第219話 可愛いクマちゃんのとにかく可愛い新魔法。

 南国の島っぽい中庭の砂浜で、ジャングルっぽい森に行く手を阻まれてしまった五人と一匹とお兄さん。

 お困りの皆のため、クマちゃんはすぐに仲間達へ伝えた。


『大丈夫です、クマちゃんにお任せください』


『不安が全部吹き飛びました。さすがクマちゃんですね』


 という表情で皆が待っているあいだに、急いで問題を解決しなければ。


「なんかめっちゃ不安なんだけど」


 現在肉球の隙間が砂だらけなクマちゃんの頭には、ひとつの言葉が浮かんでいた。


 ――星の砂――。


 なんだか凄そうである。

『なんだか凄そうな砂』ということは。

 

 ――どんな願いも叶えられるのでは――?


『どんな願いも叶えられそうな星の砂』ということは。


 ――クマちゃんの砂ならもっと凄い願いが凄く簡単に叶うのでは――?


 間違いない。

 クマちゃんは浜を埋め尽くす用途不明の砂の謎を解き明かしてしまった。

 あの砂はクマちゃんの足をぞわぞわさせたりクマちゃんの体をジャリジャリさせたりするために存在するのではない。


 クマちゃん達の願いを叶えるため、そこらへんにたくさん落ちているのだ。


 真理に辿り着き興奮する求道者クマちゃんのお耳がじっとりと熱を放ち、思わず声が零れる。


「クマちゃ……」


「クマちゃん『あちゅい』なら帽子脱いだほうがいいって」



『あちゅい』らしいクマちゃんの麦わら帽子を脱がせようとしたリオは、砂だらけの肉球でぐいぐい押され「クマちゃ……」されてしまった。 


「なにその『やめてください……』みたいな迷惑そうな感じ」


 降りたいらしいガーデンデザイナーを砂浜にもこサク――と立たせ、リオが不満を述べる。


 もこもこは砂の上を左右にヨチヨチ歩くと――何かを決意したように――短くて可愛い足をピタリと止めた。

 真っ白なお腹を肉球でゴシゴシしたガーデンデザイナーは、子猫のような声で


「クマちゃ、クマちゃ……」と言った。


『秘密ちゃん、砂ちゃん……』


 実はこの砂にはとんでもない秘密が隠されていました……、という意味のようだ。


「クマちゃんいまお腹で肉球ふいたでしょ」


 リオは砂のとんでもない秘密より自身の腹で手をぬぐうクマが気になっている。

 お行儀の悪い我が子を『メッ!』と叱り、腰に下げた道具入れからふわふわの布を取り出した。



 どうせまた汚れると思ったリオの雑な『はいクマちゃん肉球きれいきれいしましょうねー』が終わり、もこもこの説明が再開される。


「クマちゃ、クマちゃ……」


『お砂ちゃん、握るちゃん……』


 愛らしいもこもこは真剣な表情で、砂を握るよう彼らに告げた。


「……ん? 俺たちもか?」


 イチゴランプが上空を通るたび、自身の執務机から失われた『重要』の存在を「……おい、まさかあれも……」感じ取っていたマスターが足元の砂を掴む。

「普通の砂に見えるが……」


「マスターの言う通り、普通の砂に見えるけれど……」


『南の島風の中庭』が良く似合う男が、手の平にのせたそれを観察する。

 真っ白で美しい砂だ。

「うーん、癒しの魔力は……小さすぎて分からないね」

 島全体が癒しの力に包まれているせいか、特別この砂から何かを感じることはなかった。


 夜は似合うが南国という雰囲気ではない男。

 美麗な魔王様は片膝を突き、砂を握った手をもこもこが見やすいようにしてやっていた。

 ガーデンデザイナーは「クマちゃ……」と呟きながら、肉球でルークの手をムニ、と掴む。


 彼の大きな手を握り、そこへ顔の伏せたガーデンデザイナー。

 静かな砂浜にザザ――という波の音。密林から漂う濃い緑の匂い。

 南国を感じる海辺に広がるふんふんふんふんふんふん――何者かの荒い息遣い。


「クマちゃんやっぱ暑いんじゃないの?」荒ぶる獣のような我が子を心配する新米ママ。


 大好きなルークの拳を湿ったお鼻でビショビショにしたクマちゃんが、肉球にキュッと力をこめる。


「クマちゃ……!」


 ガーデンデザイナーが彼の手に顔を密着させ、両手で抱え込んだまま叫んだ瞬間。



 もこもこの肉球から強い癒しの力が放たれ、不思議な魔法はルークの拳へと吸い込まれた。



「なにいまの」


 リオが目を剝く。


