世界の救済者とその組織
「で、ここはどこよ」
「幸福推奨委員会日本支部」
二羽と在好、在好が先導する形で二羽がその背を追う。数メートルの距離が開いているものの、険悪な雰囲気は特にない。
無味無臭な空虚な空気が流れている。
双方制服姿、着崩した制服を着こなす二羽と模範通りに着こなす在好では対比であった。だがその表情はえらく違う。
口ぶりや声音で隠しきれていない好奇心と疑念の混じった二羽。
笑顔のない鉄面皮と淡白な声で機械的な口調でしか答えない在好。
可笑しな世界に迷い込んだ矢先、次は可笑しな空間へと誘われていた。継ぎ接ぎで曖昧模糊な矛盾には、疑わしくも鮮明にある謎の組織を目の前には勝らなかった。
二羽の興味は完全に今いるこの場所ーーー幸福推奨委員会日本支部へと向けられていた。
「不思議なものね。木を隠すのなら森の中ってこと。というか逆張り……いかにも友人が好みそう」
廃村やトンネル、心霊スポット己試しに有名な近所の大山。
隙間共々獣道以外が深緑の木々が蔓延り、埋め尽くされている。密度もだが、斜光もない為妙な圧がある。
約束の場所の路地裏から近くのバス停を利用し、近場まで。麓からその獣道を在好に案内されるままに来た。途中何度もスカートに小枝を引っ掛け、上に蜘蛛の巣を絡ませた。
不満は貯まる一方で、ようやく開けた場所だと思えばそれ以上の不気味をまとった建物へと到着した。
廃工場。
明らかに幽霊でも出そうだが、非科学的なものは信じない質でありたい二羽だがどう足掻いても誰でも萎縮はする。二羽は飄々とする在好を習いった。そうして多くのコンテナが立ち並ぶ外にて、一つに目をつけたかと思えば中へと入っていく。
地面を見れば辛うじて目を細めて見えるほどの、暗闇に紛れた地下扉があった。開けばそこには階段が続き、今に至る。
コンクリートで覆われた通路を在好と歩いていた。
「………ここでは
「でもあんた友人って呼び捨てじゃなかった?」
「あれは友人に言われたから命令、支部とか目につく場所、言わない」
再度思う。やはり朱鷺雅在好は見た目と態度の通りの人形なのだと。
友達にも先生にも、ましては他人にも誰であろうとそこに本人の意志はなく、なんとなく従っているだけなのだろう。無情にその選択が正しいかなんて自身すらも知らない。
ただ二羽は知っている。
それでは駄目だった。
ちがう始まりも結果も過程でも、それを実際に体験してるから。二羽の若気の至り、後悔混じりの、苦く痛い、過去。懐古しそうになり、誤魔化すように鼻を鳴らした。
「様は簡便ね。あたし慕う気微塵もないし」
「だったら、委員長、は?学校、とかで使わない」
「そうね。そうする」
友人はこの場では偉いわけで、いわば学校長、市長、総理大臣等等。圧倒的に二羽の中での階級とまるっきり違うのだから、変に口を滑らせようものならばこちらが危険だ。特にこの胡散臭くきな臭い妙な組織ならば尚更だ。
組織の結束力の根幹がその代表である人物にあるか、思想にあるかで大きく違うということ。
が、これは後者らしい。
施設案内の最中に通りかかる白衣を着た段所問わない人の会話から分析した結果だ。
「朱鷺雅さんおつかれです。学校どうでしたか?」
「別に、普通」
「あはは。あ、その人が新しい【アリス】候補ですか?」
「ああ……
「この子友人さんに散々仕事押し付けられてるから、ごめんねー重症なんだよね」
「フォローする姉さんも素敵っすね!けどけど今日も朱鷺雅さんクールでかっこいいっす!あ、でもこっちが作ってない方なんですよね。自分は好きっすので変えないで欲しいっす!(実権の為にもっすけど)」
「またあのは人居ないのかよ……もう駄目だぁ!勝手に施策段階のやつ持っていかれるわ俺の部屋に巨大きのこ繁殖させるわよくもこんな………って朱鷺雅さんっ!?今のは友人さんには………………いや、友人の野郎に伝えて次は首を洗って待っていろと伝えてくださいね!!!!」
と、どうやら友人より朱鷺雅在好の方が価値が高いらしい。扱いが丁寧というか、慕われている。
まるっきり学校でのいい子ちゃんじゃないのに、従順だからか?
