第123話 緊張感のある学園と、もこもこの愛らしさに緊張するリオ

「副会長、今光りましたよね」


 真面目な会計が、副会長の胸部辺りに視線を向け『そこに隠したのを知っていますよ』とほのめかす。


「ああ、俺の胸――たまに光んだよな」


 副会長がそれをスッと躱す。


「ん? 君の胸が? 大丈夫?」


 美形で成績優秀だが天然な生徒会長は、副会長の神秘的な体を心配した。


「全然大丈夫です。よくある事なんで」


 目つきと態度は良くないが、意外と仲間思いな副会長は天然な生徒会長が心配しすぎないよう、どんなに胸が光っても問題はないと伝える。


「副会長の胸はどうでもいいんですけど、今のって魔――」


 生徒会長ほど天然ではない会計は、今光ったものが魔道具であると伝えようとしたが、


「会計君、いいもん見せてやるからちょっとこっち来いよ」


もこもこ狂いの白金髪に魔道具を見せたくない副会長によって、花畑の隅に拉致された。



 もこもこした応援団長がシャンシャンシャンと鳴らす大音量の鈴の音と、幼く愛らしい「クマちゃん」という掛け声と共に、リオとウィルが削った甘い牛乳味の氷。

 愛らしい応援に優し気な笑みを浮かべながら氷を削っていたウィルが、


「ありがとうクマちゃん。君の愛らしい応援のおかげで、無事に氷の用意が出来たよ」


と、いつでも一生懸命なもこもこに感謝の言葉を伝えた。


 深く頷いたもこもこがお腹の前に下げた鞄へごそごそと鈴を仕舞う。

 おりこうさんな赤ちゃんクマちゃんはお片付けも完璧だ。

 トテトテとウィルへ近付く、レモンの帽子とお揃いのよだれかけを装備したクマちゃんが、肉球付きのもこもこした両手を彼の方へと伸ばし、抱っこをねだる。

 パティシエは一緒に盛り付けをしたいらしい。

 彼の腕に着けられた装飾品がシャラ、と涼し気な音を立て、可愛いもこもこがウィルの腕の中にもこもこと納まった。


「じゃあ僕と一緒に盛り付けをしよう」


 ウィルがレモン帽を被ったつぶらな瞳のパティシエを指先で擽っていると、


「俺もー」


魔道具のもこもこ映像を確認し、自身の撮影技術に震えていたリオが彼らのほうへ戻ってきた。


二人と一匹が「ほら、クマちゃん。この杓子で掛けるといいよ」「クマちゃ」「待って待ってクマちゃん絶対それ掛け過ぎだから」「クマちゃ」と仲良く盛り付けをしていた時。


 愛らしいパティシエを見守っていたマスターが、同じテーブルで何故か苦しんでいるクライヴに、


「……おいクライヴ。大丈夫か?」


と眉間に深い皺を寄せ声を掛けていた。

 彼は薄々、苦し気に胸元を掴んでいる時のクライヴが何を見ているのか気付いていたが、ギルドマスターである彼が苦しんでいる冒険者を放置するわけにはいかない。

 しかし、心配するマスターの耳に冷たく響く「――肉球――」という微かな声。

 どうやら、もこもこと出会うまでいつも冷静だった男クライヴは、もこもこした肉球付きの手が何かを握っていたり、一生懸命何かをしていたり、何もしていなかったりすると胸が苦しくなるらしい。


「――大丈夫そうだな」


 すべてを悟ったマスターは、もこもこに人生を狂わされた男から目を逸らし、仲間と仲良くお料理中の愛らしいもこもこへ視線を戻した。

 問題はないようだ。



「やべぇめっちゃうめぇ。クマちゃんマジすげー」


 リオはクマちゃんと一緒に作った愛の氷菓、牛乳風味のもこもこかき氷・イチゴ味を食べつつ「あ、撮んの忘れた」と自身の前に置かれた、白と赤のそれを見つめた。

 半分以上食べてしまったそれは、映像として残すには美しくない。

 クマちゃんと作った初めての氷菓子と考えれば、食べかけでもいいのかもしれないが。


「本当に、冷たいのにとても優しい味がするね。クマちゃんと一緒に作ったお菓子だと思うと、余計に美味しく感じるよ」


 調理補助のウィルはかき氷の真っ白な部分をスプーンで掬い「なんだかクマちゃんみたいだね」と透き通った声で言い、幸せそうに微笑んだ。

 彼が選んだシロップはもこもこと同じ、イチゴ味だ。


 森の魔王のような男ルークは、腕の中でもこもこした口を開いている可愛いもこもこへ少しだけ掬ったかき氷を食べさせてから、クマちゃんが彼のために一生懸命削り、盛り付けてくれた、少量の愛の氷菓・モモ味を食べ、


