第26話 大ヒット商品を作るために

 要望書を残し、マスターの部屋をヨチヨチと後にするクマちゃん。

 現在もこもこは立入禁止区画を抜け、自身の、まだ経営はしていないお店を目指していた。


  

 一人になった部屋。目元を隠すように額を抑えたマスターは、長く深いため息をついた。

 ――本当に、大変だった。


 先程まで彼は、もこもこがゆっくりと書くクソでかい文字をひとつひとつ解析し読み上げていた。

 幼いもこもこが書いたような、常識にも紙にもおさまらない、大胆に机をも超えた文字を。

 そのうえあの型破りで紙被りなもこもこは、彼の回答が少しでも遅れると、肉球のついた手と新しい四枚の紙を使い、さらにじっくりと丁寧に書き直してくれるのだ。


 あの時、文字の判別が遅れ「ん?」と言った自分は、なんと馬鹿だったのか。


 制限時間付きの〈クマちゃんクイズ〉のおかげで仕事は大幅に遅れてしまったが、白いのの言いたいことは一応、理解出来た。

 ギルドで回復薬が不足している今、光る瓶の製作に魔石が必要という話は大変重要な案件だ。

 もこもこが早い段階で相談してくれて助かった。


(しかし、あのもこもこが作り出した、よれた大量の紙はどうするべきか……)


 百を優に超えるクシャっとした、時にビリッとした紙に囲まれたマスターの悩みは尽きない。



 無事交渉を終え、酒場内の白いお店に戻ってきたクマちゃん。

 必要な魔石は職員が持ってきてくれた。

「うぉ……びびった。怖っ、なんで勝手に開くんだ……」そのとき何か聞こえた気がするがたぶん気のせいだろう。


 マスターが文字を読むのが苦手なせいで少し遅くなってしまった。

 だが、ルーク達が帰ってくるまでまだ時間はある。

 瓶をたくさん作っておこう。

 時間があまったら、当店イチオシの〈甘くておいしい牛乳〉と〈野菜と果物のジュース〉についても考えなくては。


◇  

  

