第218話 それはまるで南国の……。「なにあれ」
現在クマちゃんは素敵な夜のビーチに佇み『最高な夜のビーチ』を演出する方法を考えていた。
うむ。やはりあの木とパラソルが必要である。
◇
『美しい島に遊びに来たような――』
ウィルの言葉を聞いたリオは「いやでも移動はしてないし」不安を隠し
「中庭でしょ」ホオズキランプに照らされた周囲を眺めた。
足元には白い砂。すぐ側にザザ――と打ち寄せ、返す波。
目を細め、遠くを見つめる。
中庭をぐるりと囲っているはずの酒場が、見えない。
振り返ると、南国風の植物が茂る森。
「遊びに来ちゃってる……」
切なげなかすれ声が、リオの口から思わず零れた。「なんで……」
無いとは思うがうっかりここに置き去りにされたら闇の玉を出せないリオはどうすればいいのか。
泳げば酒場に着くのか。それとも見えないだけで酒場はそこにあるのか。
もし帰れなければ本当にこの島の現地人に――。
「……ん? 降りるのか? ……水には気を付けろよ」
ガーデンデザイナーが島をガーデニングしたがっている気配を感じたマスターは、白い砂浜へもこもこを
「同化しそうだな……」そっと降ろす。
仕事の山を海に投げ捨て南国の島へ遊びに来てしまった気分の彼は、声に元気がない。
「すげぇな」
魔王は中庭に異空間のようなもこもこワールドを創り出したクマちゃんに感心している。
大雑把で無神経な男は酒場の中庭が突然南国の島のような不思議なもこもこ空間になっても気にしない。
「…………」
クライヴは再放送中のクマちゃんニュースをじっと睨みつけるように楽しんでいる。
白い砂浜に置かれた魔道具から『クマちゃ』と愛らしい声が聞こえた。
「うーん。素晴らしい魔法だね……。海に見える場所は幻影なのかな? それにしては島が大きいような気もするし――」
腕を組み島の観察をしているウィルは、存在がミステリーなもこもこが使った魔法の謎を解き明かそうとしている。
現在中庭には大小合わせて三つの島がある。
もともと広い庭ではあったが、島を三つ創れるほどではないだろう。
出来たばかりの中庭もこもこアイランドを満喫できていない彼らを背に、お兄さんからあれこれ素材を購入したクマちゃん。
魔石が必要な気配を察知したスポンサーが、夜の白い砂浜でうごめく麦わらと白い何かのもとへ近付く。
「…………」
癒しの力が漂う歪められた空間で死神のような男が石を積み上げている。
もこもこしたガーデンデザイナーは死神の周りをヨチヨチと徘徊していた。
薄暗い砂浜をウロウロする獣がイチゴランプに照らされ、湿った鼻が水気で輝く。
「――――」死神はまるで尊いものを見たように、胸を押さえ苦しんだ。
静かに任務を遂行する彼ら。
準備を整えたもこもこは、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れると、願いをこめて「クマちゃ……!」と杖を振った。
砂浜に散らばった素材が輝き、あちこちに組み立てられてゆく。
白い木製のテーブル、椅子、寝椅子、真っ白なパラソルが次々と設置された。
波打ち際や砂浜全体に大きなヤシがいくつも植えられ、景色はより南国の島らしくなる。
見渡す範囲のすべてに、様々な形のランプがふわふわと置かれ、薄暗い砂浜を明るく照らしていった。
「うわ、すっげぇ綺麗ー! ……マジ南国じゃん……」
元気になった瞬間に置いて行かれる想像をしてしまったリオ。
一瞬輝いたように見えた瞳が、悲し気に曇る。
「あ、あのランプ……クマちゃんじゃん……」彼は小さな幸せをかき集め始めた。
「……美しいね。なんて素敵な夜景なんだろう。海に広がる光が波で揺れて、このままずっと見ていたくなるよ」
南国の鳥は島と夜景を気に入ったようだ。
本日の営業は終了しました――という雰囲気を醸し出し、
『このままずっと――』働かない宣言をしている。
「ああ」
魔王のような男が砂浜の魔道具から砂を払い、真っ白なテーブルに載せた。
椅子をテーブルから離しちょうどいい位置に座ったルークは、海辺の夜景と大画面の再放送を同時に楽しんでいる。
長い脚を組み、ランプに照らされる男は美しく、まるでずっとこの島を支配している魔王のような風情だ。
「……そうだな、仕事が全部なくなれば……楽しめるんじゃねぇか……」
マスターは美しい南国の夜景を悲しそうに見つめ、楽しくなさそうに美しくない発言をした。
ふわふわと浮かぶイチゴランプの隅にうっすらと書かれた『重要』の文字に、
「おい、まさか……」どこかのもこもこに重要書類をやられたギルドマスターのような声を出す。
その頃、美麗な夜景演出班の死神ともこもことお兄さんは、波打ち際で輝いていた。
「なにあれ、めっちゃ光ってんじゃん」
背の高い男二人の真ん中で、小さなガーデンデザイナーが発光している。
リオはやつらの緊急脱出を警戒し、野生の獣のように背後から近付く。
――このまま謎のもこもこ島に取り残されるわけにはいかない。
発光体は肉球でそっと海に何かを流しているようだ。
「クマちゃん何してんの?」
リオがもこもこに探りを入れる。
当然『何で光ってんだテメェ』などという暴言は吐かない。
「――クマちゃーん――」
突然麦わらを被ったシンガーソングライターが高らかに歌い出した。
『――ランプ流すちゃーん――』と。
突然始まった歌は突然終了した。
もこもこはもう作業に戻っている。
「いや終わんの早すぎでしょ! ふつうに返せばいいじゃん!」
シンガーソングライターの新曲『海にランプ流すちゃん』に早速苦情が入っている。
クレーマーは出来たばかりの島にまで現れたようだ。
「景色にぴったりな曲だね」
「そうだな……歌とランプが完璧に合ってる。特に声がいい」
「す――らし――い……」
「ああ。相変わらずうめぇな」
美しい夜景に響く愛らしい歌声に感動したファン達が熱い拍手を贈った。
真横で聞いてしまった美声に涙を流す者もいる。
「えぇ……」
◇
夜景とビーチを楽しんだ彼らはガーデンデザイナーの指示で移動することになった。
「クマちゃん一緒に行こー」絶対にだ――。
本物の現地人になることを恐れ、もこもこを捕獲するリオ。
もこもこした頬を指先でくすぐり、お返しに湿った鼻でビショビショにされている。
湿ったズボンとお揃いだ。
真っ白な砂浜から程近い、森の入り口で立ち止まった彼ら。
「かき分けていっちゃう感じ?」
リオの心が原始に返ろうとしている。
「魔法でやるか?」
現代人なマスターがルークに尋ねた。
顎鬚をさわり、チラリと彼を見る。
自身でやろうとすると山火事になってしまう。
風魔法の得意な男のほうがいいだろう。
そのとき、もこもこしたガーデンデザイナーが「クマちゃ……」と発言した。
『クマちゃ、まかせる……』と。
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