第172話 クマちゃん頑張る!
魔道具から出てきた愛らしいもこもこと、もこもこが魔道具から出てくるのを待っていたリオが再会し、「あーもこもこ。マジもこもこ……めっちゃ鼻濡れてて可愛い……」「クマちゃ」と互いの存在を確かめ合っていた頃。
学園の彼らは、学園の裏、もこもこ桃源郷内、愛のイチゴ畑の前にいた。
「何だこのやべぇ状態の家は……! 屋根が発芽しちまったのか……? 畑もドロドロじゃねぇか……!」
農場長が荒らした畑を見てしまった副会長は、イチゴっぽい屋根の家のおもちゃだったものの末路に慄いている。
彼は小さな声で「ここだけ雨が降ったってことか……天使なクマちゃんの可愛い看板に、雨雲が興奮したんだろうな」と納得したように呟いた。
「私の可愛いクマちゃんのお家の模型が……!」
繊細な美形の生徒会長が、悲しみの表情を浮かべ叫んだ。
真面目に授業を受けている場合ではなかった。
まさか模型の屋根から発芽し、そのうえたった一晩で茎が伸び、わさわさになってしまうなんて――。
「そんな……。一つ目の模型は本物のイチゴだったんでしょうか……。もう一つ買っておいて良かったですね」
冷静な会計は畑のドロドロしていない部分にそっと、イチゴ屋根の家の模型、その二を置いた。
◇
仲良しな一人と一匹はお菓子作りを再開していた。
五分に一度は「クマちゃ」「クマちゃんはもこもこで可愛いですねー。あーマジもこもこ」と仲良くお顔をくっつけたり、撫でたりしながら。
テーブルに載せていた大きな魔道具を敷物へ下ろし、代わりに置いたのは、天才魔法使いクマちゃんが作ったもう一つの魔道具だ。
「クマちゃんこれ何に使うの?」
リオは彼の膝に座り肉球のメンテナンスをしている可愛いもこもこに、かすれ気味の声で尋ねた。
もこもこが頷き、頭巾に生えた茎と葉が揺れる。
幼く愛らしい声が「クマちゃん」と彼に答え、猫のような愛らしいお手々が、魔道具の正面に付いたドアにふれた。
――ドアはパカ、と簡単に開いた。
『お菓子ちゃん』
素敵なお菓子を素早くシュッ! と作る魔道具です、という意味のようだ。
天才パティシエが下を向き、斜め掛けの鞄をごそごそしている。
「へー、お菓子ってこれで作るんだ」
天才魔法使いクマちゃんが作った素晴らしい魔道具に感動したリオは、「すげー」と本体の上にのっているイチゴの帽子や、気になる部品を指でつついた。
素早くシュッ! という部分は彼には伝わらなかったらしい。
パティシエが鞄から何かを取り出し、魔道具の中へ入れてゆく。
肉球が掴んでいるのは、卵、牛乳瓶、小麦粉の入った袋、お砂糖の入った瓶――。
そのすべてが、お人形遊びに使うような可愛らしい、猫のようなお手々にのせられる程度の大きさだった。
「ちっちゃ!!」
脳に口が付いてしまっている男から素直な感想が飛び出す。
計量用の魔道具に入れたものがあの形になったのだろう。
しかし、あれは本当に計量したと言えるのだろうか。
お菓子作りには詳しくないリオだったが、もこもこのやりそうなことは分かる。
奴が作った魔道具は重さをはかるものではなく、可愛くするためのものなのでは――。
一生懸命肉球を動かしているもこもこへ疑いの眼差しを向けるリオ。
助手が限界まで細めた目で後頭部を見ていることに気付かないパティシエは、小さくて可愛いそれらを一つずつ、ドアの中へと収納していった。
すべての材料が入った魔道具を見たもこもこが「クマちゃん……」と深く頷いた。
『クマちゃん……』と。
いよいよですね……、という意味のようだ。
緊張した天才パティシエが湿った鼻先を肉球でこすり、プシッ!! と猫のようなくしゃみをする。
ふわふわの毛が敏感なお鼻をくすぐってしまったらしい。
