第210話 和やかに食事をするクマちゃん達。

 仲良しなクマちゃん達は『クマちゃんニュース見逃し配信』が終わったあとも仲良く、もこもこ製魔道具〈クマちゃんテレビじょん〉を囲んでいた。

 現在の映像では街の噴水広場とそこに集う人々のようすが見られるようだ。


『あれ? このぬいぐるみネクタイしてる~可愛い。ゴリラだけど』

『ほんとだ。クマちゃんとお揃いなのかな? それとも悪の組織の人とお揃い?』

『クマちゃんのお友達のゴリラってことは……ゴリラちゃん……?』

『頷いてる~! 可愛い~! ゴリラだけど』


 街の女性達は皆楽しそうに過ごしている。

 正義のリポータークマちゃんが悪の組織の企みかもしれないものを阻止したおかげだろう。


「え、ゴリラちゃんなんで外いんの? 広場でなにやってんの?」


 荒ぶる魂を持つ男リオの手には『もこもこ飲料メーカーのおいしいイチゴ牛乳』が握られている。

 尖った海産物のような男のためにクマちゃんが『クマちゃ……』『えぇ……いま甘いもの欲しくないんだけど……』と持たせたものだ。


 ルークの膝でもこもこしていたクマちゃんが、両手の肉球をテチテチと叩き合わせ「クマちゃ……」と言った。


『ニュースちゃ、街頭取材ちゃ……』


 クマちゃんニュース、街頭インタビューですね……、という意味のようだ。


「街頭取材? つーかこれもクマちゃんニュースなんだ」


 おいしいイチゴ牛乳を一口飲みつつ「へー……やべ、こぼした」というリオ。


 仲間達の視線がイチゴ牛乳をこぼしたウニへ集中する。

 間抜け面を確認した彼らはすぐにクマちゃんニュースの視聴へ戻った。


「え、何いまの。ちょっとこぼしただけじゃん!」


 こぼしウニが高波のように荒ぶり心をガンガゼのように尖らせている。

 己の過失を認めないつもりらしい。


 映像からは女性達が街頭インタビューに答えるようすが流れてくる。

 おそらくお兄さんがゴリラちゃんに撮影用の魔道具を持たせたのだろう。


 女性達が視線をずらし、何かを読み上げている。


『え~と、今欲しい物は? 欲しい物……あ! アレがいい! アレ!』

『そう、あのお菓子! 今日ねぇ、クマちゃんのケーキを食べた人達が、凄く美味しかったって感動してて……』

『いいなぁ~、私たちもたべたいな~って話してたの』


 彼女達は天才パティシエクマちゃんが作ったふわふわイチゴケーキの話をしているようだ。

 ルークの膝の上ではいつのまにか手帳を持ったクマちゃんがふんふんふんふん湿った鼻を鳴らし、キノコのペンで何かを書きなぐっていた。


「いやクマちゃん手帳に顔近付けすぎでしょ」


 距離感も常人離れしているクマちゃんへ『それだと書けませんよね?』含みを持たせた視線を送るリオ。

 もこもこは手帳に覆いかぶさっている。


 熱心にメモを取るクマちゃんの何かに猛烈に心を打たれてしまったらしいクライヴは、高級籠ソファの肘掛けを強く掴み、苦痛に耐えていた。


「おや、夕食が届いたようだね」


 ウィルが薄い紗で遮られた入り口へ視線を向ける。

 クマちゃんがキノコ爆弾のようなペンで叩き壊した壁は、非常に風通しがいい。

 小さな音も遮らない。

  


 ふわふわのソファに囲まれた低いテーブルに、本日の晩食が並べられた。

 中央にはルークが移動した〈クマちゃんテレビじょん〉クマちゃんニュース街頭取材中。

 魔王に重さは関係ないらしい。


 今日のメニューは豆と肉の赤ワイン煮込み、色鮮やかな焼き野菜のマリネ、新鮮トマトのサラダ、見覚えのあるポテトチップス、各種チーズ盛り合わせである。

 クマちゃん専用煮込みにはブドウジュースが使われ、見た目も大人達と一緒になるよう細心の注意が払われている。


「…………」


 リオはイモ味のイモへ視線をやった。

『あれ美味しいけど味しないやつじゃん』が飛び出しそうな二秒前。

 己を律した男がスッともこもこを見る。


 魔王の膝でもこもこしているクマちゃんが、可愛いお口をもこもこ動かしている。

 煮込み料理をじっくりと味わっているようだ。

 チャチャッと愛らしい舌の音が聞こえる。

 とても美味しいらしい。


「…………」


 クライヴは食事の手を止め苦しんでいる。


「えぇ……」


 リオが心の声を漏らし、ちょうど外から入って来たマスターが、


「おいクライヴ……大丈夫か――」


『煮込みでやけどか――』事件を心配する探偵のように渋い表情で彼を見た。

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