第121話 仲良しすぎる森のクマちゃん達と、そうでもない彼ら

 古城のような学園に戻って来た、生徒会長達。

 現在彼らはもこもこ教室前、素晴らしい癒しの力を持つ、もこもこ花畑に居る。


「あの、仕事があるんで戻っていいですか? ……というか何でこんなところに花畑があるんですか?」


 面倒な二人組から逃れられない真面目な会計が、一番面倒な男である生徒会長に尋ねる。

 本当に、何で廊下に花畑があるのだ。

 しかも、このふわふわと可愛い、何かの動物のしっぽのような綿毛の花畑には、うっかり座ってしまうと身も心も癒され、心地よさから抜け出せなくなるような不思議な魅力と癒しの魔力を感じる。――非常に危険だ。


「この花畑について知りたいのかい? それなら私の可愛いクマちゃんとの出会いから教えてあげないとね。……あれは、まだ本当の幸せを知らない可哀相な私が、中庭の花畑を抜け、近道しようとしていた時――」


 学園一美しい学園一面倒臭い男は、会計の一番の希望である『戻っていいですか』に一言も答えることなく、彼の一番大事なもこもこが作った世界一素敵な花畑にまつわる思い出を、彼の記憶の第一章から語り始める。

 鬱陶しい生徒会長の若干捏造が混じっていそうな真っ白なもこもことの出会いと愛の物語が始まってすぐに「会長、それ聞かなきゃだめですか」と言葉のナイフで冷たく斬り捨てようとした会計だったが、切ろうとしたものが妙な質感なうえナイフの切れ味が悪く失敗に終わった。


 彼らが無益な時間を過ごしている間、独り言がゴロツキのような副会長は「あぁ? マシにはなったか? ぜってぇキノコだろ。……まぁもう少し待ってみるか」とぶつぶつ呟いていた。



 リオはクマちゃんが再び『ちゃむい』と言い出す前に、その原因を排除したいと考えていた。

 しかしいつも一生懸命なもこもこが自分達のために何かを作りたいというのを無理に止めてしまうと、あのつぶらな可愛い瞳をうるうると潤ませ悲し気な表情で『クマちゃ……』と言うのではないかと思うと『クマちゃん、駄目だよ』とはっきり言う事も出来ない。


 複雑な表情をしている彼の視線の先で、もこもこが『冷たいの』を作るための行動を開始してしまったようだ。

 ――まずはお兄さんから何かを貰うらしい。

 可愛いもこもこはトテトテと一人掛けソファに座るお兄さんへ近付き、肉球に癒しの魔力で作った白くてプクッとしたハートをのせ、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と言っている。


『クマちゃん、ピンクの』と。


 あのもこもこは、あの白いハートがあればお兄さんから何でも購入出来ると思っているらしい。

 間違ってはいないかもしれない。しかしあのお兄さんはクマちゃんのためにここにいるのだから、ハートを渡しても渡さなくても大体何でもくれるだろう。――便箋百万枚はくれなかったようだが。