「クマちゃん寒い? また鼻水出てるし。つーか壁壊したせいじゃねーの」
繊細なパティシエの緊張に気付かない助手が、ふわふわの布で小さな黒い湿った鼻を拭いたり、もこもこの体を優しくさすったりしながら、失礼なことを言う。
もこもこの高性能なお耳が、赤い頭巾の中でぴくりと動いた。
『クマちゃん――またはなみ――した――い――ねー――』
振り返ったもこもこはつぶらな瞳で彼を見上げ、もこもこした口元を両手の肉球でサッと押さえた。
彼が消えかけの声で呟いた切ない願いを聞いてしまったクマちゃんは、真剣な表情で考える。
切ないリオちゃんはクマちゃんと一緒にお花見をしたいようだ。
毎日見ているお花だけでは足りないくらい、彼もお花が大好きなのだろう。
「え、なにクマちゃん。その凄い事聞いちゃった! みたい反応。めっちゃ気になるんだけど」
リオちゃんが『クマちゃん――凄い――みたい――ノー――めっちゃ気になるんだけど』と言っている。
待ちきれないらしい。
リオちゃんは今すぐ駆け出してしまうのだろうか。
クマちゃんはあと三分くらい待ってほしい感じである。
楽しくお花見をするには、美味しいお菓子が必要なのだ。
リオちゃんが走り出してしまう前に、クマちゃんが説得しなければ――。
お目目を大きく開き、もこもこのお手々を口元に当てているクマちゃんが動き出すのを待っていたリオに、「クマちゃ、クマちゃ」と愛らしい声が返ってきた。
『リオちゃ、クマちゃ、まだなノー』と。
「え、なにが? つーか『ノー』が気になるんだけど」
話の内容よりも妙な口調が気になるリオ。
「疲れた? 休憩する?」
リオは優しく声をかけたが、もこもこはとんでもないことを言われたもこもこのようにもこもこもこもこと震え、幼く愛らしい声で「クマちゃ……」と呟き、魔道具の操作へ戻ってしまった。
『クマちゃ、まだなノー……』と。
とにかく何かが『まだ』なのだろうと悟ったリオは、風でゆらめくカーテン、その向こうに透ける、美しい花畑と湖を眺めながら、もこもこの準備を待つことにした。
もこもこは魔道具に付いた、上向きの猫のお手々のようなそれに、両手の肉球をのせる。
天才パティシエの動きに気付いたリオが、可愛いお手々が魔道具を操作するようすを、優し気な眼差しで見守っている。
肉球の形のボタンに肉球をのせて、お菓子を作るのだろうか。
(可愛い)
猫のようなお手々に視線を移したリオが微笑み、もこもこはお布団をふみふみする子猫のように、肉球型のボタンをふみふみした。
「クマちゃ」
もこもこが発する可愛い声。
パカ――と外れる魔道具のイチゴ帽。
「え」と驚くかすれ声。
帽子の代わりに開く穴。
シュッ――!
射出されたパティシエの高級菓子。
「え!!」
動けないリオ。膝の上にはパティシエ。
「――何事だ」
騒ぎに気付いたお兄さん。何故か天井へ飛んで行く、幼きもこもこが作った大事なお菓子。
お菓子を救助する闇色の球体。
続々と発射されるパティシエの高級菓子。
「待って待って待って! クマちゃんのお菓子めっちゃ天井飛んでってるから!!」
叫ぶリオ。
壊れた壁の外まで響く『――めっちゃ天井飛んでってるからー……――』
「クマちゃ……!」
『クマちゃ、まだなノー……!』
時間に追われ、急ぐパティシエ。
天才パティシエは走り出す寸前のリオちゃんのため、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れ、一生懸命肉球型ボタンをふみふみした。
仲良しすぎる彼らが仲良く作ったお菓子が、ついに、完成する――。
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