第97話 クマちゃん像ともこもこした凄腕占い師

 クマの兵隊さんに杖を盗まれた間抜けな魔法使いの男は『いえ! 自分で探すんで大丈夫です! お騒がせしました!』と言って立ち去った。 

 もこもこの肉球から出てくる究極の美の魔法のせいで、気を抜けば口から「クマちゃん可愛い……」という賛美が漏れてしまうリオが、


「クマちゃん……じゃなくて、クマの兵隊さん探すんだよね? 酒場だけでも結構広いし、外出てたら探せる気しないんだけど」


クマちゃんに貰ったハートを握りしめながら、かすれた声で言った。

 彼は「つーか暑いんだけど」と、片手でボタンを外す作業を再開し、もう片方の手でハートをぷにぷに揉みだした。

 クマちゃんだけでなく、ハートの感触にも魅了されているようだ。

 自分が座っていた場所へ戻り、腰を下ろすが、視線がもこもこから離れない。悩ましい表情で「……クソ可愛い」と呟き、熱すぎるため息を吐いている。


 

 クマちゃんはリオが可愛いと言うたび、頷いた。

 うむ。クマちゃんはとても可愛い。〝クマちゃんかわいいねの魔法〟は大体成功のようだ。

 可愛くなるためなら多少卑怯な魔法も使う、ゲスなクマちゃんは考える。

 皆がもっとたくさん『クマちゃんかわいいね』と言ってくれたら、魔法は完成するだろう。

 そして皆が喜び、再びクマちゃんがハートをプレゼントする。クマちゃんがまた、可愛くなる。

 ――うむ、完璧である。



 毛がきらきらと輝き、少し大きくなった瞳に星が瞬き、頬がうっすらとピンク色の、超絶愛らしいクマちゃんを見て「くそー……マジで可愛い」と顔を顰めていたリオが、ハッと、危険を察知したかのように呟く。


「……何かクマちゃんが企んでる気がする」


 いやな予感がしたリオは、キリッと真面目な顔で、悪事を企んでいるかもしれないもこもこを見たが、口から出てきた言葉は「やばいまじで可愛い」だけだった。

 やはり、この怪しげなハートは危険だ。そうと解っていて手放せないところも――。

 しかし、魔法というのはいつまでも効果が続くわけではない。

 しばらくすればこのハートも消えるだろう。

〝消える〟その言葉を思い浮かべたとき、何故か、心臓が跳ねるように痛んだ。

 ――おかしい。魔法が消えるのは当たり前のことなのに、何故胸が痛むのだろう。

 このハートの触り心地が良すぎるのが問題なのかもしれない。

 ――あまり揉まないように気を付けなければ。

 

 服を乱し、ハートを切なげに見つめている様子のおかしい金髪を横目でチラと確認したウィルは、「クマちゃんが企んでる――」の部分を聞き流し、話題を一つ前へ戻した。


「確かに、あの子達はとても小さいから、闇雲に捜しても見つけられないかもしれないね」


 

 ウィルの透き通った声を聞いたクマちゃんは考える。

 クマちゃんは常に順調だが、皆は何かに困っているようだ。

 クマの兵隊さんを探したいらしい。

 理由は分からないが、迷子の捜索ならクマちゃんにも出来そうである。

 うむ。まずは、道具を作らなければ。

 ルークの腕を肉球でキュムッと押し、あちらへ行きたいと伝える。

 腕の中のクマちゃんを撫で、長い脚を組み座っていた彼は、しなやかな動作で立ち上がると、店内にある〈可愛いクマちゃんの像〉の前まで移動してくれた。



「おや、その素敵な像に何かあるのかい?」


 ウィルは不思議そうに話すと、彼の後方にある、白い光を放ちキラキラと輝きが零れ落ちる、愛らしいクマちゃんの像を見るため、椅子に座ったまま少し体を捻り、背凭れに腕を掛けた。

 シャラ、と装飾品の音が鳴る。

 便利屋のようなお兄さんが〈可愛いクマちゃんの像〉の前に闇色の球体を出現させ――ルークが躊躇なく手を突っ込んだ。

 店内にかすれた叫び声が響く。


「リーダー! 腕無くなるって!」


 リオは闇色の球体にふれると、その部分がどこかへ飛ばされると怖い想像をしていた。

 しかし「無くなるわけねぇだろ」と雑に言葉を返し、闇色の球体から引き戻したルークの手は当然無くなっておらず、そこに握られていたのはクマちゃんのリュックの紐だ。

 彼は何事もなかったかのようにリュックから杖を取り出し、もこもこの肉球へそれを渡すと、光が零れ落ちる像の前へ、ポフ、とクマちゃんを降ろす。


 頷いたクマちゃんが、黒い小さな湿った鼻の上に皺をよせ、ピンク色の肉球が付いたもこもこの手で杖を振ると、像の前、足元のあたりが強く光る。

 光がおさまると、そこには透き通り、キラリ、キラリと七色に輝く、宝石の欠片のようなものがいくつも転がっていた。


「えぇ……なにそれ。まさか宝石じゃないよね。…………宝石が出てくる像とか危ないと思うんだけど」


 クマちゃんそっくりの、可愛いが光り輝きすぎている主張の強い像は、ただの派手な置物ではなかったらしい。

 あんなものが世の中の人間に知られたら、争いが起きるのではないだろうか。


「うーん。やっぱり、あの石はどの国にも存在しないものだと思う。――あれも、人に見られないようにした方が良いだろうね」


 今クマちゃんの足元に無造作に転がっている石に勝る宝石など、この世に無いだろう。零れ落ちる光の色が、瞬きする間に移り変わる幻想的な石を見つめ、ウィルが呟く。クマちゃんの牛乳瓶の透明な部分と、クマの模様の白い部分の輝きを組み合わせたような石だ。

