第171話 仲良しすぎて大変なお菓子作り。

 材料を読み上げていたもこもこが「クマちゃ」と言うたびリオがもこもこを撫でるという仲良しな時間をはさみつつ、ようやく最初の作業を終えた一人と一匹。

 ――因みに最初の作業は、お菓子作りに使う材料をテーブルの上に置くこと、である。


 もこもこに「クマちゃ」とお願いされ、リオは計量用の無駄に大きな魔道具を作業用のテーブルへ運ぶ。


「クマちゃんこの魔道具全然材料はかれそうに見えないんだけど」


 もこもこを抱えたリオは、中央に丸い穴の開いたクマっぽい魔道具を眺め、素直な感想を呟く。

 天才パティシエが幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と答えた。


『クマちゃん、受け取るちゃん』と。


 リオちゃんから受け取った材料を、クマちゃんが素早くはかるので大丈夫です、という意味のようだ。


「俺が渡せばいいの? 一回テーブルに降りる?」


 なんとなく理解した彼は、腕の中のもこもこの頬を擽るように撫でつつ、「そのほうが作業しやすいんじゃね?」ともこもこに尋ねる。

 もこもこしたパティシエは「クマちゃ」と答えた。

 その必要はありません、という意味だ。

 今は降りたくないらしい。


「絶対やりにくいと思うんだけど」


 リオはもこもこを無意識に撫でまくりながら考える。

 彼がもこもこを抱えたまま、猫の手のような先の丸い可愛いお手々を魔道具の前まで運ぶ方法を。

 両手でもこもこの胴体を掴み丁度いい位置で支える、というやり方の他に何かあるだろうか。


 左手で頭巾から生えた茎を掴み、右手で材料を手渡す。――そんなひどいことはできない。

 左の手のひらにクマちゃんを立たせ、右手で材料を手渡す。――リオには簡単だが、赤ちゃんクマちゃんには難易度が高すぎる。材料もクマちゃんも彼の手から『クマちゃ!』してしまうだろう。

 

 リオが「やべー全然思いつかねー」と悩み、腕の中のもこもこを撫でまくっていると、もこもこが「クマちゃ、クマちゃ」と可愛い声で喜んでいるのが分かった。

 彼に撫でられるだけでこんなに喜ぶ愛くるしい赤ちゃんクマちゃんを、硬くて温もりの無いテーブルの上に降ろすことなど出来ない――!

 ふんふんふんふんと湿った鼻息を熱くさせ彼の手をペロペロする、愛らしすぎるパティシエを抱え苦悩し続ける彼は、『硬くて温もりのない――』と自身が思い浮かべた言葉にハッとなった。


「お兄さんちょっと手伝って欲しいんだけど」



 リオはもこもこを見守ってはいるが座っていただけのお兄さんにお願いし、お菓子作りに必要なあれこれを隣の部屋へ運んでもらった。

 温もりだらけのこの部屋には、もこもこが謎のキノコで叩き脚を短くした、低いテーブルがあるのだ。

 もこもこを抱えたままフワフワの敷物に座り、魔道具をテーブルの端へずらす。

 完璧だ。これならもこもこを膝に乗せ、両手を使うことができる。


 彼の膝に座り、彼の腕に猫のような両手をかけている天才パティシエも「クマちゃ……」と深く頷いている。

 素晴らしい……、という意味のようだ。

 赤ちゃんクマちゃんはお膝抱っこも好きらしい。


「お兄さんありがとー」


 リオは手伝ってくれた高貴な彼に礼を言った。

 しかし彼はもう、もこもこが作った素晴らしい高級籠ソファに横になり、みぞおちのあたりで両手を軽く組み合わせ『――私はここで休む』という意を示している。

 まだ午前中だが、よろず屋お兄さんは閉店したようだ。

 次に何かを頼むときは、一人掛けのソファに座っているゴリラちゃんにお願いすればいいだろう。


「何からはかる?」


 ソファと自身の背の間にクッションを積み上げ、素晴らしい巣を作り上げた巣作り職人リオは、膝の上のもこもこを撫でつつ、まったりと尋ねる。

 ――因みにマスターとルーク達は楽しくない会議中である。


 彼の手を肉球で掴まえ「クマちゃ」していた愛らしい天才パティシエはハッとしたように動きを止め、幼く愛らしい声で「クマちゃん――」と、凛々しく答えた。

 

『卵ちゃん――』と。


 キリッとしたもこもこが、ペロ――と肉球をひと舐めする。


 リオは己の手に浄化魔法を掛け直し、もこもこの愛らしい肉球を「はいクマちゃん、お手々綺麗にしましょうねー」ともう一度綺麗なお水とふわふわの布で拭いた。


「はい、卵……つーかこれ殻ついたままなんだけど」


 彼は天才パティシエの美しい肉球にそっと卵を渡すと、かすれた声で疑問を口にした。

 しかし、殻の付いた卵を両手の肉球でムニ、と掴んでいるパティシエは非常に忙しいらしく、答えは返ってこない。



 卵を握っているもこもこは、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れ、考えた。

 今からクマちゃんは最速で材料をはからなければならない。

 時間との戦いである。

 素早く、華麗に肉球を動かさなければ――。

 


