ひとりになって、おとなになる。
一人ごっこも、
パズルも、
形も存在ですら何もなかった。
すべてが虚で、偽物だ。
「昔々のあるところ、というわけでもなく最近の話。
本物のような夢心地で、
偽物のような現実感を植え付ける。
世にも不思議で珍妙で可笑しな物語。
始まりは世界を騒がす怪盗で奇術使いで変人で、天下も認める妄想家。
面白さや楽しさばかりに目が眩み、後先考えずの奇天烈な行動は事故や事件、災害を度々引き起こしていた。
フィクションの境目など存在しない領域での妙な力を持っていた。
例えば。
世の中の命あるものに羽があったらもっと自由なのにと考えれば、一国中の生物と名を打つ命あるものに羽が生え、混沌と化した。
今ではその羽の生えた生物達は迫害の果にそれ以外の種との交流を避け、静かに暮らしている。
迫害が起きてしまい、小さな戦争が勃発したせいである。
例えば。
世の中お金が全て。
お金があれば人々は幸せかもしれないと思えば、世界中各国に適応した硬貨や紙幣を雨のように振りまき経済を有る意味で傾かせたということもあった。
金融、貿易だけではない物価の変動も然り、その金銭を巡っての諍えも絶えなかった。
例えば。
学校がなくなれば子どもたちは笑顔になるのではと思えばどこかしらのすべての学校と意味のつく、定義のつく施設が一夜にして消えたということもあった。
建設しようにも資材の窃盗や一夜の解体リフォーム、尽く邪魔をされた。実際子どもは笑顔もあったが悲しそうでもあった。
義務教育、全体的な学力低下にも一時期繋がり、すぐさまこの現実は終わった。
例えば。
戦争がなくなれば世界が平和になるという当たり前で簡単なようで難しい理論をも可能にした。
完全道の巨大怪獣を各地に出没させ、倒させた。
戦争をなくすのならば戦争以上の脅威を与え、対抗しうる手段として軍事兵器を使わせる。
戦争は人間が存在する限り亡くならないから合理的に解決してしまったわけだ。
よって戦争はなくなり、定期的に怪獣討伐が行われるようになった。
と、このように奇術という範疇に収まらない摩訶不思議な現象ばかりを引き起こす妄想家はふと思ってしまった。
世界はやっぱりつまらないかもしれない、とね。
妄想家は世界を面白くしたかった。
だから、愉快で平和で笑顔があるであろう不可能にも近い願いを体現させてきた。だが結局プラスばかりでなく、マイナスがでてくる。表裏一体に対義のものは出てくる。
それを妄想家は大人だが子供だった。
夢見がちな傍から見れば単なる愉快犯。飽き性にもほどがあり、飽きて突如としてこの世を去ってしまった。
そうして妄想家の残した禍根は未だに消えず、人々に夢をーーーーー妄想を魅せ続けているとさ」
おしまい、そう友人は拍手で締めた。
連れてこられたのは近所の公園周りの並木通り。堤防の敷かれた小川を真下に橋上で友人は物語を披露した。雄弁に饒舌に、小学生のあたしには難しいであろう単語も使いながらだ。
でも物語は分かった。
意図は分からなかったけど。
それよりもあたしはこの場所の方へと意識が向いていた。この季節、去年は一人だった。公園で一人でなんとなく周囲を眺めた。
夜遅くまで、満開の桜と一緒に。目を細めて、目をつぶり開けてみても、桜はない。
一年………一年か。母は何をしているんだろう。
あたしが、父がいなくてもちゃんと誰かを愛せているのだろうか……………多分それは心配いらない。母はそういう生き方しかできないんだから。
あたしもそれは同じ。
いい子でいることでしか愛される方法を知らない。
でも今愛されないなら、あたしはどう幸せになればいい。
物語の主人公みたいに、笑顔でいればいいんだろう。
「君は物語が好きだと聞いてね。少しファンタジーよりの話をしてみたよ。但しノンフィクションだけどね」
「のんふぃくしょん?」
「本当にあった話ってことだよ」
「でも学校、ありますよ?」
「それはそっちのほうが幸せだっていう人が居たからだ」
幸せ、そう復唱してみるもののやっぱり分からなくてあたしは口籠ってしまった。友人は小さく笑みを鳴らし、手を離す。あたしから少し離れた橋の終わりのところ。友人は指を鳴らした。
「君、今幸せかい?」
あたしは分からないから首を降った。
友人は指を鳴らした。
「なら最近で嬉しかったことは?」
「得には………………ない」
沈黙の間には母の薄い微笑みと、父の震える背中が過ぎった。
薄い微笑みも震える背中も、あくまでも安心だった。
嬉しいと思ったのはその先のこと。
あたしが求めて叶えられなかったことだから。最近でもないから、違うと思った。
友人は指を鳴らした。
「だったら最近悲しかったことは?」
「…………ち、と…畏句無の子どもじゃないって、分かったこと」
父、もしくは父さん。
呼ぼうとした呼称に迷い、最終的に呼び捨て。先ほど初めて知った名前を呼び捨てした。最近ではそれだけど、一番は未知の母を見てしまい見捨てた時。
「君は畏句無を父だと思っていたかい?