「うめぇな」


といつものように無駄に色気のある低い声でもこもこを褒めた。

 クマちゃんは大好きな彼に褒められとても嬉しいらしく、小さな黒い湿った鼻をふんふんと鳴らし、「クマちゃ」と愛らしい声でルークに喜びを伝えている。


「白いのは本当に凄いな。こういうもんは初めて食ったが、これなら甘いもんが苦手なやつでも食えるかもな」


 マスターは感心したように言い、白いもこもこのようなそれ――もこもこかき氷・ブルーベリー味――を食べる。

 しかし彼がうっかり言ってしまった『甘いもんが苦手な――』という言葉を聞いたもこもこは、可愛い頭を横に倒し、首を傾げてしまっている。

 普段から『甘いもん』を大量摂取している問題児――問題クマ、赤ちゃんクマちゃんは『甘いもんが苦手』というのがどういうことか、全く分からないらしい。


 もこもこの愛らしさに人生を狂わされている男クライヴは、真っ白なそれを更に凍らせるような視線を向け、


「……これが、あの――」


と冷たく美しい声で静かに呟いていた。

 彼は愛しのもこもこが作った氷の菓子に自分の力が使われていることに感動し『……これが(俺たちが力を合わせて作った)、あの(氷の)――』と思っていたが、甘過ぎない牛乳作りを担当していたのはチャラい金髪であることを忘れている。

 ――クマちゃんが彼のために選んだシロップはモモ味だ。


「…………」


 お兄さんはゆったりとした動きでもこもこが作ったかき氷・モモ味を口に入れ、微かに頷いていた。

 長いまつ毛を伏せ、赤ちゃんのようなもこもこが頑張って作った氷菓子に深く感じ入っている。


 ルークの腕を枕にするように抱っこされているクマちゃんは、切れ長の美しい瞳をつぶらな瞳で見つめ、もこもこした口をチャチャッと動かし、再び口を開けた。


 もっとかき氷を下さい、という意味だ。


 もこもこの願いを何でも叶えてしまう、困った魔王様のようなルークは、可愛すぎるクマちゃんの小さな黒い湿った鼻に長い指をふれさせ「クマちゃ」と言わせた。

 彼はいつものようにすぐには動かず、もこもこの顎の下を擽ったり、耳の後ろを擽ったりして十分にもこもこと戯れてから、小さなスプーンで少量のかき氷を掬い、それを可愛い口に入れてやる。

 ――過保護な魔王様はもこもこの体温が下がらないように気を付けているらしい。



 大好きなルークと幸せなひと時を過ごす、クマちゃんの高性能なもこもこの耳に、気になる会話が聞こえてきた。


「――出掛けるのか? ……まさかとは思うが、お前……あれを買いに行く気じゃねぇだろうな」


 マスターがクライヴと小さな声で話している。


「――店を回ればそれなりの数が集まるだろう」


 どこかにお出掛けして、お店を回すらしい。

 どういう意味かよくわからないが、お出掛けをするならクマちゃんも一緒がいい。

 しかし、もしかしたらクライヴはお仕事なのかもしれない。お仕事の時は、『クマちゃんはお留守番』なのである。

 どうにかして、一緒に行く方法は無いだろうか。


 ――彼の荷物の中に入れば、一緒に連れて行ってもらえるのでは。


 うむ。天才的なひらめきである。

 荷物であればお仕事の邪魔にならないだろう。

 忙しくない時だけ、こっそりお話しすればいいのだ。

 まずは荷物の準備をしなければ。


 

