第225話 力を合わせる彼ら。「クマちゃ……」

 現在クマちゃんは波の音が涼し気だがどちらかといえば暑い南国の村を、つぶらな瞳で眺めている。

 うむ。とても南国っぽい。



 リオが『あー』と眺めているのは南国っぽく装飾されてしまったイチゴ屋根の家だった。


 大きなイチゴ屋根の上に、藁ぶき屋根がのっている。

 ドアを隠しているのはもしかして、バナナの葉だろうか。

 家を結界のように囲んでいるのはヤシの実だろう。


「クマちゃん南国っぽいけどなんかおかしくね?」


 リオはやんわりと『入りにくくないですか?』と伝えた。

 言わないほうがいいかもしれないが、気になる。


 ガーデンデザイナークマちゃんはハッとしたように「クマちゃ……!」と答えた。


『クマちゃ……!』と。



 クマちゃんは気付いてしまった。

 南国っぽさとは足す物ではない。

 引くものなのだ。


 大事なのは涼しさである。


 うむ。深く頷いたクマちゃんはもう一度砂を握った。



「この葉っぱバサってどけて入るかんじ? ……めっちゃくっついてる……」


 ヤシの実結界を乗り越えたリオがバナナの葉に手を掛け、第二の結界に阻まれていたときだった。


 もこもこした生き物が魔王に連れられ、彼の隣へやってきた。

 ガーデンデザイナーは真剣な表情で肉球を振る。

  

「あ」


 リオとクマちゃんの作品、南国風イチゴが姿を変えた。


 壁が無い。


 代わりのように柱で囲われ、やや南国風なイチゴっぽいランプが吊り下げられている。

 どの角度からでもすべてが丸見えだ。

 バーカウンターの奥にあった壁一面の棚は、カウンターと同じ高さになったようだ。


 建物の高さも変わっている。

 全体を持ち上げるように高床式になった。

 ――多すぎる小川対策か。


 振り返ると階段があり、クマちゃんが造った板の道へとつなげられていた。

 視線を上へ向ける。

 イチゴ屋根は藁ぶき屋根へと進化したらしい。


 カウンターにはバナナの葉が垂れ下がり、ヤシの実がひしめいている。


「すげー。完璧南国じゃね?」


 南国を良く知らない一人と一匹が見つめあい、頷きあう。

 お客様が『あの、壁はどちらに……』となる可能性に気付いていない。


 もこもこは満足そうに「クマちゃ……」と職人の瞳で完全体南国イチゴの家を眺めた。


「すげぇな」


 魔王様もお気に召したようだ。

 南国に興味を持ったことの無い男ルークは、謎の詰まった生命体をじっと見つめている。


「おや、とても素敵になったね。どこからでも入れるのがいいと思うよ」


 大雑把な南国の鳥がそれに気が付き、壁が消え、音も視線も砂も雨風もなにもかも防がない建物を『どこからでも――』と褒めた。


「統一感があったほうがいいだろうね。僕もあちらの家を同じようにしてくるよ」


 親切な鳥はすべてを『どこからでも――』に統一するため羽ばたいていった。



 解放されすぎな住居も完成し、天才ガーデンデザイナークマちゃんのもとへ集まる一同。


「あれは……いいのか……?」


 一部のマスターが『あれでは何もかも――』と戸惑いの声を上げるが、ガーデンデザイナーの「クマちゃ……」という重大発表にかき消された。


『歓迎の祭りちゃん……』


 それでは歓迎の祭りを始めましょう……、という意味のようだ。


 ぼーっとしていたリオが


「え、いま? 早くね?」


「歓迎するやつ居なくね?」実はここに居るのは我々だけである、と結構な重大発表をした。


 常に人間達の一歩先を行くもこもこが「クマちゃ……」と話を進める。


『花火ちゃん……』


 いますぐ歓迎の花火を……、という意味のようだ。


「えぇ……」


 リオは限界まで目を細め『なんて人の話を聞かないもこもこだ』という視線を向けた。


 氷職人も魔王も異論はないらしい。

 元酔っ払いがこの場にいてもいなくても、彼らには関係ないのだろう。


 細かいことを気にする男の味方をするものはいない。



 風通しも砂通しも良い家のなか。


 キュム! キュム! と忙しそうに両手の肉球を合わせ、砂とハートの魔法を合体させるクマちゃん。


 もこもこはリオが〈クマちゃんの砂〉から生み出したふわふわの可愛いクッションに座り、作業をしている。

 横には、南国の鳥製、ヤシの実とバナナの葉に砂をかけ作った野性的で芸術的な器。

 中にはさほど貴重ではない〈クマちゃんの砂〉が山盛りに入っていた。


「なんだ――あの恐ろしい魔法は……――」


 氷職人は遮るもののない建物の中で魅惑の肉球キュムキュムに苦しんでいる。

 視線をそらせない。

(猫のような手から……砂が――ほとんど零れている――!)


「じゃー出来たやつこれ入れとく」


 リオはバナナの葉と砂だけで作った野人的な袋へ、キラキラと光るハートを詰めていった。



 時々スイカジュースを飲みつつ完成させたもこもこ花火。


「これどうすんの?」


 リオがオアシス前に袋を置きつつもこもこへ尋ねる。


 花火師クマちゃんが「クマちゃ……」と格好良く答えた。


『流すちゃん……』


 こうなったらオアシスへ流しましょう……、という意味のようだ。


「そのまま?」


 聞きつつ袋ごといくリオ。


 胸元で両手を交差させた花火師は「クマちゃ……」と静かに頷いた。


『温泉ちゃん……』


 時間になるまで温泉を作りましょう……、という意味のようだ。


「とてもいい考えだと思うよ。場所はどこがいいかな?」



 もこもこだけでは大変だろうと砂を握り、温泉作りを手伝う仲間達。

 現場職人クマちゃんの指示が「クマちゃ……クマちゃ……」とあちこちへ飛ぶ。


 何の木で出来ているのか分からない、趣のある温泉。

 大きな柱が六本建てられ、木製の梁の上に円形の藁ぶき屋根が被せられた。


「空見えなくね?」


「クマちゃ……」

『飛ぶちゃ……』


 リオの質問に丁寧に答える現場職人。


「ん? 飛ぶ……?」


 どう飛ぶのか気になったマスター。

 屋根か?

 まさか自分達が――?


 ルークに抱えられた現場職人が、鮮やかな南国のハイビスカスを植えてゆく。


 八角形の大きな露天風呂が砂に半分埋まり、その周りを形の不揃いな白っぽいタイルが飾る。

 美麗な装飾のランプを置き、最後にもこもこが癒しの湯を流し入れ、仲間達が力を合わせて作った露天風呂がついに完成した。

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