 緊張感を漂わせたもこもこが、肉球と卵をスッと魔道具の穴へ近付ける。

 もこもこの緊張を知らないリオが「へー、その穴ではかるんだー」と吞気な声を出している。


 天才パティシエが素早い動きで、卵を持ったもこもこの腕を、魔道具の穴の中へシュッ! と突っ込んだ。


 室内にぐしゃ、と妙な音が響く。


「なに今の音」


 気付いた助手が「クマちゃん割ったでしょ!」と言うが、天才パティシエは忙しそうだ。


 丸く開いた穴の中に短い腕を入れ、ガタガタ! ガタガタ! と魔道具に頭をぶつけながら一生懸命肉球を動かしている。


「クマちゃんおでこぶつかってるって!」


 助手はもこもこの可愛いおでこを片手で保護し、『クマちゃん、駄目!』と厳しい声を出すが、忙しいパティシエには聞こえていない。

 一つ目の計量を終えたらしいパティシエがふんふん、ふんふん、と熱く湿った鼻息をもらし「クマちゃん――」と次の材料を告げた。


『卵ちゃん――』と。


「えぇ…………つーかその魔道具構造に問題あると思うんだけど」


 リオは人間の不安を煽る音しか出さない魔道具に嫌そうな視線を向け、素直な感想を伝える。

 助手の『えぇ――魔道具――ある――』を聞いたパティシエは深く頷き「クマちゃん――」と言った。

 

『いい、魔道具ちゃん、ある――』と。


「えぇ…………つーか口調おかしくね?」


 パティシエの高性能なお耳に何が届いてしまったのか知らないリオの口から、肯定的ではない声が漏れる。

 リオは自身の膝に座る愛らしいパティシエに『なんて話の通じないもこもこだ!』という視線を向けつつ、次の卵を渡した――。



 合間に「クマちゃん――」という材料名をはさみ、「クマちゃんはもこもこで可愛いですねー。あーマジもこもこ。すげーもこもこ」と甘えっこなパティシエを撫でまくり、仲良く作業を進めた一人と一匹。


 もこもこにすべての材料を渡したリオは、ふと気が付いた。


「はかった材料どこいったの?」


 彼の手を肉球で掴み、ふんふん、と小さな黒い湿った鼻で何かを確かめているらしいパティシエに、リオがかすれた声で尋ねる。

 もこもこしたパティシエは彼を見上げ、深く頷き、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と答えた

 

『クマちゃん、とってくるちゃん』と。


 クマちゃんが取ってくるので、待っていてください、という意味だ。


 猫のようなお手々を前へ伸ばしたもこもこが、魔道具にそっと肉球をふれさせる。

 魔道具がドアのようにパカ、と開いた。

 中は真っ白で、何も入っていないように見える。


「へーそれ開くんだ」


 リオが驚きの声を上げる。 

 甘えっこなパティシエは、安心する地を離れ、リオちゃんの膝から目の前の魔道具へ、ヨチヨチもこもこと入っていった。

 もこもこが中へ入ると、横からドアのように開いていた魔道具の蓋が、パタ、と勝手に閉まる。


 見守る彼の視線の先で、魔道具がガタガタと揺れている。

 もこもこが中で動き回るには狭いせいだろう。

 丸い穴からはもこもこの赤い頭巾が見える。しゃがんで作業をしているのだろうか。

 リオはなんとなく、穴へと手を近付けた。


 その瞬間。

 穴から、シュッ!! といつもよりも素早い動きで、肉球が飛び出してきた。

 

 猫のようなお手々が丸い穴から突き出ている。 

 ピンク色の肉球がとても愛らしい。

 もこもこした口元と黒い鼻が半分見えているのも、非常に気になる。


 小さな黒い湿った鼻に触りたくなったリオが、穴の中に手を入れようとすると、もこもこしたお手々がテチテチテチ! と肉球で叩いてきた。

 穴から肉球を出している猫そのものの動きだ。

 クマちゃんの愛らしいふんふん、ふんふん、という鼻息が聞こえる。


 リオがスッと手を動かし、肉球をかわそうとする。

 肉球がシュッ! と彼の手を追いかける。

 追いかけられた彼はクマちゃんの可愛いお手々をキュッと掴んでみた。手触りの良いもこもこした細いお手々と、丸い肉球の素晴らしい感触だ。

 魔道具の中から「クマちゃん! クマちゃん!」と言う愛らしい声が聞こえる。


 掴むのは反則行為らしい。


「ごめんごめん、ほらもっかい遊ぼ」


 作業を中断し、もこもこの湿った鼻を狙う悪党と、狭すぎる城を防衛する勇敢な戦士ごっこを楽しむ、仲良しな一人と一匹。

 


 楽しい時間を過ごし「やべぇ、遊び過ぎた」と気付いたリオが、


「クマちゃん材料集め終わった?」


ともこもこに尋ね、もこもこが「クマちゃ……」と答えた。


『もう少しちゃ……』らしい。


 リオと遊んでいたせいで終わっていないのだろう。

 もこもこの作業の邪魔をしないよう黙っていたリオだったが、ガタガタ揺れる魔道具から幼く愛らしい声が「クマちゃ……」と聞こえてきた。


『リオちゃ……』と。


 リオちゃんはそこにいますか?、という意味のようだ。


「どしたのクマちゃん、ここにいるよー」


 彼がかすれた声で答えると、「クマちゃ」と納得したような可愛いお返事が聞こえた。

 寂しがり屋で甘えっこなもこもこは、もこもこの作業中にリオが遠くへ行っていないか確認しているようだ。


 もこもこの「クマちゃ……」と、リオの「ちゃんといるよー」が二回ほど繰り返され、魔道具の蓋がパカ、と開いた。

 赤い頭巾を被ったもこもこが彼へ両手の肉球を伸ばし、「クマちゃん」と抱っこをねだっている。


 いつもよりも優しく目を細めたリオは、すぐに「クマちゃんお帰りー」と愛らしいもこもこを抱き上げ、頭巾の上から頬擦りをした。

 再会できて嬉しいらしいもこもこが「クマちゃ」と甘えた声で彼を呼ぶ。


 仲良しすぎて作業の中断が多すぎる、一人と一匹のお菓子作り。

 もこもこしたお菓子の完成まで、あと少し。

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