第222話 天才ミュージカル俳優クマちゃん

 優雅に歌い、舞うように肉球を動かしていたクマちゃんはハッと異変に気が付いた。

 大変だ。

 何でも願いを叶える砂が、願いを叶えず地面に降り積もっている。


 誰かがクマちゃんのミュージカルを妨害しているようだ。



 嫌がらせにめげず演技を続ける、天才ミュージカル俳優クマちゃん。


「――クマちゃ~ん――」天才が、すべての想いを歌にのせる。

『――クマちゃんこれじゃないジャ~ン――』


 クマちゃん違うやつだね、と。

 肉球はパラパラと砂をまき続けている。


「あ……やっぱだめなんだ」と言いつつクマノ道で拾ったほうの砂を渡す、悪の小道具リオ。

 

 察知した死神は、悪を滅する氷を作っていた。

 もっと鋭く――と。


「――クマちゃ~ん――」天才は事実を歌い上げる。

『――クマちゃん良くなかったヨネ~――』


『これでもいいんじゃね?』に対する答えである。

 良くなかったヨネ~――と地面に砂が落ちる。


「そっかぁ……」と頷きつつクマノ道で拾ったほうの砂を差し出す、悪の小道具リオ。


 魔王が静かに悪の小道具を見ている。

 もこもこを抱えていなければコツンではすまないだろう。


「――クマちゃ~ん――」変わらぬ現実を歌う天才。

『――クマちゃん積もってるけド~――』


 砂が積もった、と厳しい現実を肉球で示すクマちゃん。

 地面には確かに砂が積もっている。

 天才が砂をまき続けたせいだ。


「めっちゃ積もってる……」とそれを見ながらクマノ道で拾ったほうの砂を差し出す、悪の小道具リオ。


「――クマちゃ~ん――」素直に受け取り歌うクマちゃん。

『――クマちゃんたくさんだネ~――』


 クマちゃんお砂がたくさんだね、とだぶつく砂について述べるクマちゃん。


「え、どうしよ」すでに余っていると知りながら、悪はさらに砂を渡す。

 魔王達の殺気が彼を刺す。


「――クマちゃ~ん――」両手に砂を持たされつつ、天才はゆく先を歌にする。

『――クマちゃん降りるしかないネ~――』


 もう地面に降りるしかないらしい。

 両手がふさがったクマちゃんが、優しく地面へ降ろされた。



 ミュージカルの舞台が変わる。

 天空でもこもこしていた俳優は、ついに大地へ――。



 ルークの腕から地上へと舞い降りた、天才ミュージカル俳優。

 天才は両手を交差させ、そこから砂を落としている。


 同時にふんふん、ふんふん、と鼻息――おそらく鼻歌を歌っていた。


「なにその動き。怪しいんだけど」


 悪の小道具が俳優のダンスに暴言を吐く。


 氷職人が氷をさらに細くしている。確実に仕留めるためだろう。


「――クマちゃ、クマちゃ――」キュ、キュ、キュ、キュ。

『――クマちゃんこの砂あやしいヨネ~――』


「――クマちゃ、クマちゃ――」キュ、キュ、キュ、キュ。

『――クマちゃんこの砂あやしいヨネ~――』


 天才が両手で砂を落としながら、高らかに歌い出した。

 歌は何者かが砂に細工をした可能性を繰り返し示唆している。


「気のせいだと思うんだけど」


 容疑者は悪の小道具らしく堂々としらばっくれた。


 心優しき俳優は犯人を捕まえる気はないのだろう。

 ふんふん、ふんふん、キュ、キュ、キュ、キュと一生懸命歌い、踊っている。


 それは両手の肉球で二回ずつ交互に虚空を引っかき、時々ヨチヨチと足の位置を踏みかえる本格的なダンスだった。


 ――両手と両足を同時に動かすことは出来ないらしい。


 ふんふん、でお手々、キュ、キュ、であんよのようだ。

 前にヨチ、ヨチ、後ろにヨチ、ヨチ、次は左右に、と俳優は時間をかけ、真っ白な足を移動させる。


 短い足を懸命に動かし、ヨチヨチと踊るクマちゃん。

 その姿は俳優のファン達に大きな感動を与えた。

 一部の人間は瞳を潤ませ、別の一部の人間は、細くした氷が折れるほど苦しんでいる。


 人々の心を揺さぶる癒しのもこもこヨチヨチダンスはやがて奇跡を起こした。



「――クマちゃ~ん――」子猫のような歌声が、白くなった大地に響き渡る


『――クマちゃん砂場つくったヨネ~――』


 なんとクマちゃんは〈クマちゃんの砂〉ではなく華麗に〈クマちゃんの砂場〉を作ってしまったらしい。

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