第214話 中庭という名の何か。
ふわふわの布でふんわり包まれたクマちゃんは、現在仲良しのリオちゃんに抱えられ、酒場の中庭らしき場所に来ている。
クマちゃんニュースを楽しんでいたルーク達ももちろん一緒だ。
素敵な噴水がない。ここは本当に中庭だろうか。
「はい到着~」新米ママリオちゃんは可愛い我が子の喜ぶ顔を見ようと、おくるみに包まれた荷物のようなもこもこを仰向けに抱え直した。
「めっちゃ口あいてんじゃん。なに、その『ちょっと悲しいです』みたいな顔」
全く喜んでいない。一体なにが気に入らないのか。
薄暗いからだろうか。
それとも寒いのか。
新米ママは我が子を温めるべく、おくるみの上から素早くさすってみた。
「なんかアゴ曲がったんだけど」
心がすれ違い、離れ、霧のなかをウロウロする新米ママと赤ちゃんクマちゃん。
「僕たちも……というより、冒険者達は誰もここで寛がないから気にしていなかったけれど、中庭と呼ぶには少し、物足りない場所かもしれないね」
美しいものが好きなウィルがシャラ、と腕を組み、辺りを見回した。
森の街で一番大きな酒場の中庭に相応しく、無駄に広い。
明かりは少ない。中庭に面した回廊の、柱の上部に装飾の少ないランプが取り付けられているだけだ。
花もほとんどないのが一番の問題かもしれない。
誰もこないのだから植える必要もないのだろう。
新米ママはもっと我が子を温めるべく頑張っている。
揉まれるおくるみ。
曲がるあご。
中庭評論家は自身の隣で摩擦熱を起こしている一人と摩擦されている一匹の心、想いの向かう先に気付かず
「とても仲良しだね」と評論した。
一見仲良しに見える彼ら。
心はさらに遠ざかり『クマあたためたい船』と『なかにわどこちゃ船』それぞれ別の船で出航してしまっている。
「物足りねぇもなにも、誰もこねぇんだから飾ったってなぁ……」
冒険者ギルドの管理者であるマスターは、中庭評論家の厳しい評価よりもすぐ側で行われる原始的な育児が気になっている。
「揉みすぎじゃねぇのか……」薄暗い中庭で管理者が呟く。
揺れるおくるみのなかでそれなりに温まってきたクマちゃんが、もこもこした口を「クマちゃ……」と動かした。
『クマちゃ、かわい……』
クマちゃんはこの中庭を可愛くせねばなりません、という意味のようだ。
「あ、クマちゃんあったかくなった? お顔可愛くなったねー」
原始人リオはおくるみを撫でまわし、庭ではないものを可愛くしようとしている。
「…………」
クライヴは原始人が何かに似ていることに気が付いた。
あれは、ついさきほど映像の中で見た木製の手と静電気の――。
◇
『揺らすな』
魔王の短く分かりやすい一言でおくるみの揺れはおさまった。
彼に我が子を奪われたリオが暗闇にひそむ獣のようにルークを見ている。
ルークは新米ママからもこもこを取り上げる気はないらしい。
少しだけおくるみを緩め、もこもこした頬をくすぐると、すぐにクマちゃんを返してやった。
「可愛くってなにすんの?」
可愛い中庭を想像できないリオは、戻ってきたクマちゃんの頭に鼻をくっつけ尋ねた。
頷いたもこもこが「クマちゃ……」と肉球で地面を指す。
『ぜんぶちゃ……』
もこもこは殺風景な中庭のすべてをどうにかしたいらしい。
心優しいもこもこが数時間前まで酔っぱらっていたお客様を、精一杯もてなそうとしている。
「えぇ……ずっと住むわけじゃないと思うんだけど」
リオは『ぜんぶちゃ』はちょっと――と嫌そうな顔をしつつ、
「工具とかいる? マスター倉庫あさってきていい?」客のためではなく可愛い我が子のため、庭造りを手伝うことにした。
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