にたものどうしと外れ者の嘘
「何か用?」
気配なくして路地の奥。
二羽の背後に立っていたのは見知ったターゲットーーーーー朱鷺雅在好だった。
黒髪と蘇芳の瞳。
あの時と同じ、冷酷で無表情な人形みたいな印象を与える。今度はちゃんと目は合っている。だが、虚空なだけに二羽を写しているかは別だった。
二羽にしては珍しい、顔を顰めて後ずさっての限界の警戒態勢。
それに首をかくんとかしげる在好は不思議そうに淡々と話した。
「何をそんなに、怖がってる?」
「怖がってないし。あたしはただあんたの学校との変わりようにちょーっとだけ動揺してるだけよ」
二羽の不確かな根拠が確証へと変わる。この顔だ。この顔があの時の少女だ。
それでも、モヤはまだ晴れない。
………何が引っかかっている?
それに胸がさっきから煩い。
何をしたらいい?
何をしたらあたしは納得をつけられる?
あたしは一体何にこんなに騒ぎ立てられている?
「……………?そういえばそうだった。忘れて、た」
二羽の不安定な様子からは変わり、在好は自身の頬を指でほぐして笑顔を皮をかぶろうとしていた。そして次の瞬きにはあの偽物の笑顔が張り付いていた。
あのいい子ちゃんと、優等生の笑顔だ。
「これでどうですか?」
「きもちわ……………楽な方で、いいわよ」
「楽、ですか?よく分からないです」
「なら元のでいい。あたしって笑顔嫌いなの」
「笑顔は誰でも好きだと思ってた。新たな発見」
一種で笑顔は枯れた。一発芸みたいだった。
在好は自身の頬を続けてほぐしながらも、鉄面皮は決して剥がれなかった。変なの、というよりは何なのこいつという気持ちが多かった。いつもなら前者なのだが、やはりこの胸のモヤが原因なのか。
なんで、こんな………。
「………………………」
「………………………何」
「何か用、ないならいい、の」
在好はそれだけ言い終わると足先と視線をすくざま外そうとした。話すことはもうないならと逃げるその足に反射的に声を出してしまった。
ーーーあんたがあの時の正体なの?
あの時、と首を傾げた在好に注釈する。
日時も様子も容姿も全て、無視されたことも。
在好はますます首を傾げたかと思うと、「兎」そう声にした。
肩に掛けた鞄からあの時計兎はコミカルな効果音とともに突如出現した。正しくは鞄にかけたアンティークな懐中時計から現れたように見えた。
時計兎は肩から頭部へとトテトテと上がり、在好の頭に張り付いた。張り付き、頭を揺らした。
都度揺れる在好というのもシュールで、人形のようだと思いを強ませるばかりだった。
「まさカ本当に気づいてなかったのカ?ボクはちゃんと言ったゾー!」
「そうだっけ?」
「一度目はアレがボクを追ってきたことを戦闘の最中に報告したゾ。二度目は討伐後現実世界でアリスが素通りしていいのカって気にかけたゾ。まあどっちもアリスはそう、とか別にってて素っ気なカったゾ」
まさか覚えてないなんて言わせないゾ、と時計兎は頭上でますます揺れを激しくする。
いい加減うざったるくなったのか、在好は眉を顰ませ、手で払い除けた。時計兎はそれを難なく交わし、くるりと右肩へと回り込んだ。
「………………ごめん、考えてなかった」
「謝るのはボクじゃないさ。ほら、アレに謝るんだゾ。怒ってる」
時計兎の真っ赤な瞳が二羽を見透かしたように見つめた。白兎なだけありその赤はえらく目立ち、見られている感をより際立たせていた。
怒ってる。
そういわれても二羽自身もよく分かっていない。
確かにイライラしていると真白にも言われ、拭い切れたつもりでも再発というかまた、でしゃばってきた。こんなこと久し振りだった。
最低限抑止してきた感情が前に前にと出てしまいそうな感覚。
「ごめん、なさい。気づいてなかった。貴方の存在」
「………あんな至近距離だったのに?」
だから、徐ろに低い声音が出てしまう。
が相手が相手に在好は動じず、変わらぬ態度で淡白に吐いた。
「………………見ない、ようにしてるから。現実は」
「………………!見ない、ように?それってどうゆうこと?」
何か、掴めそうな気がした。
