第65話 名探偵クマちゃん

 リオの置いた魔石を探しに朝早くから洞窟へ行くことになった彼らは、クライヴ達との話し合いのあと、すぐに就寝することにした。


 四人が一日討伐隊に参加しなくても人数的には問題ないはずだが、特に戦闘力の高い彼らが纏めて抜けるとなると話は別だ。

 他の冒険者達への負担が大きすぎる。

 一応マスターは他の冒険者に道案内させることも考えたらしいが、やはり、あの洞窟で何かがあっても死なずに戻って来られるのはルーク達だけという結論は変わらなかった。

 彼らが居ない間、冒険者達にはクマちゃん特製元気になる飲み物と、後方の安全地帯と回復の泉――湖と露天風呂――がある。危険を感じてもすぐに撤退出来るが、それでもルーク達が抜ける時間は短い方がいいだろう。

 

「…………なんで無くなったんだろ」


 ベッドで仰向けに寝転がりながら、リオが呟く。

 加工前の魔石を二つ、確かに置いたはずだ。靴の横、苔のない、土の上だった。生き物の気配も無い場所だ。誰かが持っていったとは考え難い。

 実は魔石が無くなったと聞いたとき、微かに、クマの兵隊さんの後ろ姿がリオの頭をよぎったが、可愛いクマちゃんが作った兵隊さんを疑うなど、仲間として絶対にしてはいけないことをしてしまった。

 反省しなければ。


「さぁな」


 ルークは可愛いもこもこの真っ白なふわふわを手櫛で整え、(ブラシが必要だな)と考えながら、リオに一言返した。

 クマちゃんが一段上の美を手に入れる日も近い。



 大好きなルークに美しい被毛のお手入れをして貰っているクマちゃんは考える。

 洞窟で盗難事件があったようだ。

 リオが置いた魔石が被害にあったらしい。

 大変だ。魔石はとても大切な物だ。それを盗むなんてとんでもない。

 犯人を見つけ、クマちゃんがお仕置きをしなくては。

 そして『魔石を盗むのはいけないことですよ』と言うのだ。

 でも、相手が『ごめんなさいもうしません』と謝ったらちゃんと許してあげよう。

 クマちゃんが犯人から悪いことをした理由をきいて、最後に『たくさん反省できたらクマちゃんの魔石をわけてあげますよ』と言えば事件は解決するだろう。


 うむ、と深く頷いたクマちゃんは一緒に洞窟へ行く気満々だ。



 興奮気味のクマちゃんをフワリと腕の中に抱き込みベッドに横になったルークが、無駄に色気のある低い声で「もう寝るぞ」と言うと、可愛いもこもこはおとなしくつぶらな瞳を閉じた。

 普通の人間であれば色々な意味で心拍数が上がり安心出来ないルークの声は、クマちゃんにとって一番安心できる声らしい。

 ふんふんと鳴らしていた鼻も静まり、二人と一匹が寝たあとの洞窟のような部屋の中から聞こえるのは、彼らの小さな寝息、クマちゃんの可愛い寝言、


「クマちゃん」


反応し目を覚ましたリオの「いやクマちゃんその寝言なんなの……」というかすれた呟きだけだった。

 

 

 爽やかな朝。洞窟のような部屋はまだ暗い。

 日が昇る前の森の中のような濃い緑の香り。壁際のそれが成長したときに刺さった枝は、あの時と変わらず、壁の中にある。

 室内の空気は今日も澄み渡っていた。


 早朝であってもだるさもなく、ぱっちりと目が開いている二人と一匹。体の調子も万全だ。


 

 本日のクマちゃんの衣装は、ルークの色、黒、緑、細い銀色のストライプのリボン。おしゃれなクマちゃんにぴったりの、一人と一匹のお気に入りの品である。

 ルークの長い指が器用に動き、あっという間に寝起きクマちゃんから素敵なクマちゃんに変身した。


 鏡を見たクマちゃんは、うむ、と深く頷く。

 暗すぎてよく見えないが、クマちゃんは今日も可愛いはずだ。

  

 

