兎を追いかけて穴に落ちた。
放課後、一人。
玄関前で二羽は靴を履きガラス戸偽を預け、スマホをいじっていた。
部活も委員会も無所属な二羽は家に直行するのが定石。
ではなく、二羽には真白の御守りという割と大事な役を預かってはいるので帰るに帰れないのだ。電車を朝だろうと夕方だろうと平気で乗り過ごす真白は両親の過保護あっての頼みなのだ。
幼馴染は大事にするべきだと思うから。
真白は特に、二羽との付き合いが最も長い。
尚更、このお願いも頼まれごとも出来る範囲ではやろうと思っている。居られる限りは真白とは共に在りたいと思える二羽は居た。
「二羽っちばいばーい!」
「さようなら空離州さん」
「……………………」
Dクラスの三人男子グループと遭遇。
左からお辞儀をする丁寧な前髪くん、にこりと穏やかな爽やかくん、手をブンブンと振り回すチャラ男くんだ。
興味はないので無視をした。
「ひゅーっ、二羽っちクールだぜ!!」
「嫌われてるのかな………」
と、対象的な反応を示す二人とは違い、爽やかくんは変わらずの穏やかで話しかけてきた。
「白詰さん待ちですか?」
「…………そうね」
だから何、と言いたげにスマホから見向きもしない二羽に物怖じすることはなかった。
「だったら伝言です」
「箸付がお迎えに来るから大丈夫だよぉ」
「…………とのことです」
横に割り込んだチャラ男が真白のモノマネをした伝言をした。
間があり、唐突のことながらも毅然として態度を崩さないのには少しだけ感心した。(ちなみに全然似ていない。断じて)単に二羽と同じで興味がないのか、忍耐なのか、慣れなのか。
関係がないのでその思考は断ち切った。
「そう」
ふらりとガラス戸から背を離し二三歩前に出た。
そして不意に空を仰いだ。
夕紅に染まりつつある青は徐々に見初められ、境目が鈍く混ざり合っていっていた。そして視界の端には僅かな桃と翡翠が斑に散らし舞うものがあった。そして思う。
ーーーあの時、なんで桜が満開だったんだろう。
五月中頃。
桜も完全に散り緑に飲まれていくはず。
「……………………」
まぁいいか。
友人はこういう不思議なことが数え切れないほどあった。今更気にすることもない。
「どうしたー?」
「白詰さんのモノマネで怒らせたんじゃ」
「なっ、なおさら謝らないと」
「別に怒ってないから安心して。それと」
取りあえずは背後で楽しげな男子共を牽制した。
風に靡く花弁と葉っぱと一緒に二羽は後ろを振り向いた。片手にスマホを肩にかけた鞄を落とさないように、リボンも取れないように抑えて。
「ありがとね、ばいばい」
義務感だけで淡々と言葉にした。
そして駆け足気味にその場を去った。
そのままの勢いに任せ二羽は放浪した。
一直線に帰っても良かったのだが、考えたら少しだけ寂しく思えたのだ。
「ただいま」に「おかえり」が返らないことは元々ないはずなのに、今求めてしまっていることに腹がたった。
今朝の空白も理解してしまえばただ虚しいだけだった。帰る家がある、それだけで良かったはずなのにそれ以上を求めてしまっている二羽がいたのだ。
何を求めているのだろう。
無いものを、叶わないものを求めたところで何も無いというのに。
二羽は自身を戒めるように問い続けた。舌打ちも頭も掻きむしって、態度にする。とどめておけば来るだけのものは少しずつだけでも吐き出しておく、それが二羽なりの逃避だった。
それでも今回はそれだけでは済まなかった。
ーーーーー君、幸福になりたくない?
脳裏に浮かぶのはやはり、友人の言葉だった。
やっぱりアイツのせいだ、と思う。
いつもなら一晩寝て遊び忘れて終わり。
それなのに今回ばかりは酷く引きずる。
でもそれはきっと、思い出しすぎたから。懐古しすぎたのだ。今に浸りすぎて、過去に追いつかれてしまった。
「ーーーーー」
不意に二羽の横を通り過ぎた影があった。目で追えばそれは兎だった。
だがその兎はミニチュアのタキシードとシルクハットで着飾っており首から懐中時計をぶら下げていた。手のひらサイズのそれは兎はパタパタと急くように走っていた。
丁度女児が追いかけられるくらいの速さでーーー
「?!」
『みて!かわいいうさぎさんだよ!あ、待って!』
切り整えられた焦茶の髪はショートカットに二羽のお気に入りのリボンを手にくくった女児。二羽を見つめる翡翠の瞳は眩しいくらいに光に満ち溢れていた。
兎を追って走り出した女児ーーー幼い頃の二羽へと反射的に自然とその足は向かっていた。
混乱と疑問、それ以上にこんなにも摩訶不思議な藪から棒に起きていることへと戸惑いが隠せなかった。
「また先走っちゃったらボクが追いつけないじゃないカっ!いそげいそげ!」
と喋り、時計を抱える兎は、まるで不思議の国のアリスに登場する時計兎のようで幼心をくすぐられそうになる。
幼い頃の二羽であろう女児。
きっとその時計兎につられたのだとしたら根本のそれを解決すれば消すことができる、そう考えたのも大きい。どちらも輪郭線が鈍く発光していて、他に見えないのだと自然と察した。
心臓がうるさい。
走っているのと動揺しているのとで、二重奏で余計にだ。
横に流れる人の波は兎や女児が通る道だけ、不思議とスペースがあって追いかけるのは容易であった。
兎も女児も路地裏へと入っていく。
でもそこは周囲をビルに囲まれ、奥にある店の壁に挟まれて行き止まりのはずーーーそう思いながらもぱっと曲がった先を見た。
「え?なに、あれ」
足は止められなかった。
ここで立ち止まってしまえば、この胸のざわめきの収めどころを知らぬまま苛立ちと戸惑いが募るばかりだから。それでも思わず足を止めてしまいそうになった。
行き止まりのはずの壁。
が、そこには扉が立ったのだ。
今度は鮮明に、薄暗い路地だからよく分かる発光とアンティークでお菓子の造形が凸凹とおしゃれに装飾された扉だ。
兎は落とし穴に落ちるみたいに躊躇いなく入っていく。
女児も釣られて。
二羽は迷う暇もなく感情を何方向にもやりながら飛び込んだ。
◆
扉と言うのもおこがましい、まっすぐに道もなく光もない。
ただ下へ下へと落ちる浮遊感だけが襲うばかりの落とし穴。
落ちた穴の先は真っ暗ではなく、光にばかりの呑まれ全く目を開けることすら許されない気迫のようなものを感じた。そういう感覚が体感にしては一〇秒続いた。
おしりの柔らかな感触が一番にやってきて、急に光量が減ったことにより目がしばらく開かず、トランポリンのように弾み浮遊した体を本能的に百点満点の着地をした。
徐々に目を慣らし視界に焼き付けていく。
それはいつもの光景、と少し違った雰囲気を帯びていた。
輪郭線が不思議と空と溶け合って。
異世界感、非日常感というものがあった。
ビルはあっても違う。
点々と所々にチョコレートやクッキーなどのお菓子が巨大化したオブジェのようなものがあった。先程の柔らかな感触は二羽の二倍もあるマシュマロだったようだ。
それよりも誰も人がいなく、喧騒ではなく静寂。
静寂の中のどよめきがあった。
そのどよめきこそ一番に、二羽が翡翠に焼き付けたものでもある。
ヒーローモノでよく見る怪物。
そして、相対する白の少女。
それらは赤でない液体を振りまきながら、敵と戦っていたのだ。
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