第230話 村長と副村長の仲良しなおもてなし。「えぇ……」「クマちゃ……」

 お花つきの麦わら帽子と花輪に着替え直したクマちゃんは現在、お客様達の家へ向かっている。

 早く彼らをおもてなさなければ。



 余計なことを言ったせいで一瞬闇に飲まれていた村長は、まるでろくろに乗せられたクマちゃんのように、鼻の上に皺をよせていた。

「お兄さんそういうの良くない……絶対良くない……」


『絶対良く……』とかすれた怨念は大いなる存在に届かない想いを送り付けている。



 壁のない彼らの家が近付き、副村長の緊張した声が「クマちゃ……」と響いた。


『リオちゃ……』


 さぁリオちゃん、クマちゃんと一緒におもてなしをしましょう……、という意味のようだ。

 

 リオちゃん待ちのクマちゃんは断られるとは思っていないようすで身だしなみを整えている。

 肉球で湿ったお鼻をさわったり、肉球をペロペロしたりと忙しそうだ。


「えぇ……おもてなしって何すんの?」


 もこもこに誘われたリオは『えぇ……』という気分だ。

 チャラそうに見えるだけで警戒心の強い彼は接客業に向いていない。

 

『お水ください』『ないけど』と普通に返すタイプである。


 持っているならあげるかもしれない。

 だが困っていない人間に運んでやる理由もない。


 彼から水を貰うには、まず脱水症になるか仲良くなる必要がある。

 お水にありつくまで不利益や寂しさに耐えなければならない。


 心優しいクマちゃんの場合『へっへっへ。おいそこのクマ、水持って来いよ』『クマちゃ……』と素敵な水を探す旅に出てしまう。

 こちらはクマちゃんとお水の到着までに少々お時間がかかるタイプだ。



『ようこそ!』の旗を持った副村長クマちゃんを、客を大事にしない村長リオちゃんが抱えた。

 副村長を彼に渡したルークは無表情なまま、愛らしいもこもこの花輪を整えている。


「うーん。歓迎の気持ちが伝わってくるよ」


「絶対思ってないやつ」   


 ウィルの優しい声にかすれた怨念村から『な い や つ』がイヤァアと噴き出した。

 村長は心の村の門を閉めた。



 夢のような村で美麗すぎる夜景を見下ろし感動的な花火を眺め、硬いほうのクマに囲まれ温泉に入っていたクマちゃんのお客様達。


 三人のお客様はクマの兵隊さん達に案内されるがまま、壁のない家に戻って来ていた。

 燃え尽きることの無いおくるみ松明をもった硬いほうのクマが、カチャカチャと彼らの周りを見回っている。


 景色を眺めぼーっと過ごしている彼らに、幼く愛らしい声が「クマちゃ……」遠慮がちにかけられた。


『いらっしゃいまちゃ……』



 よそ者に厳しい村長の視線の先では、クマちゃんのお客様達が喜びの声を上げている。


「あ、クマちゃん……!」


「クマちゃん! 治療してくれてありがとう……とても元気になりました」


「もしかしてここはクマちゃんの村ですか? とても素敵なところですね」 


 元酔っ払いとは思えないほど礼儀正しい。

 疑り深い村長は思った。

 彼らは治療と共に脳を『クマちゃ……』されたのでは。


 愛らしい副村長はリオの腕の中で旗を握りしめ「クマちゃ、クマちゃ……」とお返事している。


『クマちゃ、お茶ちゃん……』


 クマちゃんは歓迎のお茶を入れます、そこへ座って下さい……、という意味のようだ。


 もこもこが肉球で場所を示す。


「クマちゃんそこ床だから」


 黙って見守るつもりだった村長の心を『クマちゃ……』『いやそこめっちゃ床』と揺さぶってくる副村長。

 黙りにくい。心が『床』と叫ぶ。


 客は床でいいと思うのはクマだからだろう。

 対応がクマすぎる。

 クマちゃんのお客様達はもこもこの言うことならなんでも従うつもりらしい。

 

 やわらかなソファから硬い床へと移動した。


「えぇ……」

 

「では僕たちはここで見学していようかな。困ったことがあったらいつでも手伝うからね」


「氷が欲しければ言え――」


 村長が締め切っていた心の門をガタガタさせているあいだに、空いたソファに座る、自由な仲間達。

 魔王様なルークはもこもこの頬を優しく擽り可愛い「クマちゃ……」を聞いてから真っ赤なソファへ腰を下ろす。


 長い脚を組み、無表情に客を見下ろしている。

 怠そうで偉そうだ。


「あ~……無理はするなよ」


 マスターは副村長クマちゃんにまともなことを言いつつ、結局ソファを選んだ。



 リオはソファから取った自分用とクマちゃん用のクッションを床に並べた。

 床は嫌だ。


 闇色の球体が彼らの周りに残していった芸術作品たちを

「クマちゃ……」に従い「これどこ置くの?」移動させてゆく。


 小さ目のスイカそっくりの器を見たクマちゃんがハッとした表情で「クマちゃ……」と言った。


『クマちゃ、入る……』


 クマちゃんが入るのにピッタリな大きさですね……、という意味のようだ。


「確かに」


『クマちゃ……』に頷くリオ。

 礼儀正しく大人しく床に座らされているお客様達の前に置かれた、半分にしてくり抜いたスイカそっくりな器。

 


 いい大きさだ。村長は自身の作品に『いいんじゃね』を感じた。

 村長が抱えていた副村長を、そっと容器に入れる。


 ぐらぐら揺れる半球。


「クマちゃ……! クマちゃ……! クマちゃ……!」


 ただ事ではない様子の副村長。

 揺れるもこもこ。震える肉球。


 非常に危険な状態のクマちゃ。


「ヤバイヤバイ」陶芸作家は今の気持ちを言葉で表現した。


 可愛い器で大変なことになってしまった。

 村長は急ぎ副村長を救出する。


「ああ! 大丈夫ですか……?!」

「揺れてる……!」

「あぶない……!」


 恩人の激しい『クマちゃ……!』に動揺するお客様達。


  

 仲良しな彼らのおもてなしは続く。

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