 リオが百万枚の便箋の質量について考えている間に、もこもこはお兄さんからピンク色の何かを貰ったらしい。

 白い箱を持った真っ白なクマちゃんがトテトテと戻って来た。

 箱をもこもこした両手に抱えたもこもこが、ソファで寛いでいるルークの側で彼を見上げている。膝に戻りたいのだろう。

 彼の長い腕に抱えられたもこもこは、落ち着く場所に戻り安心したように、ルークの膝に座ったまま箱を開けた。


「クマちゃんめっちゃ鼻の上皺よってんだけど」


 気になったら黙っていられない男リオの口が勝手に開く。

 箱の中を覗いたクマちゃんが獣のような顔になってしまった。

 全く嬉しそうではない。

 小さな黒い湿った鼻の上にはキュッと皺が寄り、いつもはまん丸な瞳は円の上部を斜めにスパッと切ったように吊り上がり、もこもこの口元がもふっと膨らんでいる。

 支払いを終えた商品の中身が気に入らなかったらしい。


「何入ってたのその箱」


 気になった彼は立ち上がり、クマちゃんが肉球付きのもこもこした手に持っている箱を覗き込む。


 ――エビだ。


 箱の中に過熱してピンク色になったエビが入っている。茹でたのか蒸したのか判らないが、これは確かに『ピンクの』だ。

 それを掴もうとしたもこもこの手をルークが魔法で出した水で洗い、いつの間に持っていたのか、手品のように現れたふわふわの布と風の魔法で優しく乾かす。

 お手々が綺麗になったクマちゃんは険しい表情のままそれを掴み、スッと湿った鼻先へ近付けふんふんした。

 大変だ。ますます鼻の上に皺が寄っている。痛んでいるようには見えないが――。


「クマちゃんエビ腐ってたの? やめたほうがいいんじゃない」


 リオは、鼻の上に溝ができる程おかしな匂いがするなら口に入れない方が良いとクマちゃんに助言をするが、自分の手に浄化の魔法を掛けたルークが箱に手を入れ、躊躇なくそれを口に入れてしまった。

 クマちゃんが口に入れてしまう前に確かめたのだろうが、潔過ぎて止める暇もない。


「リーダーそのエビやばいんじゃないの?」


 この男は躊躇うということを知らないのだろうか。言っても無駄だろうがリオは一応殻もろとも食べてしまったルークに尋ねる。せめて殻はとったほうが――。


「お兄さんが腐っているものをクマちゃんに渡すはずがないと思うのだけれど」


 外見は派手だが中身は落ち着いているウィルは、外見も中身もあまり落ち着いていないリオに『お兄さんがくれたエビが腐っているわけがないだろう』と客観的事実を伝える。

 元酒場のテーブルで可愛いもこもこの可愛い動きを見守っていたマスターも「だろうな」と面倒そうに相槌を打った。

 会話に参加していないクライヴが険しい表情で見ているのはリオではなく、もこもこが白い箱に添えている白くてもこもこした手の先の丸い部分だ。


 食べたエビに対し特に何も言わないルークは箱の中にもう一度手を入れ、今度は殻を剝きそれをもこもこの口元へ運んでやった。


 ご機嫌が悪そうなクマちゃんが、丁寧に殻を剝かれた美味しそうなエビをもちゃもちゃしている。

 目を吊り上げたまま、何故か下顎を斜めにずらして食べているのはお兄さん、もしくはエビに抵抗を示しているのだろうか。


「クマちゃん何その食べ方。まずいの? 嫌なの?」


 気になったリオは自分で手を浄化し、箱からそれを取り出すと殻を剝き「――めっちゃエビ。ふつーに美味い」と食べたものが凄くエビであるということと、その美味しさを彼らへ伝える。

 彼はウィルが『当たり前だろう』という冷めた視線を向けているのに気づいていない。

 不満だが美味しかったらしいエビに「……クマちゃん、クマちゃん……」と言った下顎が反抗的なクマちゃんは、皆と一緒に美味しいエビを食べたいらしい。そして、お兄さんがくれた美味しいエビはかき氷にひとかけらも使われることなく、皆で仲良くいただいた。



 クマちゃん達がエビパーティーを開いている頃、学園の廊下、もこもこ花畑でもこもことの出会いと愛を語り、聞かされていた生徒会長と会計達は教室から出てきた教師から『授業に出なさい』と注意されていた。

 ――魔道具の映像にはまだ変化はない。



 妖しく美しい謎のお兄さんから追加で三箱のエビを貰った彼らはエビパーティーを開きつつ、酒場から昼食を配達してもらい、楽しいひと時を過ごした。クマちゃんはいつものように肉球ひとつ動かすことなく、綺麗に剝かれたエビと幼児用の薄味で健康的な食事を、魔王のような男に手ずから食べさせてもらっていた。


 湖畔の家の奥にある調理場兼食堂でもこもこが作りたいという『冷たいの』の詳細を聞き、


「じゃあ俺が甘い牛乳作るからクマちゃんは他の準備よろしく」


リオはすぐに今回作るものの大部分を占めそうな甘い牛乳作りを担当し、砂糖を減らす作戦に出る。

 もこもこは甘い物が好き過ぎる。このぬいぐるみのような見た目の生き物は砂糖が主食なのだろうか。



『じゃあ――甘い牛乳――クマちゃん――よろしく』と言われたパティシエクマちゃんはすぐにそれを作ろうとしたが、何故かリオに邪魔されてしまい、仕方なくかき氷の上からかける色々なものを作ることにした。

