第228話 なかよく働くリオちゃんとクマちゃん。「クマちゃ……」

 お風呂から上がったクマちゃんは現在、被毛を美しく整えてもらっている最中である。 

 うむ。やはり、お客様の前へ出るときは外見にも気遣わねば。

  


 リオは空に浮かぶ妙な花火を見ていた。


「まだ消えてないのがあるんだけど……」


 露天風呂に響く、かすれた怨念の声。

 心から染みだす闇色のスイカジュース。


『ようこそクマちゃん』

『なかよし』


『リオちゃんのおいしいスイカジュース』

『ごようのさいはリオちゃんへ』



「おや、クマちゃんは素敵な恰好をしているね」 


 陽気な南国の鳥が可愛いもこもこの服装を褒める。

「凄く愛らしいよ」ウィルは優しい眼差しをクマちゃんへ向けた。

 

 ルークにお洋服を着せてもらったクマちゃんはとても可愛らしい格好をしている。

 もこもこの頭にはハイビスカスで飾られた麦わら帽子。

 リボンの代わりにハイビスカスの花輪。


 南国らしい鮮やかな色合いの、華やかでもこもこした装いだった。


「ぼうし……」


 怨念がクマちゃんのおしゃれな帽子を絡め取ろうとしている。


「おまえは何を着ても似合うな、しろ……本当に何でも似合う」


 マスターがもこもこの愛らしさに目を細め、何でも似合う理由に気付きかけ、なかったことにした。

 何色でも似合うのは白いせいではない。

 愛らしいからだ。


「ああ、こいつは何でも似合うな」


 南国の魔王が無駄に色気のある声で同意する。

 もこもこに着こなせない服はない。


 大雑把で無関心なルークに服装を褒められたこの世で唯一の生き物は、可愛いもこもこのクマちゃんだった。

 

 怨念まみれのジュース屋が「マスターいま白いからって――」闇色の何かに葬られた。


 一瞬神隠しのようにこの世から消された男は天空露天風呂の隅から

「お兄さんそういうのマジで良くないと思う」人間だって頑張って生きているのだと、おそらく高位で高貴な人外様にちっぽけな主張をしている。


 

 クマちゃんは自身の肉球でお客様のおもてなしをするつもりらしい。

 肉球にキュ、と握られた小さな旗には


『ようこそ! 副村長クマちゃんより』


歓迎の言葉と、金髪の青年の絵、愛らしい肉球の模様が描かれている。


 クライヴはもこもこの愛らしい肉球が肉球の模様つきの旗を持っていることに衝撃を受けていた。

「白い副村長……――!」癒しともこもこに支配される村に魅力を感じてしまった彼は悩み、苦しんでいる。

 

 引っ越すべきか――。


「なにその絵まさか村長って俺じゃないよね」


 副村長を『まさか村長って――』と威圧するまさに村長のリオ。

 スイカ好きの村長はまるでサボテンを振り回す悪い村長のようにトゲトゲしい。

 就任したばかりでもう揉め事を起こしそうな雰囲気だ。


 視線だけで副村長クマちゃんの麦わらに、ボ――と火が付きそうだ。

 

 

 毎日仲良くお留守番で仲良しなリオちゃんと仲良く働くつもりのクマちゃんは、旗をキュ、と握りつつ考えていた。


 クマちゃんがお客様のおもてなしをするのは、まだ二回目である。

 初めてのおもてなしは一番最初のアルバイトだった。

 

 素敵なおもてなしとはどんなものだろうか――。

 真剣な表情で悩むクマちゃんの脳裏に、ふと言葉が浮かんできた。


 ――おもてなし……お茶……ちゃばしら……茶道……ひしゃく……茶碗……ろくろ――。


 クマちゃんはハッとした。

 うむ。まずは飲み物を出すのだった。


 難しいことは分からないが、とにかく南国っぽいお茶を用意しなくては。

 


 もこもこした副村長は天空露天風呂を地上へ降ろした。


 副村長は旗を持ったままヨチヨチと前進している。


「クマちゃんどこ行きたいの? ほらおいでー」


 新米ママリオちゃんはすぐに我が子を抱き上げた。


 悪い村長は心のサボテン振り回すのを止めたようだ。

 サボテンが心の扉の陰へ隠された。


 新米ママがそっとクマちゃんの頬を撫で、決意する。

 ――子猫のようなもこもこ一匹で働かせるわけにはいかない。


 もこもこの肉球が「クマちゃ……」と指す方へ歩き

「ヤシの実? 何個?」リオはクマちゃんの求める素材を一か所に集めている。



 一人と一匹が作業をしている方から


「クマちゃん肉球ちっちゃいねー。ぷにぷにでかわいー」


「クマちゃ……」


「いやリオちゃんには肉球ないから」


仲良くお話ししている声が聞こえてくる。


  

「とても仲良しだね」


「いつもこうならいいんだが」


 ウィルが幸せそうな笑みを浮かべ、マスターが苦く笑う。

 自由な鳥のような彼はクマちゃんとリオが仲良くしている姿を見るのが好きな、意外と仲間思いな男だった。

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