第167話 真の休憩とは。時間は有意義に使いましょう。
お仕事中の彼らと無事再会できたクマちゃん達。
可愛らしい花畑の端にある、イチゴにそっくりな屋根の、白いお家の中。
天井には何故か大きな丸窓があり、それを覆う葉の隙間から木漏れ日が落ちていた。
木製のテーブルを囲うように配置された、赤いソファの下の木製の足は、くるんと先が丸い。
この部屋の家具はすべて可愛い猫足のようだ。
あちこちに吊り下げられたランプは、よく見るとイチゴの形をしている。
テーブルやカウンターを飾るそれも同じ形なのが可愛らしい。
『マスター達はここで何を――』と尋ねたウィルに、『……なんでここにいるんだろうな……』と遠くを見つめ答えたマスターは、この家の中にある木製のバーカウンターで、哺乳瓶にクマちゃん用のジュースを入れていた。
大好きなルークに会えてとても嬉しいらしいクマちゃんが「クマちゃん、クマちゃん」と、彼にお仕事の報告をしている。
彼の手が気になるクマちゃんの報告は「クマちゃん、クマちゃ……」や「クマちゃ……、クマちゃん」と途切れがちだ。
赤いソファで寛ぐ魔王のような男は、片腕に愛しのもこもこを抱え、長い指でもこもこの頬を擽ったり、顎のしたを擽ったり、可愛いおでこを擽り「クマちゃ」と言わせたりしながら、愛らしいもこもこをもこもこもこもこと愛でている。
もこもこの口が開いていく様子を険しい表情で眺めていた暗殺者のような男が、
「口が――」
と、イチゴ屋根のお家にとんでもない危険が迫っているかのように冷たい声を響かせる。
かすれた声の男は再び(顔こえー)と思ったが、暗殺を恐れ口をつぐんだ。
闇色の球体から飲み物やグラスを出してくれたお兄さんは、一人掛けのソファに座り、長いまつ毛を伏せている。
ひじ掛けに肘を突き、その手に美しい顔をのせ、彫像のように休んでいた。
リオはテーブルの上に並ぶグラスの一つに手を伸ばした。
琥珀色の液体に口をつけ、思う。
(何もしたくない)
こうしてまったりと休んでいるときには、もこもこを抱っこし、もこもこもこもこと撫でるのが最高である。
彼はチラ、と魔王のような男に視線を移す。残念ながらクマちゃんとお話し中のようだ。
魔王は頷いてすらいないが、一人と一匹は見つめ合うだけで想いが伝わるらしい。
あの状態でも視線で返事をしているのだろう。
「ほら」
バーカウンターから戻って来たマスターが、もこもこを愛でているルークにそれを手渡す。
『おら』に聞こえなくもないが、赤ちゃんクマちゃんの前では言葉遣いにも気を使っているようだ。
普段であればわざわざ手渡したりせずにぶん投げ、受け取る方も飛んで来たものを気にせず掴むが、愛らしいクマちゃんがいるときは彼らの行動もお上品だった。
彼はそのまま、クマちゃんを抱いたルークの横に怠そうに腰を下ろした。
テーブルの酒瓶を見て遠い目をしたのは、自身の仕事机の上の白い山を思い出したからだ。
「ああ」
低く色気のある声が、返事なのか礼なのか分からない言葉を返す。
腕の中の愛らしいもこもこが、彼の持つものに気が付き、右手の肉球を引っかくように動かしている。
それをクマちゃんに下さい、という意味だろう。
ルークがもこもこの口元に哺乳瓶を近付けると、お昼寝中の子猫のような格好をしたクマちゃんがそれをチュ、チュ、と吸い出した。
とても美味しいらしく、お目目が少し楕円形になっている。
静かな室内に、もこもこが哺乳瓶を吸う音が響く。
チュ――、チュ――、チュ――。
聴く者を幸せにする音だ。
「とても愛らしいね」
南国の鳥のような男が真剣な表情で頷いた。
あまりに愛くるしいもこもこに、笑顔を浮かべる余裕をなくしてしまったらしい。
「いーなー、俺もそれやりたい」
リオはグラスをテーブルに戻し、もこもこ抱っこ権を主張するが、魔王様は視線すら向けない。
ひどい。ひどすぎる。
もこもこは先程と変わらず赤ちゃんクマちゃんのように哺乳瓶をくわえ、可愛らしくジュースを味わっている。
何故お手々を猫のように丸めているのだろうか。あれをくわえると自然とああなってしまうのか。
可愛い。可愛すぎる。無理やり奪って幸せそうなクマちゃんの邪魔をすることはできない。
氷の男は呼吸を止め、気配を消している。
まるで、深く傷を負い身を隠す暗殺者のように。
こうして、誰も働かず、愛らしいもこもこをじっくりと眺め、ゆっくりと時間は過ぎてゆく。
どこかの酒場のどこかの部屋で、紙の上に紙の束が重なる乾いた音が、バサ――と響いた。
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