第211話 クライヴを介抱する優しいクマちゃん。

 クマちゃんはもこもこした口元へ運ばれたスプーンをそっとくわえた。

 うむ。とても美味しい。

 クマちゃんの繊細な舌は煮込み料理から上品な甘味と酸味、ブドウの味を感じ取った。

 おそらくこの味は――赤ワイン。

 大人なクマちゃんにぴったりの味である。

 

 子供用ブドウジュースに酔いしれ優雅に晩餐を楽しんでいたクマちゃんはハッとした。

 

 いつの間にか別荘に遊びに来ていたマスターが、顔を押さえているクライヴに心配そうな声を掛けている。


 大変だ。大人っぽい味の料理でやられてしまったのだろう。

 早く牛乳を飲ませないと。



「……口元が……もこ――」クライヴが顔を押さえながら呟き、すべてを理解したマスターが

「……そうか」死神から顔を背けルークに話しかけようとしたときだった。


 子猫がミィと鳴くような「クマちゃ、クマちゃ……」が風通しの良すぎる別荘に響いた。


『クライヴちゃ、牛乳ちゃ……』


 クライヴちゃん大丈夫ですか? 早くクマちゃんの〈甘くておいしい牛乳・改〉を飲んで下さい、という意味のようだ。

 

「えぇ……」心の扉が半開きのリオが遺憾の意を示す。

 食事中の人間に自作の練乳を飲ませようというのか。

 あれで意識を混濁――いや白濁させるつもりか。


 彼らの視線の先にはファンタスティックな牛乳瓶を持つ魔王――の手に肉球を添えるクマちゃん。

 一緒に持っているつもりらしい。


 まるで本数を数え切れないクマちゃんの毛のように――無数の愛らしさがクライヴに襲い掛かる。


「…………」


 死神の意識を絡め取る添えただけの肉球。


「おいクライヴ……大丈夫か……」


 何をしにきたのか忘れたマスター。


 もこもこの好意を無下には出来ない――。

「……感謝する」氷の紳士は無理やりそれを飲み干した。



 室内が愛らし過ぎるもこもこに討たれたクライヴと二本目の牛乳を取り出すクマちゃん、


「いや死んじゃうから」追い練乳を止めるリオ、


「……白いの、それ以上はやめておけ」倒れた人間の口に練乳を入れてはいけない――人間界のしきたりを赤ちゃんクマちゃんに教えているが実は仕事中のマスターでごたごたしていたとき。



「おや。ゴリラちゃんはひとりで取材を続けているの?」


 自由な南国の鳥はゆったりと寛ぎ赤ワインを飲むお兄さんとのんびり会話をしていた。


「――ひとりではない」


 頭に響く不思議な声は透き通ったグラスを見つめ「クマの手伝いならばあれが適役だろう――」ゆっくりと言葉を紡いだ。


 映像の中ではもこもこ製遊具型魔道具が高速で回転している。


『まわってるね……』

『うん……凄いまわってる』

『回ったら心が清らかになるんだっけ……?』

 

 撮影班ゴリラちゃんの魔道具に映る彼女達は、


『おもちゃにも効果があるの……?』


不思議そうに魔道具を眺め、首を傾げた。  

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