第182話 優しいクマちゃんの元気になる計画。

 顔色の悪い人間ばかりを探してくる死神と南国の鳥の動きも気になるが、愛らしい我が子の「クマちゃ……」が一番気になるリオは、


「どしたのクマちゃん。何が大変なの」


出来るだけ優しい声で、彼の腕の中でもこもこしているおくるみちゃんに尋ねた。

 ふわふわの布でふんわりとおくるまれた可愛いクマちゃんが、幼く愛らしい声で「クマちゃ、クマちゃ」と慌てたように答える。


『顔色ちゃん、ナスちゃん』と。


 街の人たちはお腹が空きすぎて顔色がナスのようになっています、と言っているようだ。


「顔色激し過ぎでしょ。それナマコとかの色じゃん」


 リオは我が子に優しく教えてあげた。

 例える色が濃い、と。

 もこもこしたおくるみちゃんが「クマちゃ……」と真剣な表情で頷いている。


『ナマコちゃん……』と。



 おくるみクマちゃんはリオの言葉を聞きながら真剣に考えていた。

 大変だ。

 街の人たちは空腹でナス色のナマコになってしまったらしい。

 お顔に元気がない。

 ナマコだからだ。

 

 クマちゃんがうむ、と頷き、ナマコもケーキを食べるだろうか、と思ったときだった。

 頭の中に不思議な言葉が浮かんできた。


 ――くるくる……楽しい……メリーゴーラウンド……コーヒーカップ……担架――。


 クマちゃんは難しいことは分からないが、言葉と共に浮かんだ映像はくるくるしていてとても楽しそうだ。

 あれに乗って美味しいケーキを食べれば、ナマコの方たちもすぐに元気になるだろう。


 うむ、と頷いたクマちゃんが、ささっと素早く広場を見回し、お馬さんを探す。

 残念ながら、ここにはいないようだ。

 くるくるするのは他のものでも良いらしい。

 食器をお兄ちゃんからたくさん購入しよう。

 ベッドも一緒に回せば、くるくるで具合が悪くなった時に楽しく休めるかもしれない。



 リオが静かになったもこもこを撫でつつ、かすれた声で「ナス……」と呟き、ウィル達がどこからか探してきた――もうすぐここに来てしまいそうな――顔色の悪い人間達をぼーっと眺めていると、腕の中の小さなもこもこがもこもこと動き出した。


「どしたのクマちゃん。どっか行きたいの?」


 新米ママリオちゃんは愛らしいもこもこが動きやすいよう、おくるみを緩め、かすれ声で尋ねた。

 腕の中のクマちゃんがつぶらな瞳でリオを見上げ、「クマちゃ、クマちゃ……」と一生懸命説明している。


『お兄ちゃ、お買い物ちゃ』と。


 もこもこはお兄さんから買いたいものがあるらしい。


「んじゃ一緒行こ」


 もこもこを抱えたままリオが立ち上がり歩き出すと、後ろからケーキを持った女性達がついて来た。

 立ったまま食べるわけにもいかず、可愛すぎるもこもこから離れたくもないらしい。

 仕草で『そのテーブル使っていーよ』と伝えたつもりだったが、一点を見つめ続ける彼女達の瞳が言っていた。


『いいえ、私達はクマちゃんを見ていたいんで』と。



 彼にとっては『行く』というほどの距離ではない、後ろのテーブルへ移動し、怠惰な格好で椅子に座り長いまつ毛を伏せているお兄さんの顔の前に、愛らしいおくるみクマちゃんを掲げる。


「お兄さん、クマちゃん欲しい物あるらしいよ」


 リオがお兄さんを起こすと、クマちゃんが幼く愛らしい声で「クマちゃ、クマちゃ……」と黒髪の妖美な彼に説明を始めた。

 おっとりしているクマちゃんは、おしゃべりする時もゆっくりだ。

 しかし、今はとても急いでいるらしい。

 話す速度は普段とそれほど変わらないが、クマクマしすぎて何を言っているのか分からない。

 とにかく急いでいるのだろう、と感じた彼はウィル達へ『ちょっと待ってて』と合図を送ったり、魔石を用意したりしつつ、お兄さんからお買い物中の我が子を見守った。



 リオはテーブルに積み上げられたものを見て言った。


「何かすげぇ不安になるんだけど」


 もこもこした生き物は彼の言葉を聞かず、お兄さんに小さくして貰った鞄をごそごそと漁っている。

 子猫のような大きさになっているクマちゃんが取り出したのは、愛用の杖だ。

 

 もこもこは小さな黒い湿った鼻の上にキュッと皺を寄せると、ピンク色の肉球が付いた猫のようなお手々で、真っ白な杖を振った。


 クマちゃんの癒しの力が広がり、テーブルの上がキラキラと輝く。

 お兄さんから小さなハートで購入した、おままごとに使うおもちゃのような商品たちが次々と大きくなり、ふわり、くるり、と宙を舞い、組み立てられてゆく。


 一番下に置かれた、家が載せられそうな巨大な皿。

 その上には、可愛らしいクマちゃんのような、複数の真っ白なマグカップ。

 何故かかぼちゃの形をした乗り物、イチゴの形のテーブルセット、鍋。

 巨大なコップ、グラス、円形のベッド。

 柱のように建てられた細いスプーン、フォーク。

 屋根のようにのせられた、逆さまのお花。柱に巻き付く蔦やつぼみ。果物のような形のランプ。


 ぽん、ぽん、と明るい音が鳴り、お花や果物そっくりのテーブルと椅子が、不思議な何かを囲うように設置されていった。


  

 可愛らしくて不思議な、初めて目にする楽し気な何かに、街の人間達の大きな歓声が上がる。


 近くで見ていた女性達も「なにこれー! 凄ーい! 赤ちゃんなのにクマちゃん凄すぎる……」「わぁ……! 可愛い! ……クマちゃんてもしかして凄い魔法使いなの?」と小さなクマちゃんの素晴らしい魔法に感動している。

 

「うわ、すっげぇ。クマちゃんこれ何? めっちゃ可愛いけど……鍋とベッドって一緒に置くもんじゃなくね?」


 リオは彼らと一緒に感動したかったが、無邪気に喜ぶことが出来なかった。

 細かいことが気になる男は食器と共に置かれたベッドが気になっている。背中がざわざわするのは、ピンク色で円形だからだろうか。

 もこもこは返事をしない。お片付けで忙しいようだ。

 杖を仕舞った魔法使いが、おくるみの中へ戻ろうとごそごそ動いている。

 新米ママリオちゃんは「クマちゃん寒い? ちょっと待ってねー」と愛らしい我が子のおくるみをささっと綺麗に整え、反省した。

 謎の建物は気になるが、ただの可愛い椅子かもしれない。あまり疑っては頑張ったクマちゃんが可哀相だ。



 ――彼の不安は間違いではない。

 なんと、可愛らしいこの装置は近々回転し、顔色の悪いナマコ人間は回転しながら顔色が良くなるまで楽しく収容されてしまうのだ。


 子猫のように愛らしいもこもこが、ナマコを元気にする計画を立てながら「クマちゃ……」と静かに頷いていた。

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