第215話 ガーデンデザイナークマちゃんと酒場の中庭。

 水色の羽衣をまとったクマちゃんは現在、仲良しのリオちゃんに抱えられ、倉庫の前に来ている。

 運び屋のようなお兄ちゃんも一緒である。



 リオはおくるみに包まれたもこもこを撫で、目の前の扉を開いた。

 中へと足を踏み入れた彼が、室内を見回す。


「台車とかもあったほうがいい気がする。つーか少なくね? 二個しかないんだけど」


 口から出した言葉が彼の記憶を『にこしかないん……だ……け……ど……』と刺激した。

「…………」限界まで目を細めたリオの脳裏に肉球と白いものがよぎる。

 肉球と白いものは――おくるみのなかだ。


 チャ――、チャ――、チャ――。

 白いクマちゃんは何も考えていないもこもこのような顔で舌を鳴らしている。

 


 倉庫荒らしのような彼らは使えそうなものや肉球が『クマちゃ……』指したものを適当に闇の中へ放り込んだ。

「これくらいでい――」直後ついでのように闇へ葬られたリオともこもこ。


「お兄さんやる前に声かけて欲しかったんだけど……」


 一瞬で中庭に戻ってきた一人と一匹とお兄さん。

 かすれた呟きを聞くものは誰もいない。


「クマちゃんめっちゃもこもこしてる……可愛い……」我が子を撫で心の安寧を保つリオ。

 耳に届く女性達の声。


『この兵隊さんちっちゃいぬいぐるみだっこしてる~』

『本当だ~。きっとクマちゃんだよね! 可愛い~』

『動きはやっ! 手が見えない……!』

『撫ですぎ撫ですぎ。そのうち発火しそう』


 魔道具一つで楽しめる。みんな大好きクマちゃんニュース。

 がお兄さんの闇色の球体で運び込まれたようだ。

 空気を読むのが少し苦手な、おそらく人ではない高貴なお兄さんが気を使ってくれたのだろう。


「かわいい……」闇をまといし金髪は薄暗がりでもこもこを撫でている。



 マスターがクマちゃんニュースを見ていると、殺風景な中庭に陰気な気配が漂った。


「ん? なんだ今の怨念みてぇな声は……。おいクソガキ、そんな隅でなにやってんだ」


 気付いたマスターが声を掛け、作業が始まった。



 クマちゃんは暗い中庭でうむ、と頷き考えた。

 真ん中は最後のほうがいいだろう。

 まずは明かりをつくり、地面を整えよう。

 お家や道も可愛くしたい。お花もたくさんうえて、樹もあったほうが――。


 色々なものが完成していくところを想像したクマちゃんの口から思わず声が漏れた。

 

 

 小さなクマちゃんが薄暗い中庭をヨチヨチもこもこ動いている。

 何をしているのか。彼らはじっと観察する。


 クマちゃんは少しだけ右に進み、また左へ戻り、短い足で短い距離をヨチヨチ往復しているようだ。

 ふいに、もこもこの足がヨチ――と止まる。


 ひたすら観察を続ける五人とお兄さん。


 もこもこした両手がもこもこのお口にサッと当てられた。

 小さく「クマちゃ……」と呟いているのが聞こえる。


『すごいちゃ……』と。


 作業はひとつも進んでいない。

 いまのところ凄い出来事は起こってない。

 

 闇の住人がかすれた声を『ァぁィぃ……』と漏らしている。



 死神のようなスポンサーが愛らしいもこもこへ近付いた。

 黒革に包まれた彼の手が、もこもこの足元に丁寧に、ひとつ、またひとつと魔石を並べてゆく。

 厳格な雰囲気の中、クマちゃんが彼の手にそっと肉球を重ね「……――」スポンサーの動きと呼吸を止めた。


 クマちゃんニュースから聞こえる音声『だめ……! おくるみ焦げてる!』に「あいつらめっちゃ腹立つんだけど……」闇をまといし者が怨念を振りまいていたとき。


「クマちゃ……!」もこもこがハッとしたように叫び、作業が一時中断された。 

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