第221話 楽しいもこもこガーデニング劇場

 ルークに抱っこされたクマちゃんは現在、密林のなか、クマノ道を進んださきでみつけたなんでも建てられそうな素敵な広場を眺めている。

 うむ。広くて何もなくてとても素敵である。



 クマちゃんがあれこれ想像しながら振りかけた、願いを叶える〈クマちゃんの砂〉は道だけでなく広場まで作っておいてくれたらしい。

 おそらく砂を掛ける際、たくさんのお家やたくさんのかき氷屋さん、そこで休む白い釣り人が脳裏を過ぎったせいだろう。


 クマちゃんは考えた。

 さきほど広場へ到着してすぐ。

 高性能なクマちゃんのお耳が拾った『どうな――の――クマちゃん――』と、最後に響いた『ジャン』


『ジャン』――なんとなく南の島っぽい。

『どうなノ~みなみのしまノ~クマちゃ~ん。海がジャバジャバジャ~ン』という感じだろうか。

 風のささやきも南国っぽい気分なのだろう。

 楽し気なそれにふんふん、ふんふんと鼻歌を合わせ、ハッと気が付く。


 ――ミュージカルっぽい――。


 うむ、と頷いたクマちゃんはさっそく『風のささやきミュージカル』に飛び入り参加させてもらうことにした。


「――クマちゃ~ん――」

『――こうなったジャ~ン――』



 草しか無い広場に子猫のような歌声が――クマちゃ~ん――と響いた。


「なんか微妙に腹立つんだけど」


 無粋な金髪リオがいちゃもんをつける。

『いやまじでどうなってんの? クマちゃんが掴んでた砂ひとつまみくらいだったじゃん』

 に対する答えなのだろうが、何故かにくたらしい。


 ――クマの赤ちゃん被害に遭い心が傷だらけでクマだらけなリオには、南の島風中庭を舞台にしたもこもこミュージカルを楽しむ余裕がないようだ。


「――クマちゃ~ん――」

『――クマちゃん砂まくんだけド~――』


「……それまさか俺の真似じゃないよね」心の幕が下りていくリオ。


「――クマちゃ~ん――」気付かないクマちゃん。

『――クマちゃん砂まいてるヨネ~――』


 ミュージカルは勝手に進行している。

 子猫のようなお手々から、白い何かがパラパラと舞い落ちた。

 クマちゃんは宣言通り砂をまいているらしい。


「良い声だ。歌劇なんて観に行ったことはねぇが、白いのが演るなら毎日通うだろうな」


 マスターは腕を組み、突然始まったそれを楽しんでいる。


「愛らしい歌声に合わせて泉や小川が出来てゆくね。まるで夢の世界を観ているようだよ」 


「――――」


 もこもこミュージカルは好評のようだ。

 彼らは砂と肉球で美しく変わってゆく景色に感動し、思わず密林から出てきてしまったクライヴは声も出せず――猫のようなお手々を睨みつけている。


「声はかわいいけど歌詞が可愛くない……」


 リオはもこもこの歌詞に潜む『だけド』と『ヨネ』に己の口癖の気配を感じ取り始めた。

 限界まで目を細め「声はかわいいけど……」嫌そうな顔で繰り返す。


「――クマちゃ~ん――」天才は完全に役に入り込んでいる。

『――クマちゃん砂たりないけド~――』


 そして砂が足りないらしい。

 無計画に撒きすぎたのだろう。


 ――己の道具入れが狙われている――。


 察知したリオは肉球と魔王を警戒し素早く動いた。

 俊足を活かしクマノ道へサザ――、と滑り込み――、

古木のような板と石畳の脇を埋める真っ白な砂を掴む。

 

「クマちゃんほら砂。これでもいいんじゃね?」


 リオは瞬時にもこもこのもとへ戻り、手の中のそれを見せた。


「――クマちゃ~ん――」天才は演技に没頭している。

『――クマちゃんこれでもいいジャ~ン――』

 

 なんでも良いらしい。

 クマちゃんはそれを掴み、肉球からはパラパラと白い砂が落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る