第66話 お手伝いがしたいクマちゃん

 一つだけの虫メガネでは不便だと思ったクマちゃん。

 森の魔王のような男ルークに輝く牛乳瓶を割ってもらい『えぇ…………』という風のささやきを聞きながら〈凄くよく見える〉それを量産する。

 クマちゃんの虫メガネも作ったのだが、何かが危ないらしく、名探偵クマちゃんはルークの腕の中からのご参加となった。



「まじで何なんだろ。これ」


 リオは素行不良の少年のように、しゃがんだ両膝の上に伸ばした腕をのせ、地面を睨み、呟く。

 クマちゃんの虫メガネを通さなければ、そこはただの土だ。

 もう一度手に持ったそれを翳すと、やはり文様が見える。


「……クマちゃんの魔道具を通しても嫌な感じがするのだから、碌でもないものだと思うけれど。それより、この文様は土に描かれているのではなく、その下にあるものに描かれているのではない?」


 片膝を突き、問題の文様を見ていたウィルが言う。少々良くない言葉が混じっているのは、これを作った人間のことを考え不快になったからだ。



 ルークの判断で彼の腕の中にいるクマちゃんだったが、皆が頑張って調べているのを見て、自分も何かお手伝いをしたいと思った。

 一番安全なこの場所を独り占めしてしまって申し訳ない。

 ここからクマちゃんが出来ることといえばやはり、応援くらいだろう。

 ルークにお願いして、リュックから五つの鈴が付いた楽器を、二つ取り出す。

 これで『クマちゃんはみんな頑張ってと思っていますよ』という気持ちを伝えよう。

 しゃがんで調査をしている彼らにクマちゃんが心からのエールを送る。

 可愛らしいピンク色の肉球が付いたもこもこの手で、鈴が付いた楽器を、力強く、交互に鳴らす。


 シャンシャンシャン「クマちゃん」シャンシャンシャン「クマちゃん」シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン「クマちゃん!」



 皆の頭上から降り注ぐクマちゃんの熱い応援。

 広くない通路に三、三、七に分けた鈴の音、そして合間に幼い可愛らしい『クマちゃん』という声が響く。

 それは『がんばれ、がんばれ、クマちゃん』と言っているように聞こえた。

 クマちゃんは一体誰の応援をしているのか。そして鈴の音がとてもデカい。 

 最後の、両手で七回鈴を振るところが特に盛り上がるらしく、その山場に合わせ、鈴も『クマちゃん!』の掛け声も一番大きい。


「めっちゃ鈴響いてんだけど……しかもクマちゃん自分の応援してね?」


 頑張って応援してくれているらしいクマちゃんに鈴の音がデカいとは言えないリオ。


「クマちゃんはみんな頑張ってと言ってくれているようだね。先程よりも洞窟が綺麗になった気がするよ」


 意外ともこもこの気持ちを正確に読み取るウィルがクマちゃんを褒める。

 魔力に敏感な彼は、普通の洞窟に感じていたこの場の空気がクマちゃんの癒しの力によって綺麗になったことで、では、先程まではよどんでいたのでは、と考えた。


「……あの、もしかして、この文様、少し薄くなってません?」


 ずっと黙って地面の不気味な文様を見つめていた足の速いギルド職員が、鈴の音がデカい、応援団長クマちゃんの、熱く、可愛いがうるさい応援を聞きながら言う。


「浄化されてんな」


 可愛すぎるクマちゃんの一生懸命な応援を黙って聞いていたルークが、別に大したことではない、とでもいう風にギルド職員の疑問に答えた。

 鈴の音が響く素晴らしい応援には、癒しだけでなく浄化の効果までついているらしい。


「だめじゃん! クマちゃん一旦それ止めて!」


 焦ったリオがクマちゃんに声を掛ける。


 ……チリン、チリン、チリン「……クマちゃん……」チリン、チリン、チリン「……クマちゃん……」


「いや音小さくしてもダメだから!」


 音量を下げただけのクマちゃんの応援は、リオが止めた。

 恐ろしい。小さくなった鈴と声が気になり、うっかり途中まで聞いてしまった。そしてクマちゃんの鈴と声が聞こえなくなったことを、少し残念に思っている自分が一番怖い。

 止めなければ謎の文様が消え、調査が進まなくなってしまうとわかっているのに。


 本当は自分がそれをするより、応援団長クマちゃんを抱えているルークが直接止めた方が早いはずだが、彼がもこもこを止めるのは危険があるときだけだ。

 可愛いもこもこの行動を見ているのが好きな彼が、クマちゃんの可愛い応援を止めるわけがない。


 そちらはもう諦めたが、冷静で真面目な男クライヴは文様が薄くなっていることに気が付かなかったのだろうか。魔力が高い彼ならばそういう細かいことに気が付きそうなのに、と思ったリオは自分の横にいる彼を見る。

