第67話 クマちゃんのすごいスコップ

――キィン――


 クマちゃんの新・おもちゃのスコップと地面がぶつかった瞬間、辺りに響く金属を弾くような音。

 スコップの先端からわずかに光が漏れたが、すぐに搔き消えてしまった。

 癒しの力を纏うクマちゃんのスコップがぶつかった地面は、改良前のスコップを突き立てた時と変わらず、削れた跡がない。


「え? 何? 今変な音したんだけど」


 魔道具になったスコップであれば普通に掘れるだろうと考えていたリオは、通路に響いたおかしな金属音に驚いた。

 何故土からこんな音がするのか。高い、共鳴するような、妙に耳の奥に残るそれは、土とスコップがぶつかった音にはとても聞こえない。

 何かがおかしい。自分達の走ってきた通路には足跡が付いているのに、何故クマちゃんの魔道具では地面に跡すら残せないのか。

 筋肉が全くないふにゃふにゃのクマちゃんのお手々であっても、魔道具の力で少しくらいは削れるはずだが。



 カッコよくなったスコップを肉球の付いたお手々でキュッと握っている掘削作業主任者クマちゃんは、魔石を盗んだ犯人を捕まえ、お説教をしようと考えていたことなどすっかり忘れていた。

 いまクマちゃんのもこもこの頭の中にあるのは、目の前の強敵をどう倒すか。それだけだ。

 勇敢な掘削作業主任者クマちゃんは、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れ、再度、地面に新・おもちゃのスコップを突き立て、


――キィン――


先程と全く同じ、何かを弾くような高い音を聞いた。

 スコップの光も、やはりすぐに消えてしまう。

 まだだ。まだ諦めるわけには――。クマちゃんは、こんな所で負けたりなんかしない。 



「いやクマちゃん魔道具使ってダメなら一旦止めた方がよくない?」


 作業中のクマちゃんのもこもこの耳にはリオの風のささやきは届かない。『ダメ』と言われても止めないしつこい猫のようなところがあるクマちゃんは、同じ動作しか出来ないおもちゃのようにキィン、キィン、キィン、キィンとスコップで地面を突いていたが、何かを閃いたらしく、もこもこのお手々をピタリと止め、後ろで諦めの悪い可愛いクマちゃんを見守っていたルークを見つめた。 


 

 掘削作業主任者クマちゃんは閃いてしまった。

 いつもはちゃんと気を付けているのに、何故忘れていたのだろうか。

 冷静で大人なクマちゃんがこのようになってしまうとは――、やはり、この洞窟には何かがあるに違いない。

 ルークを見つめ大事なことを伝える。


 クマちゃんはヘルメットを被りたいと思っていますよ、と。


 いつもはすぐに動いてくれる彼が少しだけクマちゃんを見つめ、道具入れから黄色いふわふわの布を取り出すと、それをもこもこの頭にフワリと被せる。

 そして「これで我慢しろ」と言い、布の両端を顎の下でキュッと結んだ。

 うむ、完璧である。色も素晴らしい。おしゃれなクマちゃんは服装もビシッと決めてから作業をするのだ。


「いや何その頬っ被りみたいなの。穴掘りと関係ないよね?」


 風のささやきに耳を貸さず、次の行動に移る。

 やはり、魔石が一個では足りなかったのだ。クマちゃんはルークに肉球を見せた。

 クマちゃんは魔石をもっと欲していますよ、という意味だ。「えぇ…………」相変わらずうるさいリオがクマちゃんの邪魔をするが、忙しいクマちゃんは今は遊んであげられない。


 絶対にこの固くて変な土をやっつけるのだ。


 

 クマちゃんが賭け事にハマった人間のように、魔石をもっとちょうだいといっている。

 ルークは何も言わずにクマちゃんに魔石を渡した。

 十個ほどの魔石を受け取った新米ギャンブラークマちゃんが、深く頷き、新・おもちゃのスコップの強化に挑む。

 黄色い頬っ被りをしたクマちゃんは、小さな黒い鼻の上にキュッと皺を寄せ、苔の上に置いたスコップと魔石へ、杖を振った。

 