 ウィルが手伝ってくれるらしく「うーん、何が必要なのかな……砂糖と瓶?」とすぐにクマちゃんの前に用意してくれた。

 感謝を籠め彼に〝クマちゃんかわいいねの魔法〟を渡す。


「――ありがとうクマちゃん。今日もとても可愛いよ」


 彼は優しい声でクマちゃんを褒め、ふわふわと頭を撫でながら「魔法が掛かっていない時の君も最高に可愛いけれど」と穏やかに言う。そして「おや、そういえば、今日は帽子を被らなくてもいいのかい?」と非常に大事なことを聞いてくれた。

 クマちゃんがハッとして口元を押さえると、側に立っていたルークがクマちゃんの頭にスポッとレモンのような帽子を被せ、同じ色のエプロンのようなものを首の下に掛けた。うむ、これで大事なリボンが汚れることもないだろう。

 大好きなルークの大きな手にそっと鼻をふれさせ、感謝を伝える。

 彼は『わかってる』というようにクマちゃんの頬を指の背で撫でると、マスター達の居るテーブルへ戻ってしまった。


「こんなに可愛いレモンは初めて見たよ」


 フッと笑ったウィルが「愛らし過ぎて食べてしまいたくなるね」と一瞬おそろしい事を言ったような気がするが、優しい彼が怖い事など言うはずがない。聞き間違いのようだ。「今何かぞわってしたんだけど」どこかで風が囁いている。『クマちゃん気のせいだよ』と。


 優雅な昼食のあとお兄ちゃんから新たに購入した、ももとイチゴ、ブルーベリーをそれぞれ綺麗な瓶に入れ、上から砂糖を掛ける。

 失敗しないよう料理の本にしっかりと目を通すと『レモンを薄く切って入れましょう』という、非常に難しそうなことが書いてあった。

 薄くというのは、どれくらいだろうか。向こうが透けて見えるくらいだろうか。

 それとも薄くて隣の人の声が聞こえる壁くらいだろうか。

 レモンの帽子を被ったクマちゃんは、ひんやりする箱から問題のレモンを取り出し、そっと鼻へ近付ける。

 何故か分からないが、勝手に目が閉じ、口が開いてしまう。

 しかし、頑張ってこれを薄くしなければならない。

 まな板の上にのせ、逃げるように転がって動くそれを、左手の肉球でしっかりと押さえた。

 ――パティシエの身に危険が迫っている。

 そして、もこもこしたパティシエは、刺激的な匂いを放つそれに右手の包丁を近付けると、緊張しながら皮へと押し付け――悲劇的な最後を迎えた。

 

 飛び散る汁。

「っいてー!! ちょっと俺の方まで飛んで来たんだけど!!!」被弾する誰か。

 転がるレモン。

 倒れるパティシエ。

 パティシエの手から零れ落ちる、おもちゃの包丁。



 しかし、すぐに駆けつけた魔王のような救護班により、パティシエは華麗に復活した。


「ごめんねクマちゃん、僕が隣で見ていたのに……」


 悲し気な表情のウィルがパティシエのもこもこしたお手々を洗浄する。彼は確かにもこもこの隣にいたが、片付けをしていて目を離していた。 

 隣の大きな調理台の方から「俺の目もやばいんだけど……」というかすれた声が聞こえたが「白いのの回復薬があるだろ」と優しいマスターが彼の道具入れからそれを取り出し、渡してやっていた。

 

 いつも一緒で仲良しな一人と一匹は悲惨な目に遭う時も一緒らしい。

 元気になったクマちゃんと一緒に再び調理に戻る、まるでレモンのような爽やかな香りのリオ。

 復活したパティシエが、スッと小さな調理台の前に立つ。


「俺が切るから!」


 再びレモンと対峙したパティシエの肉球からそれを奪い、持ち去る爽やかな香りの男。

 刃物の扱いが上手い香りの爽やかな男の手で、薄く綺麗に切られたレモンは無事に果物が入った瓶の中へと納められた。

 すべての材料が揃い、レモンの帽子を被った真っ白なもこもこが、白い杖を使い鍋と瓶に癒しの魔力を注ぐ。


 もこもこはいつでもクマちゃんの味方な、見た目は冷たいが実は優しいクライヴに幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」とお願いをする。