「……………?」
痛む心臓のモヤの再発をどうにか留めた。
首を思いっきり振り誤魔化している間にも在好は容赦なく進む。気遣いの精神も無いらしい。それに必要最低限以外一切無口な態度は誰問わず一貫しているらしい。
これといった説明もなく、「ついてきて」から二羽に対する説明はここが幸福推奨委員会日本支部とだけだった。他にはここは何何室とだけ、詳細なくして進める脚は逆に疑問を深めされる一方だった。
だが、他にも一つ分かったこともあった。
【アリス】
それが例の少女である朱鷺雅在好の正体の名称ということ。
そして【アリス】こそがその思想の体現に近いものだということ。
「ねえ、【アリス】ってのは何なの?」
「あなたも見た、あの怪物が敵、でそれを倒して、世界を救う、らしい」
ついでに言えば無口だが在好は答えれば、話しかければ最低限には応じてくれるということだった。
「らしいってどういうこと?」
「私、もあまり仕組みを理解して、ない。だから、説明も難しい」
だが案内役、説明役は在好しか居ないのだ。他の人、とはいってもまだ得体のしれない、ましてはかなり距離感が近いような雰囲気だったので拒否感があった。だからどうにか説明してもらえなければ、こちらが腑に落ちない。折角時間を弄しているのだから、成果なしなんて洒落にならないのだ。
「何でもいい。友じ……委員会からの説明完コピでもいいから。答えて」
「………………分かった。けどその前に」
ようやく在好の足が止まった。
長く続いた廊下も途切れ、正面には扉があった。顔パスのようで、壁に備え付けられた機器に顔を認識させる。音を鳴らし横へと開いた。
他の部屋より格段と大きな空間、食堂のようでキッチンとカウンター、ロボットが居り、多くの机と椅子が並んでいた。立ち入れるなり、ゆったりとロボットが近寄ってきた。
人形みたいな在好がロボットに「コーヒー二つ」とだけ言い、席へと導かれた。ロボットが珈琲と砂糖をお盆に載せて運んだところで話は再開する。
「幸福推奨委員会。創設者代表委員長が奇根魔友人、目的は不幸に悩む少年少女(主に少女)への幸福の手助けをする組織」
「友人らしい変態の思考ね」
「……委員長、じゃないの?」
「誰もいないからいいじゃない」
ロボットしかいない。
カメラもあっても監視されているというわけでもない。人形は所詮人形だ。記録するだけで見なければそれだけの問題。
それに一つ言及したいところがあった。先程述べたこの組織の根幹、それかその思想にあるならばその目的では後も大規模にならないはずなのだ。
「でもそれはあいつだけの目的、でしょ?表向きの理由はあるはずよ」
「…………よく分かったね」
「馬鹿にしてる?あたしDクラスだけどこれでも学年四位よ」
表情は変わらないが二羽にはそれが驚いたような声音に聞こえた。
要は意外、などという失礼な偏見を植え付けられていることへの苛立ちが先立ったのもあった。
「組織としての目的、は世界を救うこと」
突拍子がないというわけではない。前兆はあった。
二羽に友人は高らかに宣言したのだ。少女の幸福も世界の救済も可能とするのが怪物と可笑しな世界で戦い倒すことに繋がるのだと。
そしてここからが昨日聞けなかった部分だった。
耳へと精神を集中させる。
「で、その救済って何?」
「あなたも見た、光る扉、
その先の世界ーーー裏世界。
裏世界と私達の居る世界は連動してる」
連動。
