第205話 想像を超えるクマちゃんの力

『クマちゃ……』と愛らしい声で答えてくれたもこもこ。

「いや『へー……』とか言ってる場合じゃないんだけど」と恐ろしいもこもこを見るような目でもこもこを見たリオ。


 まさか――きちんと話を聞かなかった報復だろうか。

 いや、赤ちゃんクマちゃんは癒しのもこもこだ。

 陰険なもこもこではない。

 なんとなく間抜け面のリオの『へー』を全森の街にばら撒きたかっただけなのだろう。


 彼の膝の上で「クマちゃ……」と繰り返すもこもこ。

 ついに異界への入り口を発見したのか――。

 と疑いたくなるほど突然どこかを見つめ出す猫のように、じっと壁を見つめ、『へー……』と相槌を打っている。


「えぇ……」リオの口から似て非なる声が零れた。 

 

『そんなとこ誰もいないでしょ!』と怖い話が苦手なリオがもこもこを叱る前に、彼は室内からお兄さんが消えていることに気が付いた。


「え、お兄さんどこ行ったの」



「え、クマちゃんお兄さんは?」かすれた声で尋ねたリオに、もこもこが「クマちゃ……」――おにょとへー……――と伝え「何か分かんないけど絶対違うでしょ!」と彼の信じる心をかすれさせていた頃。


 

「何だったんだ……」


 マスターは映像のリオが地面にピンク色の草を立てている姿を見ながら呟いた。


「え、さっきの何?」

「悪の組織の合言葉じゃね?」

「へー……」

「へー……」


 キラキラと増える草を見つめつつ、どうでもいいことを話し合う冒険者達。


 再び映像から流れる『へー』


「口癖か……?」


 真剣な表情で時間を浪費するマスター。


「うーん、一瞬で草が増えたね」

 

 ウィルはもこもこの不思議な草に驚き、感心した。

「あとで実物を見に行ってみようかな」と頷いている。


 目を覚ました死神は、何事も無かったように椅子に座り、愛らしいリポーターと草を見つめていた。

 もこもこが輝くそれに埋まってしまった瞬間、映像へ手を伸ばしかけ、ぐっと拳を握る。

 

「寒い……」


 会議室で遭難しそうな冒険者達。



『――クマちゃ――』――もっとちゃん――。


『えぇ……。つーかこれ増やしてどうすんの? みんなで振んの?』



 映像の中の草はどんどん増えていった。

 皆の気持ちを代弁するように、悪の組織代表がリポーターに質問する。

 もこもこが猫のようなお手々でサッと口元を押さえ、愛らしさで皆が和んだときだった。



 映像が切り替わり、もこもこした可愛いお顔が――はみ出すほど――大きく映し出される。

 ほぼすべての人間の心が『可愛いけど近い』で埋まり、視線の先のもこもこしたお口が動いた。



『――クマちゃ、クマちゃ――』――草ちゃん、解決ちゃん――。



「すべてが解決する……?」 


 マスターが顎髭をなで、眉間に深い皺を寄せる。


 予告なく切り替わる映像。

 左上の文字が『生中継』に変わる。


 映っているのはおそらく、先程までとは別の街外れの森。

 よく見ると、中央に小さな〝もや〟がある。


「え、まだあったの?」

「また除草剤……?」

「悪の組織め……!」

「暇なのか……?」


 ざわつく会議室。


 映像の端から、ピンク色の光が凄い勢いで進んできた。

 光がもやを吞み込み、会議室に「便利な草すげー!」「マジで便利じゃん!」と歓声が上がる。


 切り替わる映像。

 そのたび〝もや〟は光に吞まれる。

 何度も上がる歓喜の声。


「草やべー!」

「草格好いいー!」


 褒め称えられるクマちゃんの便利な草。


 あちこちにある小さな〝もや〟。

 次々と勝利する便利な草に「草最高ー!」と興奮状態の会議室。


 新たな勝利を期待する彼らの予想を裏切り、次の映像はどこかの街を見下ろすような、不思議なものだった。



「森の街の上空か……?」


 マスターは難しい表情で目を細めた。

 鳥にでもなったような視点だ。

 街の周りが微かにピンク色に光っている。

 もう少しで円は繋がるだろう。


「草頑張れー!」

「あとちょっと!」


 便利な草のファンになった冒険者達が、熱い声援を送る。

 

 あ、繋がった――と誰かが言った。



 見下ろす街は何も変化がないように見えたが――突然光が爆発したように、映像が白く染まった。



「まぶしすぎる!」

「便利な草光り過ぎ!」

「目が草で……!」


 目を押さえた冒険者達が叫んでいる。


「おい、もう見て良いぞ」


 優しいマスターが顔を隠す彼らに声を掛ける。


 

 鳥のように真上から見る街は、まるで美しく輝く魔法を掛けられたかのように、キラキラと煌めいていた。



「……凄いね。クマちゃんの癒しの力は」


 南国の鳥のような男が静かに呟いた。

 色々と考えなければいけないことがあるはずだが、クマちゃんの力に圧倒され言葉が出てこない。


「ああ、そうだな」


 魔王は色気のある声で愛しのもこもこを称賛した。

 癒しの力を褒めているのではない。

 ルークが褒め称えているのは愛らしく心優しいもこもこだ。


「――――」

  

 死神は浄化されてしまったかのように、何も言わず、綺麗な顔で癒しの力に包まれた街を見つめている。

 

「まさか……死ん……」


 誰かが声を震えさせる。

 冒険者の男は初めて見た『穏やかなクライヴ』に――怖くないということは……生きてない……! と別の恐怖を感じた。



 もこもこを抱えるリオは口を開け、映像を観ていた。


「え、なにいまの」


 彼は無理やり視線を動かし、膝の上のもこもこを見た。

 もこもこは彼を見上げ「クマちゃ、クマちゃ」と愛らしい声で答えた。


『草ちゃん、解決ちゃん』と。

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