英雄になってみせたものと何者でもなかったもの
「だって二羽ちゃんは何より俺の子じゃないんだ」
…………え?
「え?」
同時に思い、声にされたその素っ頓狂で的はずれな言葉に、あたしは思わず瞳孔を開いた。
「もともとあいつは俺に子供を作って欲しいと大金連れて懇願してきた。承諾した俺も俺だが渋々だった。
それでもあいつの必死さは度を過ぎている。正気じゃない。
あそこで断れば俺は殺される勢いだった。
だからちゃんと約束を守った。
行為もやった。
それであいつは妊娠して出産した。
俺との子だって喜んでたが、どうにも怪しく俺は思えた。だから確認した。そうしたら違った。俺より前、あいつの前の愛人もしくはそれより前の複数の繋がりの誰かのものらしい」
何を、父は言っているのだろう。
何を言っている。
母も嘘つきだったってこと?
でもあたしは父に父らしいことをされた覚えは数度しかない。
父がいなかったら求め続けるあと幸福な生活があった。
父がいなかったら、母はあたしを産まなかったし、愛してくれなかった。
脅迫材にもなれず、流産も、中絶もされていたかもしれない。
父の子じゃないならここにいられない。
かと言って母の元へ帰れるわけでもない。
どこへ行けばいい?
何を信じればいい?
もう、何も分からない。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、ぐちゃ。
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
そんな時に。
友人は現れた。
「初めまして、君が
まだ、父や新しかった母にはあの話は持ちかけられてはいない。幼いあたしには酷だと考えたのか、いずれにせよいつかは提案されるのだろう。
その時あたしは選べるのか。
選べないに、決まっている。
あたしは何もわからないまま、結局変わらぬ日々を過ごしている。
いつものようにいい子でいて。
何も分からなくて、なんとなく義務感だけで。
心は重くなるばかりで、何も、変わらない。
「…………?どちら様ですか?」
赤ん坊が熱を出した。
新しかった母は病院についていくかと聞いてくれたがやめておいた。あたしの面倒を、気にかけて、負担をかけたくはなかったから。なんてのは建前での、ただいい子はお留守番を一人でできることだから、だった。
母はそう、いっていた。
「君の父畏句無の
「友人……お友達、ですか?」
「いいや、うーん………どちらでも言えるかな。友人は友人でも、友人が名前でもあるんだよ」
「………?じゃあ、友人さん?」
「余所余所しいねぇ。君の父と僕の仲じゃないか。呼び捨てで構わないよ」
別にあたしとは関係ないじゃないか、というツッコミはおいておいて中途半端に適当に答えた。疑問符を浮かべる一方のあたしに友人は愉快そうに笑うばかりだった。
特に、瞳。
翡翠を、目をよく見つめられたような気がした。
「え、と友人、さん。父は今家には居ません」
この頃から何も思えなくなったあたしには淡々と答えるしかなかった。
その上距離感のバグっていることでさえ、何も言わなかった。友人はあたしと行きのかかる寸前まで顔を寄せ、翡翠を除くのだった。
「ーーふぅん、中々上々じゃないか。一歩手遅れになる直前って感じだ」と、あたしの虚を映し、何も面白くないのにくつくつと笑っている。
「………あの、」
端から思えばあたしもあたしで警戒心がなさすぎた。
相手が嘘をついている、不審者の可能性の方が高いというのに。それなのにあたしは容易にその手を取られた。友人は父と同じくらいの若き男性の姿だったので本当に不審者に第三者ならなら見えたであろう。
家の扉を片手に支え、もう片手に小さなあたしの手を取って友人は言った。
「君を助けに来たんだ。この瞬間だけ、僕が君のヒーローだ」
この瞬間からあたしの心臓は高鳴りを取り戻し始めた。
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