意味もなく復唱してみるもののピンとは来なかった。確かに現実世界とあの可笑しな世界と曰く裏世界は建物も道路もすべて模倣したみたいにそっくりだったのはよく覚えていた。
「裏世界の敵は現実世界で生まれた続ける嫌なものの体現化」
「嫌なもの……感情とかも?」
「嫌なものには不快、嫌悪、憎悪。負の感情、ついてくる。正しくは感情の体現化」
この前見たのは狼人間だったか。
顔はよく見えないが二足方向で赤黒いフードにただれた獣の耳………見覚えがあるような気がした。というよりは連想。
「もしかして赤頭巾がモチーフになってた?」
【アリス】そう呼ばれる戦う少女も二羽の予想通り不思議の国のアリスならば童話モチーフ、その考えが合っていそうだった。
「驚いた、本当に居た。正解。前の敵、は、赤頭巾。本性を出すことが怖い女子高生の感情から生まれた敵」
在好が言うに事後調査にて、その女子高生は自分の中の衝動に悩んでいたとのこと。
殺人衝動、まではいかないが破壊衝動というものを抱えていたらしい。人を見れば殴りたくなる、シャーペンを持てば友達の手や目を刺したくなる、人間に関わらず生物であれば何でも壊したくなる。
「初めは鉛筆を両手で折ってから、次はダンボール、壁……」とエスカレートした結果辛抱強く耐えたものの、耐えきれず吐き出した。
道すがりのとある男性に泣きついて大声で打ち明けただとかなんだとか。
「…………………心の内ね」
本性を隠す、その点では要注意人物が目の前にいる。
ない皮を被るその本性が今のは無表情無反応の少女ならば疑いたいというのが二羽の見解だった。まだ底がある、そもそも底が見えないが在好なのだ。
それでも一つだけ、共感できるところはあった。
朱鷺雅在好は空離州二羽の成れ果てだということだった。
「それ、と連動の話。続き、ある」
顎に手を添え考え込む二羽に在好はさらなる情報を与えこむ。
「裏世界とここは連動してる、から、不定期に出現する敵、倒さないと、現実世界、いろんな形で、影響、及ぼす」
ーーーーーー例えば、世界の崩壊、とか。
次の瞬間、軽やかな音楽が流れた。
リズミカルに鈴を鳴らし、幼い少女の声が陽気に歌い上げる童謡。
不穏な発言のあとのこの明るさは不安を駆り立てる。まだ聞きたいことも多くある、知りたいことも多すぎて、疑問も数え切れない。まだ、まだと声を出そうと思ったところで、在好は急に立ち上がった。
「行かないと」その瞳は相変わらず何も映さない虚構ではなかった。
闇の底の奥の奥、果のない永久の鈍い光を求める狂気的とも言える眼。
思わず二羽も息を呑んで何も言えなくなった。
二羽は何をしていいか分からなかった。つられて立ち上がってみたのはいいものの、次ができなかった。
何をすればいい。
でもわからないことばっかりだ。
何処に行けばいい。
何処も何も知らない場所は。
あたしは、何ができる。何もできないからここにいる?
兎も角次への行動をしようにも今に邪魔をされる。今の疑念が、混乱がすべてを狂わせる。成れ果てと評した在好は先を、次をしているのに。あたしは。
「で、どうする?【アリス】やる、の?」
先へ行ったかと思った在好は体はそのままに顔だけを二羽に向け選択させた。今の話で判断しろというのにも到底無理があった。
それでも、一歩を踏み出せる、次にいくきっかけにはなった。
「………………っ、ついていくわ」
「そう」
それから在好は小走りに振り向きもしなかった。
二羽は必死にその背を追った。
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