2.追究/憂秀
不思議の国の“アリス”達
「幸せ?」
「いいえ。皺寄せ」
◆
怪物と戦う少女。
少女は。
白を基調とした豪奢なドレスは軍服味を帯びていた。
つけエポレットと胸のボタンを飾緒と結び、着崩れないようになっている。プリンセスラインのフリルは外側は長く、内側は短くされ動きやすさを重視しているように思えた。
膝丈よりも短く危うくはあるもののそれをカバーするよつに、薄いベールがゆらりゆらりと揺れていた。揺れ靡く左右の前髪長く残した臼杵の髪も白にすごく合っていた。
乱れを起こさない完璧な装飾。
なにより二羽には、頭上の青黒いリボンカチューシャが印象的だった。すべてを統合し想像しついたのが、不思議の国のアリスだった。
「なに、ここ」
その疑問に答えるものはいない。二羽はいつの間にか女児を探すよりもそこへばかり意識が向いてしまっていた。
先の時計兎と共に儚く中を舞う少女。
可憐な容姿と荒々しい動作。
真っ白な肌と蒼の瞳。
左目下のほくろが大人びた雰囲気を纏わせていた。
その割には高身長というわけでもなく、二羽より少し低い。そう思った途端から顔の幼さがよく見えた。
少女の手には少女の何倍もの大きなティースプーンがあり、木の棒のように軽々と振り回し、怪物を何度も殴打していた。
怪物は大柄なだけあってか、大振りな動作ならぬ攻撃はすべて回避していた。赤児のように軽くあしらい淡々と作業のように空中で自由を得る少女は兎みたいに思えた。
怪物の攻撃と対照に、少女は。
全身を使った大ぶりでなく、最低限の動きで、片手でスプーンをぶん回すのみ。
力が入っていないように見えるが、食らった瞬間、風船が割れたような音を響かせた。
空気を痙攣させ、白の線を見せていた。
すると、ここで怪物の大きな獣のような爪を生やした手が少女に迫っていた。
弾いたばかり、空中に硬直された状態。あの距離では避けられない。
そう思い思わず声が漏れてしまう。
が、次の瞬間を二羽は見逃さなかった。
迫りくる巨大な手を胸を張り背中を反らせ、掠らせたのだ。立て続けにその爪へと手のひらを置き、ぐっと押しこんだ。
すれば怪物の腕ごと重力に潰されたかのように重音とともに千切れ落ちたのだ。
「…………あ、そうか」
先程から少女が殴打していたのは怪物の右肩あたり。初めから右腕を千切り落とすことが目的だったのだ。
今更、なのだが怪物の容姿について。
獣のような爪は狼みたいで、その他もそれに近かった。
ただ、こう曖昧にいうのには赤黒いフードを被っているからだ。
なんとなく爛れた耳の形がフードの凹凸からから推測できたり、瞳が赤く光ってるな等なんとなくでしか認識できなかった。
ただ狼というよりは狼人間だった。
基本的に二足歩行であり、時折四足となっていた。
四足だと動物のもともとの性質のせいか、足が速くなっていた。
右腕を狙ったのも逃亡の完全阻止を狙ってなのだろうと、二羽は勝手に思うだけだった。
そして、ここからは更に一方的な蹂躙が始まった。
素早い回避が出来にくくはなったものの、怪物は二足歩行で対抗している。それでも一方的な防衛ばかりだった。液体の大量欠損と右腕損失が大きかったのか全体的な動きは鈍い。
少女は容赦なく殴打し続ける。
しまいには暗闇に隠れる赤の瞳の隙間へとスプーンの先をを刺しこんだのだ。苦悶の声は遠く離れた二羽にもよく響いた。
地響きのような振動が走った。
少女は動揺することなく行動を次へと移す。
刺したスプーンを更に深く押し込み、くるりと目の輪郭線をなぞり引き抜いたのだ。
多少強引にと言わんばかりに、全身で力を伝えているようで今までの人形みたいな仏頂面が眉一つ動いた。
案の定、怪物の真っ赤な眼球が真っ黒に光を失った。
同時に空気が畝るような慟哭が走った。
が、少女が臆することはなく残った片目も同様に作業のようにこなしていた。
慟哭。
慟哭。
怨嗟。
