無垢な狂気
木曜日御前
彼女は今日も
「私、小説のこと、何も知らないんで教えてください」
可愛い顔に可愛い声。自分よりも年下の彼女が、この文芸サークルに入ってきた。
私は小説を書きながら、一瞥だけ。
しかし、周りの男たちは筆を止めて、沸き立っているのが空気のざわめきだけでわかる。
数少ない女たちは静かに目配せした。
彼らは微妙な距離感で彼女に話しかける。
耳を傾ければ、基本はおすすめの小説や、映画や、漫画や、ゲームとか、彼ららしいチョイスだ。
「はわぁ、流石です」
「ひぇっ、知らなかったですぅ」
「ふぇぇ、すごいです」
「へぇ、センスいいですね」
「ほえ、そうなんですね!」
合コンさしすせそを、使いこなす彼女に転がされていく彼ら。女性陣は冷ややかにその光景を見ている。女の一人が、私の耳元で話す。
「やばいの来たね」
私はにっこり微笑みながら、ペンを走らした。
予想通り、彼女は囲まれた中で楽しそうにし続けている。なにか落ち込んでも、周りの男たちが一生懸命に彼女を慰めた。
「▲▲先輩たち、私を誘ってくれない」
しくしく泣く女に彼らは群がる。
「可愛いから嫉妬してる」
「あんな魔女なんか気にするな」
「俺たちがいるだろ」
彼女をヨシヨシする姿に、女性たちもその先輩も冷たい眼で眺めている。
別に誘うも何も、話したことのない彼女を誘う必要があるのか。
でも、騎士たちは踊る。楽しそうに。
しかし、彼らは次第に騎士の座から、王子の座になろうと藻掻き始める。醜い足の引っ張り合い。女達はそれを肴に酒を飲む。
いつしかサークルの雰囲気が悪くなり、仲良かった男たちの友情も崩壊寸前だ。
勿論、彼女も彼らの変化に気づいたのだろう。しかし、彼女は私達の予想に反し、彼らから逃げ始めた。
逃げてきただろう彼女が、図書室で書いている私に縋りついた。
「私ただ、一緒に小説を書ける友人が欲しかったのに」
そう泣く彼女に、私は首を傾げた。
「そうだったんだ。私達、サークルクラッシャーだなあって思ってたの。だって、男たちに囲われてるだけで、短編の一つも書かないんだもん」
ニッコリと嘲笑った私に彼女は、顔を引き攣らせる。
「いいネタ、ありがとう。サークルクラッシャーもので一つ書けそう」
私は彼女の肩に手を置いた。
「でも、ちゃんと壊れるとこも見て書きたいから、最期までがんばって」
彼女はもう二度とサークルには来なかった。
「作者は経験した事しか書けないのに」
私は未完の小説をどう終わらすか、悩みながらペンを走らせた。
無垢な狂気 木曜日御前 @narehatedeath888
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