 すると彼の視線の先は虫メガネではなく、鈴の楽器を持ったクマちゃんの、可愛いもこもこのお手々に向けられていた。

 猫がおもちゃを掴まえる時のように、もこもこの手の先がクイッと曲がっている非常に可愛い部分を、険しすぎる表情で見ている。


 ギルド職員以外皆、応援団長クマちゃんに視線を奪われてしまっていた。

 もしかしたら魅了の力でもあるのかもしれない――。

 

 純粋で幼いもこもこクマちゃんは魅了などという人を操る恐ろしい力は持っていない。

 リオは、皆と同じくクマちゃんを可愛く思っているからついそちらを見てしまう、という自身を認めようとしなかった。


「――この下、ということは土を掘る必要があるが」


 クライヴは、見つかったばかりの大事な情報をクマちゃんが消しかけた、ということにはふれず、先程ウィルが言った『その下にあるものに描かれている』という話について答えた。


「ただ、古代の特殊な技術で土に何かを施している可能性もあるから、掘るならば文様ではなく、その周りから、にした方がいいとは思うけれど」


 ウィルも可愛いクマちゃんの応援に視線を奪われ、ギルド職員以外文様を見ていなかったことにはふれなかった。


 チリン。 

 

 鈴の音が聞こえ、彼らがそちらに視線をやると、鈴の楽器を持ったもこもこの可愛いお手々が、挙手するように上げられている。


「何その手。もしかしてクマちゃんが掘るってこと?」


 鈴を持つもこもこの手を警戒するように見ているリオが言う。

 もこもこが深く頷いている。クマちゃんが掘りたいのだろう。


「クマちゃんには危ないのではない?」


 下を向いたときに少し乱れた髪をシャラ、という装飾品の音と共に直し、ウィルが尋ねる。

 掘り起こそうとする人間を排除する罠でもしかけられていたら、と考えると、魔力が弱々しく、おそらく肉体も弱い可愛いクマちゃんに任せるわけにはいかない。


 クマちゃんにねだられたルークがリュックの中をクマちゃんに見せている。

 しかしあの過保護すぎる男が、危険な任務を可愛いもこもこに任せるとは考え難い。

 リュックに鈴を仕舞い、クマちゃんが取り出したのは子供用の可愛いスコップだ。


「…………」


 リオは思った。(あれじゃ無理じゃね?)と。

 しかもルークがクマちゃんをそっと降ろしたところは大分文様と離れている。

 クマちゃんは気が付いていないようだが。


 ピンク色の肉球がついたもこもこのお手々でクマちゃんがそれを土に突き立てる。


――カツ――


 おもちゃのスコップは固く踏みならされた地面とぶつかり音を立てるが、少しも削れていない。

 クマちゃんが不思議そうに頭を横に倒している。

 

「クマちゃん。ここの土固いからそれじゃ無理だと思う」


 リオはクマちゃんに告げた。苔の生えたそこと違い、土だけの場所は固いのだ。このままずっと、カツ、カツ、という音を聞き、削れない土と戦うクマちゃんを見続けるなんて悲しいことは出来ない。

 ルークは挑戦する前に『ダメだ』と切り捨てるのが可哀相だから一度やらせてあげようと思ったのだろうが、これは見ている方が切ない。


 無理だと言ったリオの方へ視線を向けることなく、不屈の闘志を持つもこもこがルークに何かを要求している。今度は何をする気だ。

 クマちゃんはルークに魔石と杖を要求したようだ。

 苔の上に素材を並べたもこもこが杖を振ると、光と共に現れたのは先程と見た目が変わらないおもちゃのスコップ。

 しかし魔石は消えたのだからあれは、新・おもちゃのスコップなのだろう。



 一度は負けた固い土に再び挑むことになった、新・おもちゃのスコップを手にしたクマちゃん。

 皆の見守る中、クマちゃんは文様と全く関係のないそこへ、もう一度、新たな武器を突き立てた――。

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