第227話 優しいクマちゃんと南国のおもいで
空へと飛んだ露天風呂で夜景と花火を楽しんでいるクマちゃんは、現在お口を押さえ、静かにしている。
リオちゃんは静かにしなくてもいいのだろうか。
そして花火の音は気にならないタイプなのだろうか。
◇
物静かなリオを作り出そうとしていたクライヴと『静かに!!』とおおよそ布団叩きくらいの騒音を立てていたリオ。
彼らが天空露天風呂で波風を立てていたとき。
クマちゃんニュースの映像が二つに分かれた。
片方は南国オアシス風中庭、新しいほうは街中の噴水広場のようだ。
『あ、すごーい。クマちゃんの花火可愛い~』
『ね。あれどこなんだろう……夢なら映らないよね?』
『う~ん。そうだと思うけど~。クマちゃんの魔法だから夢でも映像に出来るのかなぁ?』
『あ、動き出したっぽいねー。南国の家って壁が無いんだ~』
『ね。凄い数のスイカ……。ねぇ、スイカ割れすぎじゃない?』
『ほんとだ~。夢だから念力で割ったのかなぁ。あの人たちって酔っぱらってた人だよねぇ? 南に引っ越したいの?』
彼女達は元酔っ払い達の冒険をのんびりと眺めている。
クマちゃんが遊具の周りに設置したテーブル席は大人気のようだ。
「誘拐だと騒がれてはいねぇみたいだな……」
ギルドマスターであるマスターは離婚した仕事にまだ未練があるようだ。
酒を片手に渋い表情で、硬いほうのクマが起こした問題の心配をしている。
「彼らも喜んでいるみたいだね。嬉しそうにスイカを食べているよ」
ウィルが映像を横目で見つつ、お兄さんが用意してくれたお酒を飲み始めた。
「空で眺めるクマちゃんの花火はとても美しいね。肉球の絵柄も可愛らしいと思うよ」
「ああ。さすがだな」
ルークがもこもこを撫で、クマちゃん花火ちゃんを褒めた。
謎のオアシスで歓迎放置祭りに参加させられている彼らの映像は見ていない。
素敵なクマちゃん花火ちゃんが連続で上がり、爆発音が響いた。
夜空に色のついた火の粉が、次々と絵を描く。
クマちゃん。
肉球。
スイカ。
スイカジュースを作る誰か。
「なにいまの」
火と魔法の花は光り輝き、儚く消えてゆく。
「消えかた悲し過ぎるんだけど。俺だけ残すのマジでやめて」
スイカジュースは傾きすぎたコップのように――ドロロロロ――と苦情を垂れ流している。
魔法の火の粉が消える順番が気に入らないらしい。
「クマちゃ……」
仲良しなリオちゃんからの苦情にハッとしたクマちゃんが、温泉で濡れた肉球をペロペロとなめた。
「クマちゃ……、クマちゃ……!」ピンク色のそれに一生懸命掛け声をかけている。
『クマちゃ、頑張って……!』
肉球に魔力を注いだクマちゃんのお手々に、いつもより少しだけ大きな、プクッとしたハートが生まれた。
「クマちゃ……!」
クマちゃんは急いでいた。
愛らしい声で『クマちゃ……!』と空へ投げる。
プクッとしたハートは肉球を離れ、ゆっくりふわふわとどこかを目指し飛んで行った。
「――――」
お兄さんはもこもこが作ったそれを闇色の球体で回収し、目的地へと運んだ。
見守るだけのつもりだったが、動きがのんびりしすぎている。
つくったもこもこに似たのだろう。
「いや俺だけ消えないのなんなの。いいから。もう残してくれなくていいから。俺の花火とか嬉しくないから」
特別待遇なリオちゃんは、夜空での滞在時間も特別長い。
空でもスイカジュースを作るリオ。
さらに傾く心のコップ。
花火師クマちゃんは心配していた。
大変だ。
手元のスイカが消えかけている。
あれでは『皆のために美味しいスイカジュースを作っているリオちゃん』ではなく
『スイカが無くなっているのに気付いていないリオちゃん』になってしまう。
クマちゃんの魔法は間に合うだろうか。
心配し肉球をカジカジしていたクマちゃんの高性能なお耳に、リオちゃんの言葉が届いた。
『俺だけ――なのいい――俺の花火――嬉し――い――』
大変だ。これはこれでいい感じらしい。
◇
リオと花火師の心がすれ違い、別のコップを探し、別の火種を作っていたとき。
空に住み着いたリオちゃん花火の横に、別の花火が広がった。
消えかけのスイカをすりおろすリオちゃん花火。
新しいそれは、彼の腕に肉球を添えるクマちゃんと、くっきりとしたスイカの花火だった。
新しいスイカを運んできたクマちゃん花火ちゃんに感動した人々は瞳を潤ませた。
「とても仲良しだね」
ウィルが優しい眼差しで一人と一匹の花火を見つめ、酒に口をつけた。
「クマちゃんすげー優しいけど全然嬉しくない。そうじゃない。消えてない」
「おまえは本当に優しいな……。オアシスに来た奴らも感動してるみたいだぞ」
マスターはもこもこの優しさに胸を打たれ、別れのことなど忘れてしまったかのように涙をにじませている。
「――――」
クライヴは声も出せぬほど感動し、険しい表情で胸のあたりを押さえていた。
なぜもこもこは、奴に暴言を吐かれても優しくできるのだろう。
神聖な生き物だからだろうか。
やはり人間とは違い、魂が穢れていないのだ。
空には次々とスイカ花火が上がっている。
もこもこの魔法は間に合ったようだ。
「いやスイカ多すぎでしょ。つーかまさかあれ消えないわけじゃないよね。なんか不安になってきたんだけど」
「良かったじゃねぇか」
色気のある声が珍しくリーダーらしい言葉を掛ける。
「いっこでいい……」
話の通じない魔王との会話を諦めたリオは小さく答えた。
もうクマちゃん用のスイカだけでいい。
スイカジュース専門店リオちゃんは心の看板を片付けた。
『足りてんなら問題ねぇだろ』大雑把で優しい魔王様はもうクマちゃんを可愛がることに集中していた。
一個でも二十個でも足りていることには変わりない。
映像では街の人間が涙を流し感動していた。
『クマちゃん……優し過ぎる……』
『仲良しでよかったね……』
『可愛い……愛を感じた……』
『わ! すご~い! ……え?』
映像が切り替わり、花火が大きく映された。
リオちゃんクマちゃん花火ちゃんの周りに、文字が広がる。
『ようこそクマちゃん』
『リオちゃん酒場』
『なかよし』
『俺だけの花火祭り』
『リオちゃんのおいしいスイカジュース』
『風呂くらい静かに入りたいんだけど』
『ごようのさいはリオちゃんへ』
『うるさっ!!』
『静かにするのは貴様だ』
『島流し』
『ヤベー』
夜空にはたくさんの思い出が詰まったり関係無かったりする歓迎の花火が輝いていた。
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