第226話 南国でも仲良く露天風呂なクマちゃん達。「そうか……」

 クマちゃんは現在、温泉で汗を流す準備をしている。

 麦わら帽子へルークの大きな手が――。



 倒れていたお耳をスッと立て、無事暑さから解放されたクマちゃん。


「クマちゃ……」

『南国ちゃ……』


 さすがは南国ですね……、という意味のようだ。


「帽子のせいでしょ」


 責めたがりが麦わら帽子を責める。

 彼にかかれば人も物も麦も藁も海も砂ももこもこも肉球も、すべてが有罪である。 


 花柄のスカーフも外してあげたルークが、もこもこの頭をなでた。


「クマちゃ……」なもこもこの肉球に従い皆でブドウ棚のような場所へ移動すると、光るお花から温かなシャワーが降り注いだ。


「白い花も素敵だね」

  

 南国の鳥が花を見上げ「クマちゃんみたいで可愛らしい」と美しく光るそれを愛でている。


「リーダーそれ何個持ってんの?」


 クマちゃん専用お肌に優しい高級石鹼の香りと、闇色の球体から出てきた見覚えのある石鹼の香りが混ざり合う。



 ――おい、それも酒場の……――。


 誰かの渋い声が、湯気のように漂った。


 真っ白な被毛のツヤが増し、仲良しな金髪の輝きも増す。


 ――クマちゃ……――なんか視線感じるんだけど……――。


 熱い空気のなか、かすれた風が涼しさを運んだ。



 彼らが出来立ての露天風呂につかっていると、もこもこした生き物が愛らしい声を響かせた。


『時間ちゃ……』


 どうやら時間のようですね、という意味のようだ。


 闇色の球体が温泉に酒、スイカジュース、グラス、見覚えのある魔道具――様々なトレイを浮かべる。

 

「クマちゃんニュースじゃん……」


 風呂の中で天敵に出会った人間のような声を出すリオ。


 クマちゃんニュースじゃん――。

 自身の放った言葉に嫌そうな顔をしている。

 心の扉から冷たい水が漏れた。


「おや。新しい映像のようだね。これは中庭の回廊ではない?」


 隣の男のご機嫌など伺わないウィルは、映像の場所を特定したらしい。


「中庭池みたいになってんだけど」


 廊下は無事でも中庭が水浸しである。

 

「ん? なんだあの船は。……乗せられてんのは元不眠症のやつらか?」


 仕事を諦めたマスターは露天風呂で酒を飲んでいる。


 元不眠症の奴らは、気絶したように寝たまま小舟に乗っていた。

 心地好く眠っていたところを木製の兵隊達に誘拐されたのかもしれない。

 三人だけなのは船に入りきらないからだろう。


「あれは大丈夫なのか?」と尋ねる仕事が大丈夫ではないマスター。


「あの松明もってんのって、クマちゃんの兵隊さんじゃね? つーか燃えてんのってまさか」


 リオは天敵に嫌そうな顔を向け、奴らの犯罪行為に気付いた。

 彼には分かった。

 棒の先で燃えているのはこすりすぎて焦げたおくるみだ。


 ひどい。なんてことを。

 小さなクマちゃんぬいぐるみ赤ちゃん風が剝き出しになってしまっている。



 映像ではリオの服装を真似した――金髪のカツラに黒ネクタイの――クマの兵隊が、片腕にぬいぐるみ、片手に松明を持ったまま船に乗り込んでいた。


 夜の海――かもしれない水に浮かべられ、謎の島へと流される彼ら。


 小さくなってゆく松明。

 ザザ――と響く波の音。



「普通に島流しじゃん」


 リオには分かった。

 意識のないまま装備も持たされず流されてゆく彼らは、クマちゃんの指示で島流しにされたのだ。


『クマちゃ……』――流すちゃん……――。


 さきほど聞いた愛らしい声。

 あれは『(みんな海に)流すちゃん……』だったのでは――。



 映像ではもう到着したらしい彼らが船のまま高速で密林に突き進んでいる。


「えぇ……」


 知り合いではない彼らを気の毒に思う、いつもは他人を警戒しがちなリオ。

 

 猛スピードでオアシスのある地へ突っ込んできた小舟。

 投げ出され、転がる彼らをふんわり優しく受け止める〈クマちゃんの砂〉


「…………」


 リオは怖いと分かっているのについそれを見てしまう人間のように黙ったまま、衝撃映像を見つめていた。


「おや。起き上がったようだね」


「起きるに決まってんじゃん!」


 大雑把な男ウィルの『おや』が気に障った細かい男リオ。

 心の扉が『――決まってんじゃん』と閉まる。



 映像からはオアシスを発見してしまった彼らが驚いているのが伝わってきた。

 

『なんだ? 夢か?』

『夢……? たしかに、転がったのに痛くなかったぞ』

『なるほど……そうだよな。こんなきれいな場所、本当にあるわけない』


 硬いほうのクマに誘拐されたらしい三人の男がぼーっとオアシスを見つめていたときだった。 

 


 大きな爆発音が空気を揺らす。

 夜空に輝く大きなクマちゃん花火ちゃん。


「うるさっ!!」


 と叫ぶ、リオ七十~八十デシベル。



 突如夜空に飛びあがる露天風呂。



「え?! 飛ぶってこれごと? 風呂くらい静かに入りたいんだけど!」


 誰よりうるさいリオが騒音を立てながら風呂への想いを語る。


「クマちゃ……」


 両手の肉球をサッと口元に当て、一生懸命静かにしようとするクマちゃん。

 猫のようなお手々に、キュッと力が入っている。


「リオ。クマちゃんにひどいことを言ってはいけないよ」


 もこもこを慈しむ男が暴言を吐く男を静かに注意した。

『静かにさせてやろうか』と。


「…………」


 ルークは砂地に伏せている男達とそれを囲む松明の映る映像を観ながら、腕のなかのもこもこのお手々を撫でていた。

『おまえは静かにしなくていい』と。


「静かにするのは貴様だ――」


 もこもこへの暴言を許さないクライヴ。

 心の声が漏れている。


「そうか……。飛ぶのは屋根じゃなく、風呂だったか……。なるほどな」


 仕事と離婚したばかりの渋い男が、夜空に輝くクマちゃん花火ちゃんを眺め、もう一度

「そうか……」と言った。

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