だから食い気味に二羽は目を見開き、一歩前へと足は不自然に進んでいた。前を向き、相手を真っ直ぐに見つめる。その翡翠はほんの少し輝きを見出していた。
胸のモヤが晴れる予感に、胸を躍らせようとした。
在好は俯き加減に珍しく言葉をつまらせた。辿々しい言葉に拍車がかかっているように感じられた。
「…………え、と、………………………………………ーーー」
何か、様子が変だった。
何か物々と小声で唱え始め、耳を必死に済ませても聞こえない。
ただ分かることはといえば、在好の顔色が悪くなった。
そもそも路地裏の元の暗さのせいで明確には言えないが、確かに人形みたいに真っ白な肌が青に薄く染まっているように見えた。二羽はもう二、三歩進め手を伸ばしたところで横槍が入る。
「ボクのアリスは壊れ易いんだから安易に触れては駄目だゾ」
時計兎。
先よりも鋭く明確な敵意を持って双葉を見つめた。
二羽は思わず竦み、後退りをした。息を呑んでそれでも、と一歩二歩と、時計兎の忠告を無視して在好と近づいた。時計兎はそれを咎めることはなかった。ただその赤の瞳で見つめてくるだけ。それが余計に怖いが、二羽は怖気づかなかった。
手も声を震えた。
でも知りたかった。
「現実、見るのが怖い?知るのが恐ろしい?」
振り絞るように出した声は意外と大きくはない。
それでも在好は大きく方震わせ、小刻みに続いた。顔が見たかった。
だってこれに共感するならば、朱鷺雅在好はーーー
「………………なに、が?」
朱鷺雅在好はーーーーーまたあの顔だった。
偽物、虚構。
気持ち悪い、笑顔。
厚く脆く再生が早い化けの皮。
「……………………まあいいわ」と二羽は俯く。
胸の中で納得がつけられた。この笑顔は何度も見たことがある。鏡の前、二羽が好かれたいが為に必死に媚び売って諂って苦しんだ砂地獄の幼少時代。思い、出した。
だから無性に腹が立つのだ。
幼少期の自身と重ねてしまう。
「兎に角、あの時のアリスはあんただった。それが分かればあたしは十分よ」
そしてここにもう用はなかった。ここに停滞しても無益だ。むしろマイナス、二羽が懐古し苦しむだけだった。一刻も早く立ち去りたい二羽はすぐさま背を向け路地を抜けようとしたその瞬間だった。
視界が黒に染まった。
何かがぶつかったような鈍い音と柔らかな感触が布越しに伝わった。
倒れはしなかったものの、シュールな画となる。女子高生の顔面に黒猫がへばりつく、それを呆然としている。どこぞのギャグ漫画だろうか。背後の在好は真顔で無反応に、時計兎は偉く楽気に笑っていた。
「数分ぶりだね」
その声は粘着質で放浪者で、のらりくらりとした面倒な恩人のものだった。塞がった視界を何かを掴んで無理に剥がした。そして何かを一度掴んだままその主を見据えた。
「……………
「……………
別々の名称に倦怠感よりも戸惑いが先に生まれた。先に疑問を間髪入れずに投げかけた。
「ともひと、ってこいつ?」友人を確かに指に指し、在好は頷いた。
二羽の呼ぶ友人(ゆうじん)という名は幼い頃から統一されてきたもので、本名のはず。
それでもこの酔狂で食えないやつは法螺吹きな面もある。そんな人でなしが、父親の友人だから友人という名前にした、なんて適当にも程があるが可能性は高ような気がした(そもそもそんな奴と友人な父親も父親だとも思う)。
つまりはそんな奴が偽名を使った所で納得するという話。
思いを留め真を証明する為、続いて友人を睨むと平然と言葉をペラペラと吐きやがった。
「
だがね、一つ誤解しないで欲しい点というか注釈もしくは、補足がある。
何より夢を諦めきれない少女に、君に、名前を呼ばれるのは至福とも言えるんだ。
つまり
あ、この話は内密によろしくね在好。
君なら報酬欲しさに目が眩んだり口を滑らせたりしないだろうからね」
最終的には在好に目配せをウィンクまでも、一方的な口封じをした。確かにと納得はしたが朱鷺雅在好だって人間なのだから何かに目が眩むことだってあるのではないだろうか。
友人は知ったような口をさも当然のようにペラペラと軽薄に話す。だがその話に嘘はないことは確かなのだ。
大袈裟だが、友人の言うことは事実になってしまう。
嘘はない。
