春にさよなら 三
対峙した両者の
ナツは白銀に変異した両脚を踏みしめた構えで地を滑り、体勢をすぐさま立て直し、青く変妖した頭部を前にあげ、桃色の狂眼で狂変したハルの
ハルは肥大した枯木のような灰色の両脚で悠々と着地し、子どもの見姿とはかけ離れた三メートルを超えるだろう巨躯で、すくっと大地に立っていた。逞しき赤黒い胸筋が盛り上がり、ナツと唯一共通する桃色の狂眼が愉悦に細まっている。
ナツは悠々と余裕を構える
──
「第三の眼」から連続の
だが、どうしたことか光弾はハルに到達する瞬間に阻まれる。
(あれは……ッ)
ナツの狂眼が鋭く狭まり、ハルを護るように蠢く焼け
牙と腕とが蠢きお互いを喰いあうように融合し、ひとつの化物が目の前で生まれた。瞬間、ハルの関節部が膨れあがると
──
桃色の狂眼が見開かれ、破裂音と赤黒な飛沫と共に牙の拳が咆哮を挙げ、ひとつの凶暴な意志を持ってナツを食い破らんと襲いかかってきた。
「ッ──っっ!!??」
ナツは飛翔突撃してくる牙の拳に向かって白銀の拳を握りしめ、ギリと力を込めた。白銀の腕が縦に割れ裂かれ、青白い輝きを放ち始める。ナツは前へと脚を踏みだし己が銀拳を
──
大口な牙を突き立て、ナツの腕を食い破らんとする異形の牙拳へと手甲部より青白に輝く
片手失くしたままの
──
「ッッ!?」
ハルが呟くと同時にナツの血塗れた半身が急激な熱を上げ、爆発した。
真横に吹き飛ぶ衝撃で旧養護施設を巻き込み燃えさかるナツの身体は地に転げ飛んだ。
(……これ、は)
炭化し炎が燻る己が腕を機能する視界狭い片眼で見つめながらナツは何が起こったかを瞬時に理解しようとする。
「トレス」
離れたハルの声がナツへと届く、この身体を今すぐに動かさねば滅せられるという確かな防衛本能が働き、ナツの「第三の眼」が剥き出しに見開かれ、炭化し動かぬはずの半身に青白い炎が吹き上がる。燃える片手を着き、ナツは上半身を立ち上げた。
──
ナツが叫び半身を燃えあがらせながら飛び出すと、ハルが片手を振りおろす。赤黒な血の雨が地に降ると、血雨を追いかけるように炎が燃え上がりナツがいる場へと向かってゆく。間一髪と飛び出したナツの狂眼に映ったのは燃え落ちゆく旧養護施設であった。
「ハル、キサマはっ」
再生した狂脚で地に立ったナツは思わずとハルに怒りを向けた。
「こんなお
ハルの様子に、もはやここでの辛うじてあっただろうナツとの想い出は欠片とも残されてはいないのだと理解できた。脳髄にまで達した狂細胞の支配は戦闘意欲に不必要な記憶を蝕み殺してゆく。
ハルは背骨型の触手を伸ばし回収したナツが真っ二つに両断した牙拳を引きちぎり血混ぜに突き刺すと、無理やりに結合固定し、腕を垂れ下げる。地面に滴たる血が炎と変わりハルの足元を燃やしてゆく。
(ヤツの血は、爆弾そのものだ)
変わりゆく友への感傷に浸る間もなくハルの次なる攻撃手段をナツは分析する。ハルにキズを着け、この身を再び血濡らせば血炎の爆弾を直にその身へと受ける事になる。血炎は半身を炭化させる程の威力。次は一瞬で存在を燃え散りに抹消されかねぬ。二度とも食らうわけにはいかない。ならば、ナツはこの身最大の攻撃を叩き込まねば、敗北を喫するという事だ。
(いいだろう、懸けるぞ、この身、全てをッ)
ナツは白銀の両手脚に力を込めて割れ裂かせ、四牙の光刃を展開させる。
ナツが次の攻撃で自分を仕留めに来る事を既に理解しているハルは巨腕を天へと掲げ、二対の牙へと喰らわせ赤黒の血飛沫を天上に捧げた。
「デュイィオオォッ!」
ハルの咆哮と同時にナツは腰を落とし獣のように刃を展開する白銀の両脚を地に着け、腰を落とした。
「ウウゥゥヌウウゥスッッ!!」
ハルが最後の叫びを上げ、失った腕を振り下ろすと天に噴き上がった血飛沫が赤黒な無数の槍となってナツに目掛けて襲いかかってきた。
瞬間、ナツの身体は地を放れ
──
縦高速に回転したナツの身体は紫電を走らせながらハルへと飛んだ。
ハルの放った無数の血槍はひとつの超弾丸となったナツの身を穿くこと叶わず、血塗らせの爆散を与える事もできない。ハルの
「ニイィヒイィッッ!?」
ハルが悲鳴のような咆哮をあげて、強制結合させた血濡れの巨腕と背骨触手を振り下ろし、ナツを叩き落とさんと最後の抵抗みせた。
瞬間、回転する紫電の雷光を更に輝かせ、回転軸を横へと変え、最後の一撃をハルへと叩き込む。
──
両手脚に展開された青白の光刃は、最後の一撃となる右脚へと集まり巨大な白銀の刃となり、一瞬にしてハルの胴体部にある「
「終わりだ……ハル」
「終わリレ……オワ──は、ハハ、ァァ。
ハルは胡乱な眼で、自分を哀しげに見おろす眼を見上げなら力の無い呟きを漏らしながら弱く笑った。全身の狂細胞が燃えてゆき、朽ちる感覚が理解できた。自分の存在そのものが無くなるのだと。
「さようなら……ナツ。あの世で──手招きくらいは、シテ──アゲルヨ」
ハルの動かぬはずの燃え朽ちてゆく折れ曲がった腕が弱々しく持ち上がる。最後に、目の前のナツを求めるように。
「外道の手で歪まされ、自らの手で罪なき生命を歪めていった、俺達のような異害な生命に、還れるあの世なぞありはしない……ッ」
ナツは感情を喰い殺した精神で、その伸びる腕を拒否し、脚の力を強めハルの
「俺達が還るのは……生まれ変わらぬ
ハルの伸びた腕が燃え上がり、地に崩れ落ち枯れ桜にハルの火が燃え移った。ハルと枯れ桜は共に交わるように燃え広がり、灰と火の粉を、吹き荒ぶ風が彼の存在を無へと帰すように、天上へと舞い上げていった。
見上げるナツの狂眼にはその光景が、満開に広がり散る。桜花弁に見えていた。
「ハルにぃ……さよなら」
ナツは知らず、別れの言葉を漏らし、眼を閉じていた。
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