 かき氷を食べ終え、ルークの指をくわえ甘えていたもこもこが、急に動き出した。

 もこもこにしては素早い動きで彼の腕をキュムッと肉球で押し、床に降ろしてもらっている。


「何、急にどうしたのクマちゃん」


 もこもこの愛の氷菓・山盛りを一気に食べ、かすれた声で『なんか寒くね?』と言った後、再び手元の魔道具で可愛すぎる映像を確認していた金髪は、もこもこの怪しい動きを警戒し、床でもこもこ動いている白いもこもこをじっと見つめた。


 彼らのテーブルに背を向け、ふわふわの丸い尻尾の愛らしさを見せつけているクマちゃんは、お腹に下げた鞄をごそごそしているようだ。


「なにその袋」


 可愛いもこもこの耳には警戒心に満ちたかすれ声は聞こえていないらしく、綺麗な緑色の袋を床に置き、肉球が付いたもこもこの手で一生懸命平らにしている。

 少しぐちゃっとしているが、ほどほどに平らになった緑色の袋の上で頷いているもこもこは、再びお腹の鞄をごそごそと漁り、何かを取り出すと、可愛い尻尾と後ろ足の肉球を彼らに見せたまま、袋にお絵描きを始めた。


「やばいめっちゃ気になる」


 怪しすぎるもこもこの動作が気になって仕方がないリオは「リオ、クマちゃんのお絵描きの邪魔をしてはいけないよ」というウィルの言葉を聞かず、もこもこがお絵描き中の袋を覗き込む。


「ク? クマちゃんの袋ってこと? わざわざ名前書かなくたって誰もクマちゃんの物盗ったりしないと思うんだけど」


 思ったことが何でも口から出る男リオは、緑色の袋いっぱいに白いクレヨンで書かれた『ク』の文字を見た感想をもこもこに伝え、「つーかクマちゃんその『ク』デカすぎじゃね?」と言うが、もこもこは非常に忙しいらしく、彼の話を全く聞いていない。


 彼らに丸くて可愛い尻尾と後ろ足の肉球を見せたままのクマちゃんは、上手に書かれた真っ白な『ク』に満足しているらしく、袋の上で深く頷いている。

 最高の袋を完成させたクマちゃんはもこもことした動きで立ち上がり、袋を引きずりながらテーブルの下へ移動してしまう。

 お気に入りのおもちゃを引きずる猫のようなクマちゃんの、可愛いが怪しい行動を監視するリオがテーブルの下を覗き込む。


 クマちゃんは何故か、クライヴの足元へ移動し、せっせと袋の口を広げ、もこもこもこもこと、その中に入ってしまった。


「え、何? どういうこと?」


 謎過ぎるもこもこの行動に、リオの口から思わずかすれた呟きが漏れる。

 監視を続ける彼の視線の先、『ク』と書かれた緑色の袋はもこもこもこもこと、うごめいている。

 まさか出られなくなったのだろうか、と心配になったリオが声を掛けようとした、次の瞬間。

 

 ――そこからレモンが脱げてしまった真っ白なクマちゃんがピョコンと顔を出し、袋のふちを肉球の付いたもこもこの両手でキュッ、と掴んだ。


 衝撃的すぎるそれを見たリオが、息を止め、野性の獣のように気配を消す。

 彼は本能で理解していた。余計なことを言って、この奇跡の瞬間を失わせるわけにはいかない。

 天才撮影技師である彼は感動的なほど愛らしいそれを、左右で色の違う美しい瞳でじっと見つめたまま、ほとんど無意識に魔道具を構えた。

 撮影の瞬間音が鳴ってしまったが、幸いもこもこは気にしていないようだ。 

 愛らしさが薄れることなく撮られたそれを確認し、ようやく口を開けるようになったリオは、テーブルの下を覗き込んだまま、


「クマちゃんそれマジでやばい、可愛すぎ」

 

と、目を細め悔しそうに呟いた。


 普段は察しの悪いリオにも解ってしまった。

 あの袋にデカデカと書かれた『ク』の意味が。

 クマちゃんは出掛けると言ったクライヴに持って行って貰うため、『これはクライヴの荷物ですよ』と皆にも分かるように、袋に『ク』と書いたのだろう。

 もしかしたらマスターが『おいクライヴ、忘れ物だぞ』と言うとでも思っているのかもしれない。

 リオはクライヴの荷物に成りすましているもこもこから視線を離せず、もう一度かすれた声で言った。


「まじでヤバい」

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