 ――あのお兄さんとルークが居れば問題はないだろうが。

 たとえ盗まれそうになっても、その前に闇色の球体が現れ、犯人はどこかへ飛ばされるだろう。

 ルークなら――物理的に飛ばしそうだ。

 ウィルがハートをふにふにと触りながら犯人の末路について考えている間に、世界一可愛いクマちゃんの作業が進んだらしい。

 この世のものとは思えない、幻想的な光を放つ石たちは、魔石ともこもこの魔法で何かのアイテムに変わったようだ。

 それは『輝きすぎている』という点を除けば、占い師が使う水晶玉のように見えた。


 

 完成した輝く水晶玉を見たクマちゃんが頷いた。

 うむ。素晴らしい。この玉があれば迷子もすぐに見つけられるだろう。

 これを使う前に、しなければならないことがある。

 振り返り、ルークに伝える。


「クマちゃん、クマちゃん」


 ――クマちゃんは占い師の正装をする必要がありますよ、と。



 おしゃれにうるさいもこもこの要望に応えるため、ルークは視線をス、とお兄さんへ向けた。

 便利な闇色の球体がルークの前に現れ、彼はそれに手を突っ込む。

「えぇ……」――風のささやきが聞こえる。

 ルークがもこもこの頭から愛らしい赤ちゃんのようなレース付きの被り物をスポッと脱がせると、倒れていたもこもこの耳が起き上がり、猫のそれのようにパタタッと動いたが、もこもこしているせいか、音はしなかった。

 彼はもこもこの生暖かくて可愛い頭を存分に撫で、闇から取り出したものを被らせる。

 クマちゃんが占い師の正装と呼ぶそれは、頭部はもふ、と膨らんだ、円形のカップケーキや蒸しパンのような形で、額の部分に銀色のサークレットがはまり、顔の正面以外、顔の横と後頭部をぐるっと囲うように、ヒラヒラと布が垂れている。

 青みがかった紫色のヒラヒラした被り物を装備したもこもこは、非常に胡散臭いが、正装と言うだけあって、もこもこした占い師っぽい。

 色が合わないせいか、よだれかけとリボン、腹部に巻かれたヘッドドレスはルークの手で外され、もこもこの肩らしき場所には、被り物と同色の短いケープ。

 ――リオが固く結んだヘッドドレスの紐は、器用に動く長い指がスッと解いていた。

 てるてる坊主のような、足に巻かれた謎の布は、クマちゃんが「クマちゃん」と言って抵抗したため、履いたままだ。 


「変なのに可愛い……おかしい……」


 ハートを握りしめているリオが、悔しそうに呟く。

 星の瞬くつぶらな瞳の、何も考えてなさそうな顔、ふんわり空気の入った――クマちゃん曰く『占い師のやつ』らしい――布が垂れた被り物、それと同色のケープ、そして――――リオが作ったへたくそな靴。

 もこもこの格好はおかしいはずなのに、世界で一番、可愛く見える。

 ――クマちゃんがルークに『クマちゃんの靴』と言って脱ぐのを嫌がった時、不覚にも、少し泣きそうになってしまった。


「占い師のクマちゃんは、もしかして探し物を手伝ってくれるのかな」


 フッと愛おしそうに笑ったウィルが、涼やかな声で占い師の格好をしたクマちゃんに尋ねる。

 床に転がっていた輝く水晶玉を、ムニ、と両手の肉球で挟んだクマちゃんが、深く頷き、幼く愛らしい声で、


「――クマちゃん――」


と告げる。

 それは『――クマちゃん、任せる――』と言ったように聞こえた。

 おそらく『――クマちゃんにお任せください――』という意味だろう。


「可愛い……何かクマちゃんまた格好つけてる気がすんだけど」


 かすれた声のチャラい金髪が、凄腕占い師クマちゃんにいちゃもんをつけた。


 当然のようにそれを黙殺したルークが、水晶玉を持った凄腕占い師クマちゃんを抱き上げる。

 もこもこした占い師が、肉球で水晶玉をキュ、とこする。かすれた声が「可愛い……」と呪いのように呟いている。

 水晶玉が少し輝きを増した。


 もこもこが更に肉球を動かし、キュ、キュ、と水晶玉をこする――。

 

 水晶玉が更に強い光を放つ。


 肉球の動きが加速する。どんどん光る水晶玉。


「待って待って! 無理! クマちゃん肉球止めて!」


 目も開けられぬほど眩しい店内、キュキュキュキュキュ――と、肉球と水晶玉の擦れる音が響く。


 ――強い光は次第に弱まり、水晶玉に何かの映像が浮かぶ。

 真っ白な、淡い光を放つ床らしきもの、転がる杖と木の枝、それらを取り囲むクマの兵隊さん――。


「――展望台の最上階、のように見えるのだけれど」


 すぐに何処か分かったらしいウィルが、水晶玉の示す場所を答える。


「え、何でわかんの?」


 左目だけ眩しくないことに気が付いたリオは、片目を使い水晶玉を見ていたが、ウィルの答えを聞き驚いた。

 白く光っている床らしき場所は真上から映され、他の風景が全く見えないせいで、リオには正解が判らなかったからだ。


「僕は夜にも行ったことがあるからね」


 シャラ、と装飾品が鳴る音と共に立ち上がったウィルが「行こうか」と皆へ声をかけた。


 彼らは展望台を目指す。

 凄腕占い師クマちゃん――の肉球の活躍により、居場所が判明した犯人を捕まえるために。

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