 ほぼ人のいない、薄暗い酒場で朝食をとる四人と一匹。

 酒場の料理人達は元々出勤時間が早いが、特別任務を受けた彼らのために、他の冒険者とは別に朝食を用意してくれたようだ。

 ――休みが欲しいと言っていた料理人の健康が危ぶまれる。


「そういえば昨日って魔石の話でマスターに呼ばれたんだっけ?」

 

 リオが隣のテーブルで、可愛すぎるクマちゃん観察をしつつ朝食を取っているクライヴに尋ねる。

 それならば何故、ルークや自分達は呼ばれなかったのだろうか。呼んでほしいわけではないが、少し疑問に思った。


「――購入者リストの確認だ。それに目を通している時に、ギルド職員がマスターの部屋へ入ってきた」


 朝から肉を食べているクライヴは、食事の手を止めリオの質問に答えた。

 魔力が多い人間はよく食べる。

 食べたものは体内で魔力を作ることと肉体を作ることに使われるからだ。野菜や果物にも魔力は含まれているが、肉のそれが一番効率がいい。


 最強の男ルークは、食べても食べなくても魔力が多い。多すぎて食事くらいでは変化がないのだろう。食事が目の前にあるなら食べるが、なくても暫くは困らない。

 飢えて死ぬこともなさそうだ。


「クマちゃんの作ったものの購入者リストのことだね。――連れていかれた冒険者からも話は聞けたのかい?」


 クライヴと同じくらいよく食べるウィルも、動きは優雅だが肉の切り分け方がアレな手を止め、彼に尋ねる。

 必要な場所であれば、きちんとしたマナーで食事をするウィルだが、冒険者達との食事の場でそれが必要だと思っていない彼は、肉の切りかたも大雑把だった。


「いや。そいつはまた花畑で寝転がっていたから置いて来たと言っていた。しかしギルド職員から話を聞いたが、その冒険者に問題があったわけではないだろう。道に迷った様子ではなかったと聞いた」


 花畑で寝転ぶことが趣味、というわけではないはずだが、クライヴはギルド職員から聞いた話をそのまま伝える。


 こうして、役立つ話も聞けないまま、彼らはギルド職員の護衛兼案内役のため再び洞窟へ出かけた。


 