苦痛よりも悲壮を帯びたような唸りは徐々に弱くなっていく。
慈悲なき圧倒的力での怪物退治は眼を見張るもので、同時に様々な感情を植え付ける。多くは恐怖や畏怖を覚え、信頼と支配をを悪い意味でも感じるだろう。
だが、二羽は違った。
二羽にとって少女は憧憬となっていた。
あの怪物はどう見ても悪でそれと相対する少女は正義、それだけは揺るぎ無い二羽の概念だった。二羽はそういうのが好きなのだ。
だから
「ーーーーーすごい」
圧倒的な強さに、胸が熱くなった。
慟哭の最中、暴れ狂う怪物の脳天へと少女はティースプーンを振り下ろした。
鈍い音と共に液体と破片が飛び散りビルや地面に打ち付けられる。触れ合う瞬間にそれらはおかしなことにお菓子へ姿を変える。点々と神出鬼没であったお菓子の正体はこれだったようだった。
先の時計兎の言動からしてさほど時間は立っていないはず。
その上でのこのお菓子の数だ。
怪物が高い再生能力を持っていると仮定し、限度を超え今弱り切っているとする。そのトドメの大きな外傷。再生が追いつかぬ間に、追撃。あり得た。少女の強さを目に見てすんなりと理解ができた。
そして、次の瞬きには可笑しなお菓子の世界はなくなってた。
先の路地裏。
アンティークな扉は消え、ただの壁となっていた。その壁から少し離れた位置に二羽は居た。混乱以前に余韻があった。あの胸の高鳴りが今も続いている。
心臓へと布越しにそっと触れながら余韻に浸っていた。
だが、それも一瞬。
眼の前に映る人物を理解した瞬間に混乱へと塗り替えられた。
混乱というよりは困惑。
向こうの可笑しなお菓子の世界は入り口のみの一方通行、ならば出る方法はといえば入口に強制送還パターン。
物語、童話、ファンタジーを好む二羽としては想像することは簡単だった。
この場合は強制送還。
その世界にいる生命体がすべて元あった場所へと戻される。
二羽と少女。
二羽以外に人がいるとしたら、その少女の正体なわけで。それが二羽の眼の前の人物なのだ。
「なんで、あんたがここに…………」
暗闇と半同化する腰までの黒髪、優しげな蘇芳の瞳は光を写さず、あの少女とよく似ていた。何より二羽同様の御伽高校の制服を丁寧に着ていた。
ーーーーーー朱鷺雅在好。
御伽高校の優秀なAクラスのトップ。
愛想がよくニコニコと笑顔を振りまくいい子ちゃんが、無愛想で無表情なコスプレアリス少女だなんて信じられなかった。
何より「大嫌い」だと間接的にもいった相手に対し、憧れを抱いてしまったのだ。
朱鷺雅在好の存在よりも、先の少女に関する全てのことが気になって仕方がなかった。
「………ね、ねぇ、あんたがさっきのやったの?ちょーすごいじゃん!ってか全然ガッコーと雰囲気違くてまじ受けるんだけど!」
二羽は声も震えそうになったし、当然ここで毅然を完全に振る舞えなかった。それでも二羽にしては珍しく勇気をだして毅然として話しかけた。
引きつった笑顔と焦燥だけがきっと相手に伝わった。
ちゃんと相手の顔も、目も見ていたし、何なら手も挙げた。
が、朱鷺雅在好はあの少女と同じ仏頂面で、二羽にガン無視を食らわし通り過ぎたのだ。
何事もなかったかのように。
二羽なんて目にも映さなかった。
二羽はしっかりと焼き付けた、朱鷺雅在好は写そうともしない。
あのいい子ちゃんと評した時とは全く違う。
虚ろを映すような光を灯さない蒼はまるで深海だ。
限度のない淀み。
そして波一つない、靡かない不動で不変のナニカをもっていた。
通り過ぎた朱鷺雅在好は、二羽の呆然とした驚きの間にあっという間にこの場から去っていた。信じられない、斜め上の行動をした朱鷺雅在好に二羽は一人後ろを思い切り振り返り、姿がないことを確認した。
「ーーーーーはぁ?」
そして二羽はキレたのだった。
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