「随分と強い力だったように感じたが……」


 マスターは難しい表情で「おいルーク、手はどうなってる」魔王のような男に尋ねた。


「すげぇな」


 色気のある声は答えを返さず、クマちゃんを褒める。

 いつも無表情な男は微かに目を細め、砂を持っていないほうの手でもこもこを撫でた。


「良い砂だ」


「なに『良い砂』って。めっちゃ気になる」


 リオは見たい見たいと子供のようにルークの手に顔を寄せる。


「やばいめっちゃ可愛いクマちゃんみたいになってんじゃん! ハートもあるし」


 リオは楽しそうに「クマちゃん俺も俺も」と砂を握った手をもこもこに見せた。


 彼らは、主にリオは目的も忘れとにかく可愛い『クマちゃんの砂』に夢中になった。


 ひと粒ひと粒が白いクマちゃんの顔の形になった砂。

 ハート、星型、おそらく肉球ではないか……と推測される形のもの、すべてが最高に可愛らしい砂だ。


 一番人気は当然クマちゃんの形である。


「これは凄く愛らしい砂だね。そもそも可愛らしい砂というものを見たことがなかったのだけれど。形が変わるだけでこんなに魅力的になるなんて――」


 ウィルはルークにほんの少し分けてもらった砂をじっと見つめ

「どんな入れ物がいいかな」クマちゃんの砂を最高に引き立てる容器について考え始めた。


 

「やばいクマちゃんめっちゃくすぐったい……めっちゃ鼻濡れてる……」


 肉球でさわさわ撫でられる感触とふんふんふんふん熱く湿った鼻息を感じつつ楽しそうなリオ。

 可愛いクマちゃんの「クマちゃ……!」な密着魔法に「めっちゃ可愛い」明るい笑い声が零れる。


「クマちゃんこの砂まじで可愛い。この小ささでこの可愛さはヤバい」


 リオがお目当ての可愛い砂を入手し、天才魔法使いクマちゃんを称賛していたとき――。



 仲間達から離れ、ひとり暗闇で呟く男がいた。


「なんだ――あの危険な魔法は……」


 クライヴはクマちゃんの密着魔法に恐怖を感じていた。


 一部の人間から『あの冷たくて顔が怖い彼の正体はおそらく――死神』と恐れられている彼は、もこもこした赤ちゃんクマちゃんに非常に弱い。

 手を肉球で揉まれ、まさぐられ、湿った鼻でふんふんされ、ビショビショに濡らされ、至近距離で『クマちゃ……!』されるなど、そんなとんでもない魔法を食らえば――。


 クマちゃんが放つ謎の物理攻撃魔法『ハムストリング』に始末された酔っ払いよりもひどいことになるに違いない。


 ――砂はあの金髪から奪うしかあるまい――。


 死神はスッと気配を消した。



「あいつも大変だな……」


 マスターはクライヴが姿を隠した理由を悟っていた。

 彼はもこもこが消えた仲間を探し鳴き出す前に、


「あー、そういえばこの砂はどうするんだ?」


別の話題で気を逸らすことにした。


「え、可愛いんだからどうもしなくてよくね?」


 とにかく可愛い『クマちゃんの砂』をどうにもしたくない男がマスターを見る。

『これ俺の砂だし』と。


「うーん。リオの言う通り、どうにかするよりも大事にすべきだと思うのだけれど」


 素敵な物は大事にしたい派の南国の鳥は視線で告げた。

『マスター、いらないのなら僕が貰うけれど』と。


 話題選びに失敗したマスターが渋い声で謝罪する。

「そうだな……、今のは俺が悪かった」仲間達はクライヴではなく砂を守るようだ。


「俺も砂は大事だ……」マスターが哀愁を漂わせる。


 マスターの悲しみに気付かず、天才ガーデンデザイナーは質問に答える。


「クマちゃ、クマちゃ……」

 

『砂ちゃん、なんでもちゃん……』


 実はこの砂は、こうすれば何でも願いが叶うのです……、という意味のようだ。


「こうすればってなに」


 大事な『クマちゃんの砂』をどうもこうもされたくないリオは、ふわふわの布を広げサラサラとそれをのせた。

 彼の視線は自身の手元に集中している。

 早く仕舞わなければ可愛い砂をどうこうされてしまう。


 リオがもこもこから砂を守ろうとしているあいだに、ガーデンデザイナークマちゃんはルークから砂を少しだけ貰ったようだ。


 もこもこはヨチヨチと密林へ近付き「クマちゃ……!」と肉球を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る