第202話 クマちゃんのもこもこリポート。仲良しな彼らの悪の組織ごっこ。

 リオは心優しいもこもこの悲しそうな『クマちゃ……』に負け、俯いたまま静かに、癒しのもこもこポテトチップスを食していた。


 ――イモの味が前面に出ている。

 まるで、イモを薄く切り、パリパリに揚げ、勇ましくシュッ! と塩の瓶を振り、中身が空だったときのような――。

 これは、やや塩味というより――イモ味。

 

 どうでもいいことを考え、クマちゃんニュースから目を逸らす。

 先程見た映像には、態度の悪い現地人が映っていた。

 これ以上は見ない方がいいだろう。

 傷を増やす必要はない。

 

 己の行いを振り返りたくない派リオの想いを知らない親切な赤ちゃんクマちゃんが「クマちゃ……」と愛らしい声で彼に尋ねた。


『大きいちゃん……』


 見にくいですか? もっと映像を大きくしますか? という意味のようだ。

 

「イヤイヤイヤめっちゃ見えてるから。なんなら塩くらいの大きさでいいから」


 イモ味のイモがのった皿だけを見つめていたリオは素早く顔を上げた。

 観ないなら視界に入るまでデカくしてやるという脅しか。

 なんて恐ろしいもこもこだ。


 彼の言葉『なんなら塩くらい』から、高性能なお耳で『な――な――おく――』を聞き取ってしまったクマちゃんは、両手でサッと口元を隠し「クマちゃ!」と叫んだ。


『七億ちゃん!』


 赤ちゃんなもこもこは、大きすぎる数字に怯え、もこもこもこもこと震えていた。



『塩くらい』と『七億ちゃん』が「イヤイヤイヤイヤ七億倍はイカレすぎでしょクマちゃん、そんなことしたらクマちゃんニュースでお空が埋まっちゃうでしょ! 取り合えずその杖仕舞って――」「クマちゃ……!」と戦い、若干優勢の『七億ちゃん』がもこもこのお手々で杖を『クマちゃ』していた頃。


「ん? 随分でかいな……丁度、実寸大くらいか?」


 マスターは椅子を後ろへ下げ、大画面の迫力を楽しんでいた。


 見やすくなった映像から、怪しい現地人のかすれ声が途切れ途切れに聞こえてくる。


『クマちゃん――さ――悪の組織作ろう――ね?』


『作らないなら――クマちゃん――入る?』


 赤ちゃんクマちゃんを怯えさせる金髪を眺め、マスターは目を眇めた。


「何をやってるんだあいつは……」



「…………」


 会議室に冷気が渦巻いている。

 映像の何かが死神の冷たい心を揺さぶっているようだ。


 ――寒い……――。


 もの悲しい声は氷晶のように解け、消えた。


 意外と優しい魔王様が魔力で室内を暖め、冒険者達から「ルークさん……好き……」と愛を伝えられているあいだに、クマちゃんニュースでは『すごいちゃん』なことが起こったらしい。



『……普通の森じゃね?』 


 もこもこしたリポーターを抱えた現地人リオが、かすれた声で答えた。

 映像には、樹、野草、地面、薄紫の小さな花、降り注ぐ木漏れ日――彼の言葉の通り、普通の森が映っている。



「確かに、普通に見えるな……」


 腕を組んでいたマスターが、片手を外し、難しい表情で顎髭をさわった。


「…………」


 魔王様なルークは肉球が指す場所へ一瞬視線をやり、再び愛しのクマちゃん観賞へ戻った。

 危険なもやより可愛いもこもこな魔王。



 クマちゃんニュースのリポーターは特ダネを掴んだようだ。


『――クマちゃ、クマちゃ――』――悪の組織ちゃん、やったちゃん――。


『つーか悪の組織何もしてなくね?』


 映像の中の一人と一匹が悪と正義に分かれた。

 正義のもこもこリポーターがミィミィ、と子猫のように見つけた証拠を、悪の現地人がグシャ――ともみ消している。


 社会派おままごと『悪の組織を〝クマちゃ〟するクマちゃん』の名場面だ。



「外道な現地人だな……」

 

 マスターが呟き、室内に雪が降る。


「……おいクライヴ、気持ちは分かるが雪はやめろ」



 彼らが会議室積雪十五センチ事件を解決しているあいだに、クマちゃんニュースのもこもこリポーターはキュオーと立ち直った。


 悪の組織が撒いた除草剤を発見してしまったと悲しむ、正義のもこもこリポーター。

 悪の組織の幹部、現地人リオは、悪事の証拠と雑草を、闇へと葬っているらしい。

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