第223話 どんどん広がる夢のような中庭。歌うクマちゃん。
現在クマちゃんは歓声を浴びながら、何でも願いを叶える〈クマちゃんの砂〉――が足元に広がる〈クマちゃんの砂場〉を闊歩している。
うむ。これで南の島風中庭の改造がはかどるだろう。
◇
彼らの前で素晴らしい歌とダンスを披露してくれた天才ミュージカル俳優クマちゃんが、猫が喜びそうな砂場の上をヨチヨチと左右に往復している。
歌と共に完成したのは直径三メートルくらいの円形の砂場だった。
「素晴らしい歌声だったね、感動して涙が零れてしまったよ」
「白いのの声はいつ聞いても最高に愛らしいな……。いつのまにあんなに踊りが上手くなったんだ?」
「ああ、すげぇな」
「――――」
仲間達は泣いたり潤む瞳をごまかしたりいつも通り無表情に称賛したり、声を出せぬほど感動したりしている。
「いや可愛いけど……歌詞おかしいでしょ」
リオはもこもこの子猫のような歌声と足元のおぼつかないダンスを可愛いと思いつつ『ヨネ~』が気になって素直に褒められなかった。
仲間達はミュージカル俳優へ熱い拍手を贈っている。
俳優も肉球を叩き合わせ、拍手をしている彼らへ拍手を贈っている。
――もこもこした赤ちゃんはなんでも一緒がいいのだろう。
「えぇ……」
◇
『ヨネ~』なクマちゃんの砂場はどうなったのか。
リオがもこもこを見つめる。
クマちゃんは完成したばかりの砂場の質を確かめるように肉球を伸ばし、ハッとしたように動きを止めた。
「おや? クマちゃんはどうしたのかな」
南国の鳥のような男が不思議そうに首を傾げる。
耳元の装飾品が、微かに音を立てた。
「クマちゃ……!」
子猫のような声が『クマちゃ……!』と響く。
「なにその『こ、これは……!』みたいな感じ」
リオがもこもこの言葉を読み取ろうとしているような半分馬鹿にしているような発言をし、察知した死神が悪人へ氷を飛ばす。
「あぶなっ」
身の危険を感じ、ぎりぎりで氷を避けるリオ。
暗殺が失敗に終わり、何事も無かったかのように佇むクライヴ。
「……いまマジで危なかったんだけど……」
少々ごたごたしている二人。
彼らの仲良しっぽくない雰囲気に気付かないもこもこは、砂場で砂をかき始めた。
「クマちゃんて猫なんじゃね?」
リオはもこもこした生き物の謎を解き明かしたとでもいうように、それなりに真面目な表情で頷いていた。
勢いにのってきたクマちゃんは両手の肉球でせっせと砂をかきだしていた。
あちこちに飛び散っているそれは何でも願いを叶える、とんでもなく価値の高い、クマちゃんの魔法の砂である。
「可愛いな。猫の真似か?」
マスターは優しくふっと笑い、もこもこが肉球で砂場から取り出し邪魔そうに「クマちゃ!」投げ捨てたキラキラに、
「待て待て待て。それは本当に捨てていいもんなのか?!」
慌てたような声を出した。
「なにいまの。宝石? なんかデカくなかった?」
リオの視線の先に、真っ赤な宝石が転がっていた。
片手の指で輪を作るくらい、よりももう少し大きいだろうか。
石はキラキラと輝き、周囲が陽炎のようにゆらめいている。
「うーん。とても気になるけれど、クマちゃんはお庭を綺麗にしたいようだから、お兄さんに預かってもらうのがいいのではない?」
美しいものを好む男は視線を一瞬石に投げ、すぐにもこもこへ戻した。
愛らしい赤ちゃんクマちゃんは砂場をヨチヨチしながら周囲に砂をまいている。
まいた部分が真っ白に輝いているところを見ると、砂場の拡張をしているのかもしれない。
足もお手々も短いクマちゃんだけでは色々と大変だろう。
「…………」
ルークが近付き、もこもこを抱き上げる。
風を起こすと砂が舞い、砂場はさらに広がった。
何でも願いを叶える砂が希少な砂ではなくなってゆく。
もこもこは肉球をテチテチと叩き合わせ「クマちゃ」と喜んでいる。
大好きな彼が手伝ってくれたのが嬉しいのだろう。
「砂場増やせばいいの?」
参加したくなったリオが希少ではなくなってきた〈クマちゃんの砂〉を掴み、ざっとまく。
とたんに周囲に白が広がり、地面が〈クマちゃんの砂〉に変わった。
「ヤベー願い叶ってる。まじでヤバい」
ヤバイヤバイと言いつつどんどん砂場を拡張するリオ。
埋まりかけの赤い宝石。
「このクソガキ……」
マスターはこめかみに青筋を浮かべつつ煌めくそれを拾い、
「ん? 妙に熱いな……」真っ赤なそれを眺め、お兄さんへ渡した。
「――――」
無言で闇へと仕舞ったお兄さんは、見覚えのあるテーブル席を出し、ゆったりとした動作でそこに座った。
「…………」
無言で見つめたマスターは渋い表情で「おい、それも酒場のじゃねぇのか……」小さく呟いた。
◇
中庭に何故か響く波の音。満天の星々。
ふわふわと漂うイチゴランプとホオズキランプ。
仲間達が煌めく砂で大地を白く染め、天才ガーデンデザイナーが肉球で砂を掴む。
「クマちゃ……!」
幼く愛らしい声に合わせ、砂地にオアシスが広がった。
真っ白な砂と輝く水色。それを囲う、南国の植物。
「すげーきれーじゃん。クマちゃんの水ってなんで光ってんだろ」
闇に浮かび上がるきらきらとした水辺を見たリオが、ぼーっとした表情で砂をまきつつ呟いた。
「うーん。癒しの力のせいなのかな」
ウィルは掴んだ砂を風で飛ばし、リオに答えた。
「――クマちゃ~ん――」
『――クマちゃんの水光ってるジャロ~――』
夜空に愛くるしい歌声を響かせ作業をするガーデンデザイナー。
「……いま何か変な歌聞こえなかった?」
妙な歌が気になるリオ。
「愛らしい歌声しか聞こえなかったけれど」
ウィルは冷たい視線をリオへ送った。
暗殺者が鋭く光るものを投げようとしているが、教えなくてもいいだろう。
◇
「――クマちゃ~ん――」ガーデンデザイナーは歌声で知らせる。
『――クマちゃんランプ流すヨネ~――』
クマちゃんはオアシスにランプを流しているらしい。
――流すヨネ~――と光が移動してゆく。
「――クマちゃ~ん――」子猫のような声が進捗を歌う。
『――クマちゃん屋根作ってるけド~――』
いま作っているのは屋根のようだ。
作業の進み具合はもこもこの歌を聴けば分かる。
「――クマちゃ~ん――」切なさが胸を締め付ける。
『――クマちゃん小川うまってるネ~――』
クマちゃんはやってしまったのだろう。
せっかく作った小川を願いを叶える砂で埋めてしまったらしい。
叶った願いが叶える砂で埋まり、複雑な心境のようだ。
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