 光が消え現れた、さらに強化されたと思われる新・おもちゃのスコップ改は、見た目は強化前と全く変わらない。

 しかし、先程と違うところが二つある。


「クマちゃん。なんかスコップから煙出てんだけど」


 シュウ、シュウ、と音を立てるおもちゃのスコップから、煙が出ている。

 ――リオはなんとなく、嫌な予感がした。今すぐそのやばいスコップをもこもこから取り上げたい。

 リオの話を聞かない、黄色い頬っ被りの新米ギャンブラーは、駄目そうな音と煙が出ているスコップをもこもこのお手々に持ち、筋肉のない腕を振り上げる。


 ルークは煙の上がるスコップを持つもこもこを、今すぐ止めるべきか、真剣に考えた。

 しかし、今止めてしまえば愛しのもこもこは悲しみ、小さな鼻の上に皺を寄せ、キュオーと鳴きながら、地面に転がってじたばたしてしまうだろう。

 彼は視線で仲間に指示を出す。


 クマちゃんがもこもこの腕で振り下ろした、新・おもちゃのスコップ改が煙を上げたまま地面にぶつかる。



 洞窟内に溢れる光。

 続く大きな爆発音。



 これが街中ならクマちゃんは逮捕されるだろう。

 ルークはクマちゃんがそれを地面に突き立てる刹那、スコップからクマちゃんの手を外し、もこもこを抱き上げ全員を護る障壁を作り上げていた。

 リオは爆発が起こる直前、ギルド職員の背中の服を鷲掴み後方へ飛び退いた。

 ウィルは魔法で周囲を護っていた。壁や天井、辺りには半透明の盾がいくつも浮かんでいる。

 壁や床を覆う氷はクライヴのものだろう。


 それぞれの体を囲うルークの障壁のおかげで、誰一人傷はついていない。

 ウィルとクライヴの魔法で、洞窟が崩れることもなかった。

 今のところ、先程の爆発での被害はなさそうだ。


 動体視力も優れていないクマちゃんは、自分が勇ましく武器を突き立てたと思っているだろう。

 しかし実際はルークがもこもこのお手々から抜き去ったスコップをそのまま地面に落としただけだ。

 本当に勇ましく突き立ててしまったらもっと大変なことになっていたかもしれない。


 障壁に護られていても聞こえた大きな音に驚いたクマちゃんは、驚きすぎたのか、


「クマちゃん、クマちゃん、クマちゃん」


と言っている。

 意味もそのまま『クマちゃん、クマちゃん、クマちゃん』のようだ。

 ルークに優しく撫でられても落ち着かないらしく、彼の長い指をくわえ、心を静めようとしている。


「やべー。戦闘よりやべー」


 逃げ場のない洞窟内で強い障壁を作れるわけでもないリオは、俊足を生かし逃げるか、飛び退くか、くらいの選択肢しかない。

 外でなら他にも色々方法はあるのだが、頬っ被りをした獣が目の前で危険物を爆発させると判っていて直前まで逃げられないというのは、ルークの障壁に護られていても恐ろしい。

 されるがままのギルド職員の背中の服を掴み、再び彼を持ち上げたリオは、やべーと言いながら爆発が起こった地点まで歩いて戻った。


「クマちゃん煙はやばいって。絶対爆発するやつじゃん」


 危険が去りすたすたとヤバいスコップの所へ戻ってきたリオは、そこで皆が見ているものに気が付く。

 彼に持ち運ばれているギルド職員は置物のように大人しい。


「これは、僕たちでも土を掘ることは出来なかったかもしれないね」


 ウィルが地面のそれを視界に収めたまま、シャラ、と腕の装飾品を鳴らし、乱れた髪を整え言う。

 優し気な笑みが消え、目を細め口の端を上げた彼は全く優しそうではない。


「ああ」


 ルークがクマちゃんをあやしながら相槌を打つが、おそらくこの世に彼が掘れない土はない。

 地面から覗くそれよりも、可愛いクマちゃんの不安を静めることのほうが彼にとっては重要だ。


「幻影だと思うか?」


 クマちゃんのスコップの周囲に見えるそれから、スッと視線を壁に移したクライヴが彼らに尋ねる。


「その可能性は高いだろうね。――リーダーにはどう見えているの?」


 強さも魔力も世界最強であろうルークへ視線を向けたウィルが、彼に尋ねた。


「洞窟が幻影だろ」


 どうでもよさそうに話すルークの声はいつも通り低く魅惑的だ。しかし、その内容は聞いている者にとってはどうでもよくない。

 相変わらずもこもこを甘やかす男は、もうクマちゃんが落ち着いていると解っていても新品のふわふわの布であやし、遊ばせている。

 クマちゃんは目の前のそれをクシャクシャにするため、小さな黒い湿った鼻の上に皺を寄せ、獣のような顔でふわふわの布に歯を立てていた。

 

「え。リーダーいま幻影っていった? ここが?」


 リオの目にもそれは映っているが、ルークの話す内容が理解出来ない。

 自分達が今居る場所は地下洞窟だ。これが幻影だというなら自分はどこに居るというのか。

 まさか、自分はもう死んでいる、だとかそういう話だろうか。死後にうろつくならば洞窟よりも湖がいいのだが。


「見りゃわかんだろ」


 大雑把な男は見ればわかるという。

 リオに雑すぎる言葉を返したルークは、布をクシャクシャにし終わり満足したらしいクマちゃんをまた長い指であやしている。


「いや分かんないから聞いたんだけど……」


 あの色気のある低い声は本当に碌なことを言わない。しかしこのまま黙っているとルークはもうこの話を終了させる。

 それが分かっているリオは素直に答えを要求する。


「洞窟じゃねぇ。遺跡だ」


 分からないらしいリオに答えを教えるルーク。

 抑揚のない声でどうでもよさそうに言う言葉は、リオにとってどうでもいいことでは無かった。


 クマちゃんがスコップ爆弾で起こした爆発によって幻影らしい地面が一部消え、むき出しになったその場所は、綺麗な平面で、色は白に近い灰色だった。

 まだ土に隠されている部分の境に、最初に見つけたものとは別の、ウィル曰く、碌でもない青く光る文様が刻まれている。

 絶対に自然に出来たものではないそれが地面の下すべてに敷かれているのであれば、壁も、天井も、この長く続く通路も、分岐路も、洞窟の幻影に覆われた巨大な建造物ということだろう。 

 

「えぇ…………」


 絶対に碌でもないことに使われていたはずの巨大地下洞窟すべてが、碌でもない人間が造った建物らしいと聞かされ嫌そうな声を出すリオ。

 自然に出来た洞窟で悪いことをするよりもさらに気持ちが悪い話である。


「一旦帰った方が良さそうだね。あの爆発で疵ひとつ付かない床を壊すなら、先に準備をしたほうがいいと思うよ」


 床を壊すことは決定しているらしい過激な南国の鳥男ウィル。いつも優雅に振る舞う彼だが、たまに言動が優雅ではない。


 

 古代のアイテムが落ちていた所を詳しく調べたいという想いだけで洞窟の案内を頼んだ、普通の、足が速いだけのギルド職員は思った。

 今後はクマちゃんと出かけるのはやめよう――。

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