ああ、これは酷かな。だったら君は畏句無のこと好きだった?家族だと思っていたか……いや、これも酷だな。んー、うまくいえないね」
一人でから回る友人の発言にあたしは心が重くなる。
聞くこと自体が酷いことなのに、思い否定することはもっと酷いことーーーーーー悪いことではないのか、と。
「……………あたし、は。ひとり、だから」
でも、分かっていたことはあるのだ。
最近、気づいてしまったことは。
「あたしは、ひとりでした。家族、なんていません」
そう思わないと、気づかないと、あたしの夢は本当に終わってしまう。
童話、物語の主人公みたいな幸せな家族と笑顔。
本当の家族でないなら、もう直らない、二度となれない家族なら尚更。
空回りして、求められないものを愚かにも求めてしまった道下。
あたしはきっと、主人公ですらない。
悪役にも、モブにもなれない。
何にでもない、何にもなれない。
目が熱くなって止まらない。思考停止も理解不能もあたしの防波堤だった。この抱えきれない悲壮と憫然たる孤独を、痛みから逃げるための無意識的な意思。
それが崩壊すれば止まらない。
もう、戻れない。
心が潰れそうなくらいに布越しに皮膚を巻き込み強く握り、手のひらは爪が食い込み、唇も噛み赤が垂れる。一度吐き出した言葉に際限がなくなって、なにか問わずに言葉は爛れる。
母の薄い微笑みが嬉しかったこと、その意味を知ったこと。
父の不器用なんだ接し方に心が少しだけ軽くなったこと、その意味を知っていたこと。
初めて恐れたものやずっと求めたもの。
好きなものも嫌いなものも。
叶えられなかった夢も。
叶えたかった夢も。
本物だったものを。
偽物の正体を。
全部。
全部。
友人はそれを黙って聞いていた。あたしが投げかける視線も言葉も全部。友人は晴れやかに頬を緩ませるばかりだった。そして全部吐露したあたしに友人は言うのだ。
先よりも声を高く大きくして。
友人は指を鳴らす。
「君の母親も父親も最底辺のクズだったんだね」
怒らせようとしたのか、泣かせようとしたのか。意図はわからない。それでもそれは、あたしも気づいていたことだったから、何も言えない。
何も言わなかった。
「子どもの性格ってのは、その環境と元々の性質で左右されるものなんだよ。そんなクズな母親から産まれてクズな父親とともに過ごした。どちらも愛やら運命に振り回された愚かで素敵な人間の鏡。そんな両親に囲まれた君はいずれ、同じ末路、同類のなにかに成り下がるんだろうね」
クズとクズ。
そして、クズの壊れかけ。
あたしは何も言えない。
「でもそれは僕も好ましくない。君は今僕の一番好ましい状態、それ以上だからね。だから君に道導をだそう」
友人は指を鳴らす。
「君の夢は、物語みたいみたいな幸福と主人公になりたいとおおまかに受け取るとしよう。だとすれば君がなぜ叶えられなかったのか、それを一緒に考えようじゃないか。
君の生きる中には必ず誰かがいただろう?
母に育てられ、父に拾われ、新しかった母に憐れまれ、父は結局母も君も見限った。捨てようとしているわけだ。
そして次。
君は求めたものに手を伸ばした。
憧れて、鮮明にね。
今もそれは変わらない。
守る事を守っていい子ちゃん。
それで手に入ったものはあるかい?
ほら、無いだろう。
さて、ここで問題ーーーーーー君がこれからクズにならないように、幸福になる為にはどんな手段を取ればいいと思う?」
友人の言うことは間違っていない。
偽物ばかりのあたしの生き方の、本物を語る。
第三者に言われて初めてちゃんと分かった。初めから、こうすれば良かったのだ。
「…ひとりになればいい。何も求めなければいい」
でも、それだと幸福と言える?
何より。
「でも、ひとりはさびしいです。夢も、叶えられない、と思います」
「だからもっと簡単に考えなよ。極端なんだよ君は」
極端。
そう言われても分からなくて黙り込んでしまう。友人はそれ見かねてさらなる誘導をする。
「君は母に求めて無駄を知った。父に縋って無為を知った。君が執着する、何かと頼った結果はどうだった?」
すべてが偽物だった。
何も得られなかった。
それは母に求めてしまったから?父に縋ってしまったから?
だったら。
「ーーーーーー誰かに執着しないで自分に正直に生きればいいの?」
いい子をやめて素直に。
求めて離れたくなら、縋って離れられるなら。端からそれを止めればいい。そういうこと?
正解が欲しくて友人に視線をやれば変わらない愉快そうに頬を緩ませた顔。でも声は落ち着いて段々と愉悦に満ちたものへと変わっていく。干渉に浸るように、静寂が流れた。
「及第点、かな。満点でもいい。今の君にはそれしかできないからね」
そうして友人は指を鳴らす。
刹那、瞬き。
季節外れの満開の桜が突如として現れた。
同時に突風も巻き起こり、桃の花弁を散らし踊らせる。空の夜闇をかき消すほどの桜は、月光に反射してキラキラと。翡翠に桃と光を映した。
「そういえばな乗り遅れたね。僕は
「ーーー
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