「クマちゃんも連れて行って大丈夫なんですか?」


 足が速いらしいギルド職員は、ルークの腕の中の可愛らしいもこもこを見て言った。普通の疑問である。

 職員の制服を着ている彼は焦げ茶色の髪で、身長は百七十五センチくらいだ。この世界の成人男性では高くも低くもない。とても普通である。


「あんまりよくないけど、行きたいっていうのに置いてったら……」


 リオは色々普通なギルド職員へ答えようとしたが『クマちゃんが問題を起こすから』というわけにもいかず、黙った。

 朝っぱらから森の魔王のお怒りに触れたくはない。

 それに、クマちゃんは問題を起こしたいわけではないのだ。寂しすぎてとった行動で問題が起きるというだけで。

 リオは思った。言葉とは難しい。

 誰も傷つかない言い方を教えて欲しい。


 ルークの腕の中のクマちゃんは、つぶらな瞳でリオを見つめている。言葉の続きが気になったのだろう。

 悪い言葉が続くとは少しも思っていない、信頼しきった曇りのない瞳だ。


「洞窟の奥まで進むわけではないから、昨日の場所までであれば問題はないと思うよ。あそこにはモンスターが居ないからね」


 シャラ、シャラ、と彼が歩くたび鳴る装飾品の音と共に、ウィルは透き通った声でギルド職員の疑問に答えた。



 洞窟内を走り、目的の場所までやってきた五人と一匹。

 当然クマちゃんは少しも走っていない。走っているルークに抱えられ、揺れも少ない安全で快適な旅路だ。

 本日はギルド職員というお客様がいるため、彼のスピードに合わせた速すぎない移動である。

 足が速いというだけあって、彼の走りは冒険者達よりも少し遅いくらいの、非戦闘員としては最速といっていいものだった。

 素晴らしいが、昨日彼の案内をした冒険者は全く嬉しくなかっただろう。


「ない」


 目的地に到着したリオが呟く。

 記憶がどうというより、冒険者達が対大型モンスター用の頑丈な装備を身に着け、集団で、全力で駆けた道には、靴跡や苔がはげた場所が至る所にある。

 間違えようがない。案内役の冒険者が道に迷わなかったのも納得だ。

 この通路の惨状を見て、環境を破壊しまくった冒険者達の所業に怒り狂う研究者もいるだろうが、生憎ここにはそれを指摘するまともな生き物はいなかった。


「…………」


 昨日リオと共にここへ飛ばされたクライヴが、しゃがんで地面を確認するが、やはり魔石など無い。黒い革の手袋に包まれた指先で、地面をなぞる。

 石や岩もないため、他の物と見間違えているというわけでなく、この地面には、苔以外何も無いのだ。



 目的地に到着したらしい。クマちゃんはハッとなった。

 安心安全快適な旅路すぎて、少しだけ寝てしまっていたようだ。ルークが大きな手で撫でてくれる。おはよう、と伝えてくれているのだろう。

 クマちゃんも、おはよう、とルークに伝えるため、彼の手を掴まえ指をくわえようとしたところで、もう一度ハッとなった。

 大変だ。魅惑の指をくわえている場合ではない。

 犯人を捕まえるのだ。

 まずはアレを作らなければ。

 クマちゃんはルークの腕を肉球でキュムっと押し、地面に降ろしてもらい、彼の手を借りリュックの中から必要なものを取り出す。



「クマちゃん何かつくんの?」


 可愛いもこもこが目を覚まし、何かを始めた。リオは昨日飛ばされたことを忘れていない。獣が動き出したなら警戒する必要がある。


 いつも通り、作業中はリオの言葉を聞かないクマちゃんは、土ではなく苔のあるところに素材を並べた。汚れないようにしたのだろう。

 輝く牛乳瓶と魔石の前でクマちゃんが杖を振った。


「えーと、虫メガネ? いや輝きすぎじゃね?」


 クマちゃんのもこもこの手が持っている物を見たリオが言う。

 虫メガネというには、あまりにも輝きすぎている。素材が輝く牛乳瓶なためこうなってしまったのだろう。


「クマちゃんは僕たちが困っているのを見て、手助けをしようと思ってくれたのではない?」


 可愛いクマちゃんが輝く虫メガネをもこもこのお手々に持ってウロウロしているのを見たウィルが、微笑ましそうに言う。



 クマちゃんが、動きを止めた。

 虫メガネをのぞき込み、手に持っているそれに顔をぴったりとくっつけた。

 ぴったり過ぎてもこもこの毛に埋まっているが、あれでいいのだろうか。



「クマちゃん何か見つけたの?」


 リオはクマちゃんが何を見ているのか気になった。本当に何かを見つけたのかもしれない。

 

「クマちゃん、俺もそれ見たいんだけど」


 下を向いたまま虫メガネに顔をくっつけ動かないクマちゃんにリオが声を掛ける。

 奴は何を見ているのか、虫メガネに顔をのせて寝ているのではないか。

 待っている間大分失礼なことを考えていたが、クマちゃんはリオにそれを貸してくれる気になったらしい。


「ありがとー」


 可愛らしいもこもこの手から輝くそれを受け取り地面にしゃがむ。

 虫メガネを顔に近づける前になんとなく、それを土へ向けかざしたリオの目にそれは映った。


「――なにこれ」


 輝く虫メガネの中、土の一部に、青く光る文様が見える。


「何だ、これは」


 地面に何も落ちていないことを確認したあと腕組をして考え込んでいたクライヴも、可愛いもこもこが作った輝く虫メガネが気になり、リオの横へしゃがみ、文様を目にした。

  

 

 地面に浮かぶおかしな文様を視界の隅で確認した瞬間、ルークは可愛いもこもこを危険から遠ざけるため地面から回収し、腕の中へ戻した。

 名探偵クマちゃんのおかげで早速何かを見つけた彼らだったが、見つけたのはあまり素敵なものではなかった。


 肉眼では確認できない不気味に光る文様。

 大発見をしてしまったクマちゃんは、一生懸命肉球をペロペロして考えた。

 何か凄い物を見てしまったような気がするが、あの青いのが犯人なのだろうか。

 クマちゃんがあの青いやつに『魔石を盗むのはいけないことですよ』と言ったら、あれは真面目にお説教を聞いてくれるのだろうか――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る