「――これを凍らせればいいのか。形はどうする」


 すぐにもこもこの願いを叶えたクライヴにより、甘い牛乳は円柱の形に凍った。

 氷柱のようになった甘い牛乳の前で、パティシエがごそごそとお腹の鞄を探っている。可愛い肉球付きのもこもこのお手々が取り出したのは、ノミとカナヅチ。


「クマちゃんまさかとは思うけどそれで削ろうとか思ってないよね」


 パティシエを信用していないリオが肉球が握るそれを限界まで細くした目で見つめていると、もこもこにふらっと近付いたルークが可愛いもこもこの手からそれを取り上げた。

 クマちゃんは珍しく強硬手段に出たルークを、もこもこした口元を押さえ衝撃を受けたように見上げているが、


「危ねぇから他の方法にしろ」


大きな手で頬を包むように撫でられ、泣く泣く諦めたようだ。

 もこもこしたパティシエがお腹の鞄をごそごそと漁っている。パティシエは鞄から美しい白い石、黒い石、魔石を取り出すと、小さな黒い湿った鼻の上にキュッと皺を寄せ、肉球が付いたもこもこのお手々で真っ白な杖を振った。


 ――もこもこの目の前の素材がキラキラと輝く。

 そして光りが収まると、調理台の上には可愛らしい白いクマの頭に取っ手が付いたような形の、淡く輝く不思議な魔道具が載っていた。


「何そのクマちゃんっぽい魔道具。可愛いんだけど」


 クマの頭部に丸いお手々と取っ手が付いたその魔道具に、リオが素直な感想を伝える。


「うーん。とても可愛らしいけれど、どのように削るのだろう。不思議な形状だね」


 南国の鳥のような男はそれの使い方を考え「取っ手があるのだから、回すのだろうけれど」とそれをつつく。

 彼の腕の装飾品がシャラ、と涼し気な音を立てた。

 服がつんと引かれ、ウィルがそちらを見ると、レモンの帽子を被り、それとおそろいのよだれかけを着けた非常に愛らしい生き物が、肉球の付いたもこもこのお手々で彼を引っ張っている。

 ウィルはフッと優しい眼差しを向け、すぐに愛らしいレモンなクマちゃんをふわりと抱き上げた。


 愛らしいパティシエの「クマちゃん、クマちゃん」という指示に従い、魔道具を氷の上に載せる。 

 パティシエは氷の横に入れ物を置いて欲しいらしい。

 もこもこした口から愛らしい「クマちゃん、クマちゃん」という声がする。


『クマちゃん、クルクルする』と。


 どうやらパティシエ自ら魔道具を操作するらしい。

 もこもこした口元から少しだけ舌を出したパティシエが愛らしい肉球で取っ手を回している。

 ウィルに支えられたまま魔道具の取っ手をせっせと回す、レモンの帽子を被ったもこもこは非常に愛らしい。


 周囲に、シャリ――、シャリ――、と氷の削れる音が響く。


「おー、すげー。何か横から雪みたいの出てる…………つーか回すの遅くね?」


 一生懸命頑張るパティシエが削った微かな氷を眺める、思ったことがすぐに口から飛び出す間欠泉のような男からヤジが飛び、間欠泉にクマちゃんのスポンサーから氷の礫が飛ぶ。


「……マジで痛いんだけど」とかすれた声で呟く男が頑張るもこもこを見ると、クマちゃんの口が小さく動き、何かを言っていた。

 せっせと取っ手を回すクマちゃんの、もこもこ動く口から幼く愛らしい、


「――クマちゃん。――クマちゃん。――クマちゃん」


という規則的な掛け声が聞こえる。


『――クマちゃん、がんばって。――クマちゃん、あと少し。――クマちゃん、負けないで』と。


 それに気が付いたリオの胸がギュッと痛んだ。

 こんなに頑張っている愛らしいもこもこに、自分はなんてひどいことを――。

 後頭部に複数の殺気を感じる。

 リオは余計なことは言わず、可愛いもこもこを応援することにした。


「クマちゃん頑張れ」と。



 クマちゃん達が皆で仲良く『冷たいの』を作り、リオが『クマちゃん頑張れ』とかすれた声で応援している頃。

 学園長に報告される前に大人しく授業を受けた生徒会長達。

 しかし面倒な二人組に絡まれている会計は、授業が終わると再びもこもこ花畑に連れ戻された。彼は気が短そうに見えて意外と粘り強い副会長をどうにかすることを諦めたらしい。

 授業中、癒しのもこもこ花畑の隅に置かれていた魔道具を、目つきと口の悪い副会長が確認する。


「あぁ? ……何だ、この白いもこもこ…………クソ可愛すぎだろ……!」

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