第224話 いよいよお家を――。おもてなしすぎな中庭。

 現在クマちゃんは気持ちよく歌いながら熱い汗を流し、中庭を村にするため肉球を振るっていた。

 うむ。少しずつ村っぽくなってきたのではないだろうか。

 とても暑い。もっと小川を増やそう。



 夜の中庭で砂をまく彼らの耳に、歌声が届いた。


「――ク……ちゃ~……――」小さな声が迫りくる危機を歌う。

『――……マちゃ……のどかわいた……ネ~――』


 クマちゃんのどが渇いて大変だね、と。

 小川を埋めたり作ったりしている場合ではない。


「あれ、クマちゃんのど乾いたっぽい。お兄さんリンゴジュースもってるかな」


 新米ママリオちゃんは掴んでいた〈クマちゃんの砂〉を手から払い、立ち上がった。


 何でも願いを叶える砂が〈クマちゃん砂漠〉のような見た目になってしまった砂地へ落ちてゆく。

 リンゴジュースを願われない『何でも願いを叶える砂』

 彼はこの砂を〈可愛いクマちゃんの砂を増やす砂〉だと思っているのかもしれない。

 

 そのとき、また愛らしい歌声が聞こえてきた。


「――クマちゃ~……――」ガーデンデザイナーが不思議を歌う。

『――……マちゃ……スイ……わ……てるヨネ~――』

 

 クマちゃんスイカが割れてるね、と。

 ガーデンデザイナーは割れたスイカを発見したようだ。


「クマちゃんは素敵なものを見つけたようだね」


 ウィルが静かに頷いた。

 作業は順調のようだ。


「スイカ割れてるっつった? なんで?」


 植えていないスイカが何故、割れた状態で発見されるのか。

 まさか……原住民か。

 それとも中庭でスイカを食ってた誰かが溢るる水にやられ、完食前に避難したのか。


「――……マちゃ~ん――」歌声が近付き、彼に答えた。

『――クマちゃんやったンデ~――』

 

 クマちゃんがやったスイカでしょうね、と。

 スイカ関連の事件はクマちゃんが起こしたらしい。

 生産から破壊まで、行ったのはすべてクマちゃんのようだ。


 意外性のない犯人。空に浮かぶイチゴランプ。

 魔王が抱えるもこもこ。照らされる麦わら帽子。

 肉球から零れる砂。

 広がる謎の植物。

 

「へー……」


 リオは『やったンデ~』のほうが気になると思いつつ『へー……』と返した。


 集まる視線。


「…………」


 リオは『なにこの視線……』という思いを砂に埋め、スイカを探しに走った。

 早く我が子に美味しいスイカジュースを作らねば。



 氷職人が冷やしたスイカのジュースで喉を潤す、休憩中の彼ら。

 お兄さんがテーブル席を増やし、マスターは渋い表情で「それも酒場のだな……」諦めた男のようにフッと笑った。

 

「クマちゃんスイカジュース美味しい?」


 皆が作業をしているあいだジュースを作っていたリオが、腕のなかの我が子に尋ねる。

 哺乳瓶を支える彼は相変わらず幸せそうだ。

 

 もこもこが愛らしい肉球を彼に見せ「よかったねークマちゃん」リオは嬉しそうに笑った。



 作業が再開され、彼らは元中庭を眺める。


「絶対ここ中庭じゃないよね」


「まぁ……見た目はな」


 リオが周囲の密林に視線を投げ、マスターが同意する。


「そちらよりも、水辺と東屋を見たほうがいいのではない? とても美しい場所だね」


 ウィルは水色に輝くオアシスと藁ぶきの屋根で作られた南国風の東屋が気に入ったようだ。

 

「白いのは道を造っているのか……」


 氷職人がもこもこを見つめ、今にも氷の檻に閉じ込めてしまいそうな視線を送った。


 もこもこはヨチヨチもこもこ移動しながら古木のような板で足場を作ったり、大きなヤシを植えたりしている。

 足元が不安定で小川も多い。

 道が必要なのはわかるが、もこもこはもっと休んだほうがいい。働きすぎだ。


 美しいランプに照らされる村をヨチヨチと進むクマちゃん。

 肉球は砂をまき、南国風の植物がキラキラと輝きながら増えていった。 

 


 完成に近づいたらしい中庭。


 現在できているのは、美しい夜景を楽しめるビーチ。

 クマノ道を少し進むと目の前に広がる、輝くオアシス。

 周囲を囲む自然の木目が美しい板の道、珍しい植物たち、南国風東屋、寛ぎの空間。

 あちこちに転がるスイカ。転がるヤシの実。


 ガーデンデザイナークマちゃんが「クマちゃ……」と彼らに告げる。


『お家ちゃ……』


 いよいよお家を建てるときがきましたね……、という意味のようだ。


「やりすぎでしょ」


 リオは思う。

 元酔っ払いをどこまでもてなす気なのだ。

 まさか中庭に閉じ込める気か。


「そうか……」


 もこもこを止められないことを分かっているマスターはオアシスを見つめ、相槌を打った。

 ここで暮らす彼らはすべてを忘れ幸せになるだろう。

 酒場の中庭だが。


「きっと凄く喜ぶと思うよ」


 ウィルは一瞬、中庭から出られない彼らを思い浮かべ――喜ぶだろうという結論に至った。

 南国の鳥のような男は美しいものが大好きなのだ。

 美しいビーチと美しい村を往復して過ごす彼らは幸せだろう。



「クマちゃ……クマちゃ……クマちゃ……」


 ガーデンデザイナーが斜め掛けの鞄からイチゴ屋根のお家を取り出し、砂の上に転がした。

『クマちゃのイチゴちゃん……』と呟いているようだ。


「えーと、運んで砂かければいいんだよね」


 転がっているイチゴを拾うリオ。

 オアシスの周囲に作られた道にそってイチゴを置くと、掴んだ砂を掛けた。


「めっちゃ家建ったし」


 家とはこうして建てるのか。

 初心者のリオでも二秒で家が建つ。

 置いて、掛けるだけだ。


「素晴らしいね」


 大雑把な男は細かいことは気にならないらしい。

 ウィルも同じように、クマちゃんが造った道の側にイチゴの家を建てていった。



 どんどん建てられる、元酔っ払いを住まわせる家。

 魔王のような男に抱えられたガーデンデザイナーが見回り、砂をかけてゆく。


「あー、なんか南国っぽい」


 住ませるのか閉じ込めるのか分からないそれを眺め、リオは『あー』と思考を放棄した人間の声を出した。


 元酔っ払い収容所が、完成に近づく――。

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