちゃんが近くで風呂に入っていたことも知らないはずだ。
この粘土はいったい何に使うものなのか。
分かるのはこのままでは何も完成しないということだ。
「クマちゃん丸いままだから駄目なんじゃね?」
村長リオはもこもこの粘土にグサ――と指で穴を開けた。
『駄目なんじゃね?』と。
「クマちゃ!」『ぐさちゃん!』
丸いものを愛する副村長は肉球で『グサ』を助けようとした。
飛び出すクマパンチ。
台から突き飛ばされた『グサ』
「あ」届かなかった村長。
――トサ――。「ん? なんの音だ?」事件を察知するマスター。
「クマちゃ!!」『落ちちゃん!』止めを刺してしまったクマちゃんの悲鳴が響いた。
もこもこは転落死した『グサ』に心を痛め、キュオ、キュオ、と鳴き声を上げた。
「クマちゃ、クマちゃ……」と小さな声が響く。
『クマちゃが、やったちゃん……』
◇
「ごめんクマちゃん。ほら直ったから」
『グサ』を殺ったのは自分であると悲しむクマちゃんに元に戻った粘土を渡すリオ。
願いを叶える〈クマちゃんの砂〉がついたそれを直すのは簡単だった。
『泣かすなっつってんだろ』とルークからコツンされてしまったが、この痛みには耐えるしかないだろう。
「クマちゃ……!」
『まるちゃ……!』
クマちゃんは両手の肉球をサッと口元に当て、感激している。
円形の台には無事、美しい球体に戻った粘土が戻ってきた。
振り出しに戻ったということである。
「そっかぁ」
すべてを受け入れ、リオが頷く。
「丸いの戻ってきて良かったねークマちゃん」
「……そうだな。欲しいもんがあるなら俺たちも手伝うからな」
マスターは複雑な想いを飲み込んだ。
悪気がないのは分かるが、奴は何故いつももこもこを泣かせてしまうのか。
「彼らは露天風呂へいったようだね。急がなくても問題はないと思うよ」
ウィルがあやすような口調でもこもこへ伝えた。
好きなだけ粘土で遊んでいいと。
多少のトラブルはあったが、茶碗とお水をいれるやつとお部屋に飾るやつとお土産になるのかもしれないものは無事完成した。
素材は粘土と〈クマちゃんの砂〉である。
もこもこした副村長は仲間達と作った芸術作品の前で満足そうに頷いた。
「クマちゃ……」
「クマちゃんあの回すやついらなか――」
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