第216話 天才ガーデンデザイナー奮闘中。ここはもしや――。
クマちゃんは大変なことを忘れていた。
心を落ち着けるため、肉球を舐める。
今から中庭を大改造するのだから、お洋服を着替えなければ。
素早くルークに駆け寄ったクマちゃんは、大変です、と大事なことを彼に伝えた。
クマちゃんの麦わら帽子とスカーフを忘れていますよ、と。
「クマちゃ、クマちゃ……!」
「いやもう夜だから。麦わら帽子いらないでしょ」
リオはルークよりさきに答えた。
防ぐ日差しがない。何故か、先程よりも気温が高い。
もこもこは隅々までもこもこしている。
労働すれば汗をかく。もこもこを覆えば毛が蒸れる。
布でも革でもワラでも同じだ。
よって帽子は必要ない。
ハッと傷付いたように動きを止めたクマちゃん。もともと呼吸が止まっているクライヴ。
ルークに何かを渡す闇色の球体。
もこもこの前に片膝を突く魔王。
心の麦わらを引き裂かれ、打ちひしがれていたクマちゃんの姿が、美しく整えられてゆく。
リボンから花柄のスカーフへ。
ぴっちりと頭も耳も覆う麦わら帽子。
顎下でキュ、と結ばれる紐。
あっという間に完成した、クマちゃんガーデニングスタイル。
薄暗い中庭で、いまから働くらしい獣に男は警告した。
「いや絶対蒸れるやつ」
特に耳。
「まぁ……ワラなら大丈夫じゃねぇか……?」
マスターは現在の気温が普段よりやや高いように感じたが、それは会議室で吹雪をくらったせいだろうと己の心に麦わらを被せた。
頭に麦わらを被ったもこもこは素敵になった自分に酔いしれている。
胸元で両手を交差させ、大好きなルークに愛らしさを見せつけているようだ。
「とても愛らしいね。麦わら帽子も良く似合っているよ」
大雑把なウィルがもこもこを褒めている。
似合えばなんでもいいというのか。
目覚めた瞬間服装が変わっていたもこもこを見たクライヴは、
「……馬鹿な――」
手を震えさせ、一段上の愛らしさを手に入れたガーデンデザイナーと握手を交わした。
◇
お着替えで一層素敵になったガーデンデザイナークマちゃんは、計画通り明かりを作り始めた。
もこもこの両手で杖を持ち、お鼻にキュッと力を入れ、魔石、お兄さんから購入したホオズキ、鞄から取り出したイチゴ、どこかから取り出した書類に似ている紙、白い絵の具に魔法を掛ける。
「クマちゃ……」
中庭に優しい光があふれ、ホオズキとイチゴの可愛いランプが完成した。
ガーデンデザイナーは深く頷いている。
「ん? いまの紙はなんだ……?」
「おー。めっちゃ可愛い」
「本当だね。柔らかい色合いがとても綺麗だと思うよ」
マスターが失われた何かに勘付き、リオとウィルは愛らしいランプに喜んだ。
「これどうやって浮かべんの?」
リオはガーデンデザイナーの周りに浮いているイチゴのランプを掴むと、顔のあたりまで持ち上げた。
「あ、すげー」彼が手を放すと、まるで意思を持つかのように、それは宙へと移動した。
「――では、僕はあちらの方へ運んでくるよ」
ウィルは少し考え、魔法ではなく自身の手で運ぶことにした。
クマちゃんが作った素敵なランプを衝突させて壊すわけにはいかない。
◇
地面をヨチヨチと行ったり来たりするガーデンデザイナー。
ヨチ――。足を止めたもこもこは、お鼻にキュッと力を入れ、再び杖を振る。
「おお、芝生が敷かれるだけで随分違って見えるな」
頑張るもこもこを見守るマスターは「休憩しなくて大丈夫か?」余計なことに時間を使い、庭の改造が進んでいないことを看過している。
◇
お耳が少ししっとりしてきたガーデンデザイナーは、一生懸命考えていた。
中庭はとても広い。
お客様達はここに住む。ひとがたくさん住む広い場所ということは。
村なのではないだろうか。
うむ。ここはただの中庭ではなく、中庭っぽい村予定地ということだろう。
中庭っぽい村に必要なのは――。
耳に熱をためこむ天才ガーデンデザイナーは、肉球を格好良くペロ――とひとなめした。
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