 数日分のキラキラする瓶を作り終えた牛乳瓶職人クマちゃん。

 あとは発売までに飲み物をより美味しくするだけだ。

 牛乳はもっと甘いほうがおいしいのではないだろうか? それなら簡単そうである。

 先に〈野菜と果物のジュース〉の方から研究するのがいいだろう。


 ひんやりする箱の中を覗いてみたが、普通の野菜と果物ばかりに見える。

 イチオシな物を作るのだから原材料にもこだわりたい。

 そういえば、昨日マスターが部屋に呼んでいた外仕事の人は野菜を作っていそうな格好だった。


 うむ。あの人に会いに行ってみよう。



 ――会いに行きたくても居る場所が分からない。


 気付いてしまったクマちゃんは情報収集をするため、ヨチヨチと店を出る。

 チリンとドアを開け酒場を見渡すと、ちょうどお話ししている女性冒険者達を発見した。



 現在クマちゃんは椅子の陰に隠れ、じっと聞き耳を立てている。


「ねぇ……すごく、見られてるんだけど……」

「シッ。あれきっと隠れてるつもりなんだから見ちゃダメ」

「だって……半分以上でてるよ……気になるよ」


「何してんだろ? ……めっちゃ椅子ガタガタいってるんだけど」

「……私達が、小声で話してるからじゃない? ……なにが聞きたいんだろう……さっき、なに話してたっけ?」

「え? なんだっけ。……ほぼ見えてるもこもこのせいで忘れちゃったんだけど」


「……そうだよね……あ、あの人の話じゃない? ……昨日、急に若返って、噂になってる、オリヴァーさん……」

「ああー、そうだった。……ほんとびっくりしたわ、変わりすぎて最初わかる人いなかったし」

「ね。……オリヴァーさんのことが、気になるのかな……?」


「そうかもね。……あのもこもこ椅子押して無い? さっきより近いんだけど」



「クマちゃん。オリヴァーさんのこと聞きたいんでしょ? 椅子押すのやめてこっちおいで」


 そんなことはしていないが、話は聞きたい。

 うむ。とひとつ頷いて二人のもとへ近付く。


「オリヴァーさんの何が知りたいの? 私達も別に詳しくないよ」

「……うん、名前と……ギルドの野菜とか果物とか、作ってる人ってことくらいかな……」


 欲しい情報に近付いたクマちゃんは、口元にキュッと力を入れじっと二人を見た。


「なんかめっちゃ口もふっとしてない?」

「……うん。……ちょっと目も、大きくなってるような……」 

「これ以上知ってることないしなぁ……。いっそ会いに行く?」


「あ。……それ、いいかも……」


 クマちゃんの高い情報収集能力により、すぐに目的は達成できそうだ。   



 女性冒険者に抱えられ酒場の奥にある扉をくぐり、裏庭のような場所を抜ける。

 そこから更に先へ進むと、畑や林が見えてくる。

  

「ほら、あそこ。……なんか、立ち姿が違いすぎて別人に見えるけど、服装がオリヴァーさんっぽい」


『ほら』彼女が指で示す。

 動くものについ反応してしまう猫のように、クマちゃんが視線で指を追いかけた。


 するとそこには、畑の上でまっすぐ背筋を伸ばし、首に掛けた布で汗を拭っているオリヴァーらしき男性がいた。

   

「……ね。……多分、合ってると思う……」



 二人と一匹が近付くと、気付いたオリヴァーらしき男性――もとい、ほぼオリヴァーがこちらを見た。 


「君は……昨日の……」

 

 驚いた様子のやはりオリヴァーだったオリヴァーは、クマちゃんが〈野菜と果物のジュース〉の製造者だとマスターから聞いたらしい。

 少し笑顔を向けてくれた。

 

「その……白い子は、俺に用事があるのかな?」


 若返った男オリヴァーは、昨日よりずっと元気になったようだ。

 口調が明るくなったように感じる。

〈野菜と果物のジュース〉はちゃんと説明書き通りの効果を発揮したらしい。


「私たちは、クマちゃんがオリヴァーさんに会いたがってたって事しかわからないんですけど、心当たりあったりします?」


「そうか……。もしかして……昨日野菜ジュースをこの子から貰ったんだが、関係あるかな」


「……それ、合ってるような、気がします……クマちゃんの口が、ふくらんでいるので……」


 クマちゃんが何も言わなくても、皆は素晴らしい推理でクマちゃんの望みを当ててくれる。

 女性冒険者の腕の中から抜けようとすると「あ、降りたいの?」すぐに、もふ、と地面に降ろしてくれた。


 畑に近づき何の野菜があるのか確認しようとすると、少しだけ足を取られてしまったが「あぁぁやばいやばい顔とお腹茶色くなってる」特に問題はないだろう。

 ふむ、ここの野菜はひんやりする箱のものと特にかわらないように思う。


 ――そういえば――。


 クマちゃんはハッと思い出した。


 リュックの中に、森で採ってきたものがある。

 ――植えたらどうにかならないだろうか。

 クマちゃんはリュックに手を入れ、肉球に木の実を乗せてみた。


 青とピンクの色合いがとても綺麗だ。


「なにあれ。なんか凄い色の木の実出てきたんだけど」

「……あんな色合いの植物なんて、俺は見たこと無いんだが、なんで縞が……」

「私も。……見たことないです」 


 畑の隅を少し借りて植えてみよう。


 穴を掘るものがないから手でやるしかない。「畑に穴掘り出しましたけど大丈夫なんですか? これギルドで使う野菜の畑ですよね」深さはこれくらいだろうか?

 掘った穴に木の実を入れて、水が無いからこれを掛けよう。「なんか畑に白いの掛けてますけど、あれ噂の牛乳ですよね。マジでほっといていいんですか?」これで、水分は大丈夫だろう。

 

「……そうだな……」


 作業を終えて満足したクマちゃんが頷いていると、いまさっき牛乳を掛けた場所から細い木が生えてきた。

 植物も元気になるのだろう。


「……なんか木生えましたけど、このもこもこ、このままにしといて大丈夫なんですか? そろそろ止めた方が良くありません?」

「そうだな……止めなかったらどうなるんだろうな……」

「……確かに、それは……気になりますね……」


 

 白い獣に畑を荒らされているオリヴァー。

 彼の大事な畑は、一体どうなってしまうのか。


 クマちゃんの止め方が分からない三人は、どんどん茶色くなる――数分前までは白かった獣を、ただ見つめ続けることしか出来なかった――。

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