それは確かで、朱鷺雅在好も無言だが頷いていた。そんなことよりも先程友人の軽薄の長話について掘り下げる。
変態的な面は兎も角、幸福推奨委員会等というなんとも胡散臭い名称がでてきたものだ。
昨日の誘いとプレゼントがそれに関連するならば、今からにでも即決し、断りたいくらいだ。
それに在好と友人の関係。
どうやらその幸福推奨委員会の上司と部下のようなものと仮定すれば、二羽はこんな変態野郎の下につかなければならない。そう考えると益々物憂つになった。それに、と目線を下げその手荷物黒い物体を見下ろした。
「……このッ、離せよ狼藉者!ワレは高貴なる存在ナ!」
在好の時計兎のようにマスコット的なものがついてくるなら、こいつになるのだろう。こんなにプライドが高そうで高慢な黒猫はこっちから願い下げだった。
そもそも二羽は幸福になんてならなくてもいい。
勝手に幸せではないと人生の第三者如き決めつけられて不快でもあった。
「………宗教勧誘はお断りよ」
ボソリと呟いた言葉に友人は遅延して反応する。遅延は在好に意識が向いていたから、というわけでもなく単に意味がわからなかったのだろう。少し唸るようにし納得したように頷いた。
「どうやらそっちにも誤解があるようだね」
友人は余裕げに鼻を鳴らした。
二羽は首を傾げ、八の字に眉をさせる。
「幸福推奨委員会はね、何も僕の嗜好を満たすだけに作られたものじゃないんだよ。必然的に、運命的に、作らなければならなかった組織なのさ」
「…………………?」
友人が夢見る少女が幸福を掴むために必死な姿を拜む為たけの組織ではないと。
確かに思うところはある。
一度だけ在好のその活動を見た。
(必死かは兎も角)謎の可笑しな世界で怪物と戦うのか幸福だなんて到底思えない。苦労してまで掴む幸せは確かに充実はあると思うのだが、それ以上の痛みが伴う。
幸福はそう簡単には成れやしないのだ。
それに苦労したからと言って幸福がつかめるとは限らない。
それでもその苦労や痛みが怪物と戦うことだなんて馬鹿げてるし、非現実的だと思えた。そもそもあれは現実だったのか、それすらも怪しかった。ここまでくれば何もかも怪しく聞こえてくる。
更にそれに拍車をかける一言を友人は口にした。
「誰かが唱えた通り。
世界も救って少女も救えるーーーそれが今どきのヒーロー像らしいからね。それに糸引き導くのが我ら幸福推奨委員会ってわけだよ」
世界を救う。
とうとう規模がでかくなってきた。馬鹿げてるなんて言えないが、馬鹿げてるとしか思えなかった。夢見がちの片鱗を残す二羽としては。
少女が怪物と戦うだけで平和が訪れる。
ヒーローものではよくあるが、あの可笑しな世界には人っ子一人さえ居なかった。そんな世界を怪物から守ったところで何だというのだ。
それに私的な目的以外の胡散臭い組織の目的は……
「ヒーローを作り出す、それがもう一つの目的なの?」
「あくまでもそれは結果に過ぎない。副産物、でもあるね。世界平和は二の次に結局少女を幸福へと導く、それが名の通りの目的なんだよ」
益々謎が深まる。
何だこれは、聞けば聞くほど理解不能の領域引き込まれていくようだ。蟻地獄か、ここは。
「……そもそも世界が救われるってのはどうゆうことなの」
混乱に疑問を、疑問に混乱を与え続けられる不快感に耐えながら質問をするものの無駄に終わる。頭を軽く抱える二羽にぴしゃりと友人は述べた。
「そんなことはどうでもいいんだよ、君」
あっさりと切り捨てられた二羽の混乱と疑問は両断された。
友人は男児の姿から少年へと、二羽に近づきながら変化させた。どんな手品だよ、という不躾な質問も言わせる間もなく友人は二羽の側に流れるように自然に近づいた。
そして身長差のある背丈で友人は二羽の唇へと人差し指をそっと当てた。
「!?」
反射的に二羽は後ずさり、その手を払い除けた。
ドン引きする二羽に友人は目を細め、その幼く愛らしい顔立ちを歪めて笑う。
「明日この時間この場所にもう一度おいでよ。君の知りたいこと、全部教えてあげる」
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